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第3章 現れた聖女は
3-3 “聖女”の御業
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「噂は聞いておりますわ。家に押しかけられて良かったわね、貴方。その豊満な体で彼を落とせると良いわね」
不快な睨みは私の柔らかい部分を刺す。
エミー様の負けず嫌いはアーヴリルに対しても出たらしい。
「アーヴリル様!聖女の御業ご覧になりませんか?」
「え、いいのですか?」
「ええ!」
「ひゃっ!」
結果は失敗だった。
アフタヌーンティーとして中庭で茶器を浮かべ、紅茶を入れてみせるはずが力加減を失敗したらしく一点にひどく強い風が巻き起こっていた。もしかしたら重力ではなく風で操ろうとしたこと自体が違っていたのかもしれない。
ぐるぐるとアクセサリーを中心に起きる竜巻の中心に私は手を伸ばす。魔法は使えなくても体内の魔力は多い方と入団時に聞いていた。だから、死にはしないと知っていた。自らが痛くとも。
頭に記憶が入り込んでいく。
深く重いこの石の記憶。倉庫の中で目覚めた時から今に至るまでの記憶。エミー様の魔力の記憶。恋の記憶が、全部が一気に。
滲んだ幼少期のバラに囲まれた庭。石は手の中で握られていた。
隙間から覗くはバラと同じ色の赤のドレスの幼女と茶の髪を揺らす男児。
『わぁ!エミーすごい!』
『うふふっ、ほらもういっかい!』
キラキラとレースのように水を出して、花を露で飾った。
『エミーはすごいまほうつかいになるよ』
『とうぜんよ』
『わたしはすごいのよ!』
そう言いながら彼女は魔法を使い続ける。
屋敷の一室。
視界は少年期のアルディスの顔に近かった。石が彼の横に座っているエミーの胸につけられているからのようだ。
『エミー、俺がここにいられるのは君のおかげだ』
『あなたの命は私が助けたのよ』
『あぁ。ありがとう』
『ねぇ、アルディス、貴方はこれからも私を頼っていいのよ?だって、私たちは、』
『俺は数日後には騎士になるんだ。なんでも自分で出来るようにならないと。これからは自立して生きていくよ』
『そう……』
ここから記憶が飛んでいる。
これは最近の記憶だ。エミー様はドレスをこんもりと着飾っていてアルディスは軍服を着ている。周囲の様子を見るにこの日は先日のパーティーの時のようだった。
『エミー、今日は一段と綺麗な格好をしているんだな』
『そうかしら。えっと、今日はアルディス様の髪の色を意識して飾ってみたの、どうかしら?』
『……似合ってるんじゃないか』
『気に入って貰えて良かったわ。私頑張ったのよ。ねぇ、アルディス、これから、』
『いや、今は仕事なんだ。詳しくはまた、今度余裕があるときに会おう』
『え?』
『あの話も無くなったんだ、もうこれは……』
記憶はここから先ないらしい。
ジジジと鳴る耳鳴りと真っ暗な視界が私の世界へ私が戻ってきたことを知る。
無いものを持っていた彼を、持っている彼女を、交友を育んできた生涯を、押し付けられ、見せつけられた。
こんなに惨めな自分を自覚することがきついなんて。
「シルファ!シルファ!」
「え、あ、あぁ。護衛なのに、こんな真似ごめんなさい」
目覚めたのはアーヴリルの腕の中だった。フリルで飾られた柔らかいドレス地に纏われ、肩を揺すられていた。
「いや、そんなこと大丈夫よ。それより貴方の体は」
「気にしないで。そこまでじゃないわ」
ふらついていた足元で立ち上がり、ようやくエミー様の方を向く。
「アーヴリル、大丈夫か!」
ザワザワと周囲がざわめく中廊下向こうからアルディスと王子が走って来た。
騒ぎを聞きつけたらしい。
「……エミー・ワット。お前、まだあれを持ち出しているのだな」
「ええ。アルディス、貴方に釣り合うためにね」
「なんて、馬鹿なことを。お前のせいで……」
エミーとアルディスはブツブツと何かを話している。
来た方向が私より彼女と近かったからか、私なぞ後でも良いと思っていたか。
野次馬の中、魔術師団長も歩いて来ていた。余程の騒ぎになったらしい。
「うーん、つまりませんね。聖女は国宝の力で生み出された紛い物でしたか。あれほど魔力もあったのに勿体ないことです。あの国宝は込められた恋情が一定を超えると数年は使い物にならないと聞きますし、これから石の性能を見ることも出来ませんでしたか」
「クリフト魔導師長。ここからは貴方の専門分野だろう。面白くなくともやるべき事をやれ」
「ええ、それは勿論。貴方の奥様の力もお借りしたことですし、頑張りませんとね」
アーヴリルに殿下が近寄る隣、アルディスは私を覗き込んできた。
「シルファ、痛むところは?内部にも何か感じるか?」
「……ねぇ、アルディス。私、」
「ん?」
「今からでも婚姻を辞めたいわ」
「は?」
気づけば自らの頬が濡れていた。涙が擦れた傷跡に染みて痛いのに心の方がもっと痛かった。
「アルディス、貴方、エミー様と仲が良いのね。あの夜もあの人の所に行ったの?私を1人、部屋に置いて。私、見てしまったの。あの宝玉と過ごした過去のあなたを。無理よ。もう、耐えられないわ」
