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 その日の昼食。学園のランチルームは今日も生徒で溢れていた。

 料理を一人ずつ取り分けて思い思いに友人たちと一緒に席について昼食を食べている。

 女生徒の席からのじっとりとした視線。話し声が聞こえてくる。

 彼女たちはあえて私に聞こえるように話をしているのかも知れないけど。

 バイオレットの同級生たち…

 「ねぇ知ってる?バイオレットったら婚約者を医務室に引っ張り込んだって…」

 金色の髪を後ろで結んだ1人の女生徒がパンを頬張りながら身を乗り出す。

 「うそ、あんなじゃじゃ馬な彼女に婚約者がいたんだ」

 こちらは冷めたような目をしている黒い髪の女生徒。

 「そんなの見掛けではわからないものよ。だってみんな婚約者が決められて、私だって好きな人がいたのよ。なのに勝手に父が相手を決めてきて婚約しろって…」

 茶色い髪の女生徒はぐすんと鼻を鳴らしている。

 「だから、みんな最後くらい好きなことしようってあんな薬が流行っているのかしら?」

 「そうかもね。だって最後くらい好きな人とって思うじゃない」

 「好きな人って…でも、相手は婚約者に限られてるのも不思議じゃない?」

 「そうよね。決まって上手くいっていないカップルよね」

 「でもバイオレットの相手がバルガン先生だったなんて信じられないわ」

 「そうよね。バイオレットってもう✖✖って事かしら」

 「もう、やだぁ…」

 女の子特有の奇声が上がる。


 私はそんな光景を無視していると親友のアマリに声を掛けられた。

 「バイオレットどうなの?大丈夫なの?」

 彼女がそっと背中をさすってくれた。

 アマリは私と同郷で彼女は商家の娘で仲が良かった。

 私は俯いたまま話をした。

 「ええ、大丈夫に決まってるじゃない。学園長も納得してくれたわよ。それにあれは事故みたいなものだし」

 そう言って一瞬、唇をぎゅっと噛んだ。

 そう、あれは事故のようなもの。だって私たちは何もなかったんだもの。

 下を見ていた顔を上げてアマリにほほ笑んだ。

 「でも、彼ったらあなたの婚約者だって触れ回ってるみたいよ」

 「何だか、そんな事になったみたいで、お兄様は彼の申し込みは断ったのかと思ってたのに結局卒業に間に合わないって思ったみたい。もういやだわ」

 「でも、それって彼がバイオレットにぞっこんって事じゃないの?やだ。それでバイオレットはどうするつもり?」

 「あんな奴こっちから願い下げよ。ほんと、ずうずうしいの」


 そこに1学年下の女生徒のサラが声を掛けて来た。

 「バイオレット様…あの大丈夫だったんですか?」

 「ああ、サラごめんなさい。心配かけたみたいで、もう全然平気。さっき学園長とも話をしておとがめなし。だから安心してね」

 「そうなんですね。良かった。みんなに知らせておきますね。あの放課後の練習には?」

 「ええ、もちろん行くわ」

 「じゃあ、その時に。失礼します」

 「ええ、ありがとう」

 「相変わらず女子生徒には人気よねバイオレット。あんたの剣さばきに見惚れるのが男子生徒なら良かったのに…」

 「まあ、私って男子からは嫌われてるみたいだから」

 「あなたが強すぎるんじゃない?」

 「男子が弱すぎるのよ」

 アマリが大笑いした。


 そこに噂のヴィルフリートが現れた。

 女生徒の視線が彼に集まる。あれでも結構端整な顔立ちで女生徒のあこがれになっていたから。



 「バイオレット一緒に食べないか?」

 ヴィルフリートは急いでトレイにサンドイッチと飲み物を乗せると私の元に駆け寄って来た。

 もう、気易く声を掛けて来ないでよと思う。

 「結構です。私アマンと食べるって決めてますから」

 「あら、いいのよバイオレット。私の事は気にしなくても婚約者と同席したらいいじゃない」

 アマリはサンドイッチを乗せたトレイをもって別の席へ移動しようとする。

 「待ってよ…」

 「いいじゃないか。学園長にも容認してもらったんだし、俺達婚約者として振る舞えばいいと思うけど、どう?」

 「誰もそんな事認めてません!!」

 「でも決まった事だろう?そんなにかっかしなくてもいいじゃないか!」

