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しおりを挟む翌日は3人でベッドの上でダラダラと惰眠を貪り、輝利哉が有り合わせで作った昼食を食べた。
どこか出かけようかという話になったけれど、クリスマスでどこも人が多そうだと、結局家ですごすことにした。
セックスでもプレイでもないけれど、なんとなくイチャイチャしていると、あっという間に夜が来て、3人で風呂に入って寝た。
いや、俺は全然眠れなかった。
気分は最悪で、今にも吐きそうだった。気を緩めると涙も出そう。でも表面上は平静を装っていた。恵介さんにはバレたけれど、俺は取り繕うのは得意だ。そうしなければ警察に捕まりそうなことばかりして来た為だけど。
とにかく俺は、何事もございませんという顔をして26日の朝を迎えた。
朔はクリスマスイブとクリスマスに休暇を捩じ込んだので、今日からしばらくは仕事だそうだ。輝利哉はいつも通り夜に自分の経営する店の様子を見に出ていく予定だった。
「朔、行ってらっしゃい」
「ああ、行って来ます……というかお前がこの時間に起きてるなんて珍しいな」
時刻は午前7時だ。確かに珍しい。いつもは大学の講義が朝イチにあっても、家を出る30分前まで寝ている。
「昨日いっぱい寝たから、目が覚めちゃったんだよ」
眠れなかっただけだけど。それに、最後にお見送りくらいしたいだろ?
朔は怪訝な顔をしつつも、行って来ますのキスをして家を出た。
そのあとはリビングでテレビを見て時間を潰す。しばらくして輝利哉が大あくびをしながら起きて来た。
「あれ?いないと思ったらこんなとこにいたんだ……随分早起きだな」
「たまたま目が覚めたんだって!2人してそんな珍獣を見るような顔するなよ!」
いかに自分が寝坊助かがよくわかった。
輝利哉はアハハ、と笑って、朝食の用意を始めた。食パンをトーストして、目玉焼きとベーコンを焼いて、インスタントのスープを作る。いつも通りの朝だ。
「なあ輝利哉、俺本屋に行きたいんだけど」
向かい合って朝食を食べながら言うと、輝利哉はキョトンとした顔をした。
「本屋?侑李が?」
「どういう意味だよ!?大学生なんだから本くらい読むよ!!」
「ああ、それもそうか」
確かに昔は活字が苦手で、朔が小難しい小説を読んでいるのを見てドン引きしていたけど。
「冬休みの間に終わらせなきゃなんないレポートがあるわだけど、欲しい本が大学の図書館になくてさ」
「なるほど。じゃあ食べ終わったら出かけようか」
うん、と頷く。そして俺たちは、駅前の繁華街へ向かうことになった。
クリスマスの余韻は消えて、年末年始の色が濃くなった街中を歩いて大型の書店を目指す。繁華街は駅を挟んで反対側なので途中で構内を横切った。
書店に行きたいと言ったのは、当然本気で本が欲しかったわけじゃない。如何に自然と姿を消すか悩んで、思いついたのが本屋だった。
というのも、本屋というのはどこもそうだろうけれど、高い棚が整然と並んでいるもので、一旦逸れると探すのが難しい。店内を見渡すことができないので、隠れるところも多い。そして目指す本屋はこの辺りでは一番大きいので店内も広いし、出入り口も二ヶ所あった。
書店に着くと俺は、ニヤッと笑って輝利哉を連れてマンガコーナーへ向かう。
「大学で使う本を見に来たんじゃないのかな?」
「それはそうなんだけど。面白そうなマンガがあったら買って欲しいなって、可愛くおねだりしてみようと思って」
輝利哉は整った顔をデレデレにして、
「おねだりなんかしなくてもオレの侑李は可愛い。なんでも買ってあげるからゆっくり選びな」
と、当たり前のように言った。チョロいぜ。
興味のあるフリをしてマンガの棚を眺めながら、昔輝利哉の部屋にたくさんあったマンガを読んでいたことを思い出していた。
子どもの頃から小難しい小説ばかり読む朔と反対に、輝利哉はその世代の少年マンガを沢山持っていて、俺はそれらを片っ端から借りて読んでいた。
輝利哉と俺がマンガの話で盛り上がるのを、朔は呆れたような顔で見ていた。
だからこの作戦は、輝利哉とだから実行できたのだと言える。もし今日朔も家にいて、一緒に出かけることになっていたら。
俺は朔と本屋で気の利いた会話ができるとは思えない。
とにかく俺は整然と並ぶマンガ本を指さして、輝利哉に笑いかける。
「あ、これさ、昔輝利哉の部屋にあったよな?」
「それ面白いよな。確かオレが大学の時まで連載されててさ。わりと最近最終巻が出たんだよ」
「もしかしてまだマンガとか読んでる?」
今の家では見たことないな。っても、俺も入ったことがない部屋はいくつかあるし、どこかに保管してるのかな?