私のできる全力で足を動かす。この足で彼の元へ帰らなくていいように捕まらないように。気持ちを誤魔化すように。
「おい、シルファ!」
焦るアルディスの声は聞かなかったことにして。
不快な睨みは私の柔らかい部分を刺す。
エミー様の負けず嫌いはアーヴリルに対しても出たらしい。
「アーヴリル様!聖女の御業ご覧になりませんか?」
「え、いいのですか?」
「ええ!」
「ひゃっ!」
結果は失敗だった。
アフタヌーンティーとして中庭で茶器を浮かべ、紅茶を入れてみせるはずが力加減を失敗したらしく一点にひどく強い風が巻き起こっていた。もしかしたら重力ではなく風で操ろうとしたこと自体が違っていたのかもしれない。
ぐるぐるとアクセサリーを中心に起きる竜巻の中心に私は手を伸ばす。魔法は使えなくても体内の魔力は多い方と入団時に聞いていた。だから、死にはしないと知っていた。自らが痛くとも。
頭に記憶が入り込んでいく。
深く重いこの石の記憶。倉庫の中で目覚めた時から今に至るまでの記憶。エミー様の魔力の記憶。恋の記憶が、全部が一気に。
滲んだ幼少期のバラに囲まれた庭。石は手の中で握られていた。
隙間から覗くはバラと同じ色の赤のドレスの幼女と茶の髪を揺らす男児。
『わぁ!エミーすごい!』
『うふふっ、ほらもういっかい!』
キラキラとレースのように水を出して、花を露で飾った。
『エミーはすごいまほうつかいになるよ』
『とうぜんよ』
『わたしはすごいのよ!』
そう言いながら彼女は魔法を使い続ける。
屋敷の一室。
視界は少年期のアルディスの顔に近かった。石が彼の横に座っているエミーの胸につけられているからのようだ。
『エミー、俺がここにいられるのは君のおかげだ』
『あなたの命は私が助けたのよ』
『あぁ。ありがとう』
『ねぇ、アルディス、貴方はこれからも私を頼っていいのよ?だって、私たちは、』
『俺は数日後には騎士になるんだ。なんでも自分で出来るようにならないと。これからは自立して生きていくよ』
『そう……』
ここから記憶が飛んでいる。
これは最近の記憶だ。エミー様はドレスをこんもりと着飾っていてアルディスは軍服を着ている。周囲の様子を見るにこの日は先日のパーティーの時のようだった。
『エミー、今日は一段と綺麗な格好をしているんだな』
『そうかしら。えっと、今日はアルディス様の髪の色を意識して飾ってみたの、どうかしら?』
『……似合ってるんじゃないか』
『気に入って貰えて良かったわ。私頑張ったのよ。ねぇ、アルディス、これから、』
『いや、今は仕事なんだ。詳しくはまた、今度余裕があるときに会おう』
『え?』
『あの話も無くなったんだ、もうこれは……』
記憶はここから先ないらしい。
ジジジと鳴る耳鳴りと真っ暗な視界が私の世界へ私が戻ってきたことを知る。
無いものを持っていた彼を、持っている彼女を、交友を育んできた生涯を、押し付けられ、見せつけられた。
こんなに惨めな自分を自覚することがきついなんて。
「シルファ!シルファ!」
「え、あ、あぁ。護衛なのに、こんな真似ごめんなさい」
目覚めたのはアーヴリルの腕の中だった。フリルで飾られた柔らかいドレス地に纏われ、肩を揺すられていた。
「いや、そんなこと大丈夫よ。それより貴方の体は」
「気にしないで。そこまでじゃないわ」
ふらついていた足元で立ち上がり、ようやくエミー様の方を向く。
「アーヴリル、大丈夫か!」
ザワザワと周囲がざわめく中廊下向こうからアルディスと王子が走って来た。
騒ぎを聞きつけたらしい。
「……エミー・ワット。お前、まだあれを持ち出しているのだな」
「ええ。アルディス、貴方に釣り合うためにね」
「なんて、馬鹿なことを。お前のせいで……」
エミーとアルディスはブツブツと何かを話している。
来た方向が私より彼女と近かったからか、私なぞ後でも良いと思っていたか。
野次馬の中、魔術師団長も歩いて来ていた。余程の騒ぎになったらしい。
「うーん、つまりませんね。聖女は国宝の力で生み出された紛い物でしたか。あれほど魔力もあったのに勿体ないことです。あの国宝は込められた恋情が一定を超えると数年は使い物にならないと聞きますし、これから石の性能を見ることも出来ませんでしたか」
「クリフト魔導師長。ここからは貴方の専門分野だろう。面白くなくともやるべき事をやれ」
「ええ、それは勿論。貴方の奥様の力もお借りしたことですし、頑張りませんとね」
アーヴリルに殿下が近寄る隣、アルディスは私を覗き込んできた。
「シルファ、痛むところは?内部にも何か感じるか?」
「……ねぇ、アルディス。私、」
「ん?」
「今からでも婚姻を辞めたいわ」
「は?」
気づけば自らの頬が濡れていた。涙が擦れた傷跡に染みて痛いのに心の方がもっと痛かった。
「アルディス、貴方、エミー様と仲が良いのね。あの夜もあの人の所に行ったの?私を1人、部屋に置いて。私、見てしまったの。あの宝玉と過ごした過去のあなたを。無理よ。もう、耐えられないわ」
私のできる全力で足を動かす。この足で彼の元へ帰らなくていいように捕まらないように。気持ちを誤魔化すように。
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