 ヴィルフリートはまあいいからって感じで私の腕を取って椅子に座らせた。

 「もう、痛いじゃない!」

 私は痛くもない腕を払う。

 アマリは少し離れた席で食事を始めているし周りではがやがや私たちの視線が注がれているとわかったのでおとなしく食事をしようとした時、今度はガーネットが現れた。

 ガーネットは学園長の娘で同級生、生徒会執行部で副会長をしている。

 トレイにサラダとスープを乗せるとこちらに向かって来た。



 「まあ、バイオレット。心配してたのよ。あなた…こちらはバルガン先生だったかしら?」

 「ガーネットありがとう。でも、もう大丈夫だから…あの彼は」

 「ああ、君が学園長のお嬢さん。初めまして騎士練習生の講師としてこの学園に来たヴィルフリート・バルガンだ。その…バイオレットとは婚約したのでよろしく頼む」

 「まあ、そうなの。良かったわバイオレットが最後一人残ってたから心配してたのよ。おめでとう」

 「あ、ありがとう」



 それを周りのみんなも聞きつけてあちこちからおめでとうと言われる始末。

 もう勘弁してよ。ちっともお目出たくなんかないのに…

 モヤモヤした気持ちで食事もほとんど喉を通らない。

 「どうした?もっと食べろ。俺が食べさせてやろうか?はい、あーん…」

 向かいに座った男は嬉しそうに食事を平らげて行く。サンドイッチだけでは足りなかったらしく、またチキンのソテーとサラダを皿に入れて来た。

 私はそれをちらりと見ると顔を反らした。

 「バイオレットそんな顔してるとほんとに婚約してるのかって疑われるぞ。あんな事があった後なんだ。みんなが君を見ている。ほら、あーんして仲のいいところを見せるぞ」

 どうしてそんな事をする必要があるのだろう。

 こんな婚約なんか認めたくないって思っているのに… 

 私の脳内は何とかこの婚約をなかった事にする方法はないかとそればかり考えている。



 「あれ見てごらんなさいよ。仲のいい所を見せつけるつもりが…あれじゃバルガン先生可哀想じゃない?」

 「いっそ、カレン変わってあげたら、あなたバルガン先生カッコいいって言ってたじゃない?」

 そんなひそひそ話がしたと思ったら同じく同級生のカレンがいきなりわたしの横の席に座っていた。

 「もう、先生。こんな色気のないバイオレットのどこがいいんです?私、先生にずっと憧れてたんです。バイオレットなんか放っておいて…はい、先生。私にあーんして下さい」

 カレンはヴィルフリートの手にあったチキンの前に口を差しだした。

 「君、やめてくれ。困るから」

 「だって、バイオレットはそんなことしませんよ。彼女は騎士ですから」

 私は頭に来た。

 「カレンいい加減にして。私のどこがいけないって言うのよ。女が騎士をしたっていいじゃない!」

 腹が立っても手を出すなと。それは騎士としてのたしなみ。

 「まあまあふたりとも落ち着いて、いいから一度深呼吸しようか」

 ヴィルフリートがふたりをなだめようとして私とカレンの手を握ると彼の胸にその手を重ねた。

 そして深呼吸をした。

 彼の胸が大きく上下して手の平には心臓の鼓動がどくどく伝わって来て、意外に大きな手のひらに急にドキドキしたりして私は自分の手をさっと引いた。



 「何よ。あなたがいけないのよ。私に婚約なんか申し込むから。こうなったら勝負して、私が勝ったら婚約は取り消してちょうだい!」

 ああ…言ってしまった。もちろん婚約は取り消してほしい。でもあまりにも大人げない。

 私は言ったそばから後悔する。

 「いいだろう。その代り俺が勝ったら素直に婚約を受け入れる事。それが条件だ」

 「もちろんよ」

 「じゃあ、しっかり食べて体力つけないと、さあ、はい。あーん」

 カレンは呆れて席を立つ。

 「な、何よ。私の出る幕ないみたいじゃない。失礼しちゃうわ」そう言い残して行ってしまった。



 「おい、バイオレットこれ食べないと勝負はなしだからな」

 「はいはい。自分で食べれますからご心配なく。あーんは結構です」

 私は仕方なくサンドイッチを頬張った。

 今に見てなさいヴィルフリート。





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