「いやぁ、最近は忙しくてさ。好きなのは好きなんだけど。とりあえず集めたものは全部実家に置いてるんだ」
照れた笑みで輝利哉が言う。この夜の帝王みたいな奴がマンガ本を片手にポテトチップスを齧っていたなんて、誰が信じるだろうか。
「侑李が読むなら実家から持ってこようか」
「うん!よろしく!あっ、そういやアレは完結した?なんだっけ、タイトルが思い出せないな……」
えっと、と呟き、適度にはしゃいで通路から通路へ移動する。輝利哉は後からついてくるが、徐々に輝利哉自身も棚へ視線を向けることが多くなっていく。
輝利哉がマンガを一つ棚から抜く。俺は振り返って言った。
「社会学の専門書の方見てくるね」
「あぁ、待って、侑李」
スッと手にしたマンガを元に戻し、輝利哉が顔を上げたのと、俺が通路を抜けたのはほぼ同時だった。そのまま二つ通路を飛ばし、その先の低い棚に身を隠す。
本屋に入った時点から間取りを確認して歩いていた。
俺が横切った通路の先には、幼児向けのコーナーがあって、背の低い棚が複雑に並び、中央には子ども向けの椅子や机が置いてある。
まさか俺がそんなところに用があるとは思わない。輝利哉は多分、本来の目的である本を探しに行ったと思ったはずだ。
そして専門書のコーナーは店の一番奥だ。
俺はなんとなく、頭の中できっちり10数え、立ち上がってやや早歩きで、入って来たのとは別の出入り口から外へ出た。
もし一緒だったのが朔なら。絶対に俺から目を逸らさないし、警戒もしていただろうし、咄嗟の判断も違っただろう。輝利哉はただ俺を探しているんだろうけれど、朔なら、もしかしてとすぐに出入り口を見張りに戻る。出入り口は二つあるが、どちらもレジの前からは見える位置なのだ。どのみちそこを通らなければ店から出られない。
ごめん、輝利哉。朔はきっと輝利哉を責める。輝利哉自身もそうだろう。
だけどこれは元々俺がなんとかしなきゃならないことだった。兄を殺すつもりで刺して逃げたのは俺自身だ。
心の中で謝りながら道を歩く。途中、街路樹のそばに設置されたゴミ箱を見つけ、そこにスマホを捨てた。位置情報共有アプリが入っているのはわかっているから。
それでしばらく歩いて、小さな公園に公衆電話があるのを見つけた。
蜘蛛の巣だらけで外観が燻んだ、廃れた公衆電話のボックスに入る。電話は繋がっていてホッとした。
その時点で、俺の心は決まっていた。
いや、諦めがついていた。
俺は諦めるのは得意だ。自分がSubだと自覚したと同時に、諦めるクセがついてしまった。
それでも恐怖心はあるわけで。
震える手で硬化を入れ、番号を押す。受話器越しのコール音がまるでホラー映画の演出みたいだと思った。
『わたし、メリー。今あなたの後ろにいるの』
なんて言われそうだ。まあ、今回はこっちからかけてるんだけど。
しばらくして、光貴はこれまた唐突に電話口に出た。
『侑李?でしょ?俺にはわかるよ』
「兄ちゃん……俺、ちゃんとやったよ?全部捨てて来た」
兄が電話の向こうで微笑んだのがわかる。怖くて、怖くて、だから兄をずっと観察していた。機嫌を損ねないように。自分の身を守るために。
だから少しの声の調子で、頭に兄の表情が浮かんでくる。
『えらいね。侑李は昔からお利口だ』
「うん……」
『迎えに行ってあげないとね……俺がこれから言う場所まで来れる?そこで落ち合おう』
「わ、わかった。どこ?俺、あんまりお金無くて」
『それはどうにでもできるでしょ?』
スリでも置き引きでも、なんでもやれってことだ。そうやって兄は、人に手を汚させて抜け出せないようにしていくのだ。気付いたら多くの犯罪に関わってた、なんてことになる。
「……うん、わかったよ。で?どこ?」
一度諦めると、もうなんでもいいや、と思った。どうせもうロクなことにならないんだ、何やっても今更という感じだし。
そうして俺は、兄に言われた場所へと向かった。
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