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 東堂朔は相変わらず無表情で、まるで感情を見せないロボットみたいなヤツだ。

 小さい頃にハリウッド映画の、未来からきた人型のロボットが主人公の少年の命を救い、結果地球の未来を変えるというあれを見て、「朔もロボットに違いない」と思ったことを覚えている。

 そんな朔が警察官、正しくは刑事らしいが、とにかくなんてお似合いの職業についたのだろう、と思った。

 輝利哉も朔も、まるで正反対の性格のくせに昔からどうして仲がいいのか、実に不可思議だった。

「怪我はもういいのか?」

 この前と同じくソファに座って縮こまっていると、マグカップを二つ持った朔が隣に座った。ローテーブルに置かれたマグカップからは、コーヒーのいい匂いが漂ってくる。

「平気だよ。そりゃ痛いけど」

 適当に消毒してガーゼを交換しているが、今のところ化膿したりと悪化の兆候はない。そのまま治ってくれることを祈るだけだ。

「頼むから無茶なことはするな。お前、他にも危ないことをしているんだろう?」
「……危ないって?」

 すぅっと心が冷えていく感覚がした。朔は全部知っていて聞いている。口調はかわっていないのに非難めいて聞こえるのは、俺自身やましいことをしている自覚があるからだ。

「Subがそれを利用して生きるのは普通のことだろ。俺はバイトとかしたくないし、出来るだけ楽して生きたい。それこそ危ないのはわかってるけど、playやセックスするだけでなんでも買ってくれたり、お小遣いをくれる人だっている。俺のこと飼ってくれる人がいるならそれもいいと思ってるくらいだけど」

 なんで今更俺の前に現れたのかは知らないが、こうやって最低な自分を曝け出せば愛想をつかしてくれるんじゃないかと期待した。

 朔は刑事だ。きっと幻滅して追い出すに違いない。職業的には潔癖であるべきだ。

「じゃあオレが飼うよ、侑李のこと」

 と、声がした方を向けば、今帰ってきたばかりの輝利哉がリビングダイニングの入口に立っていた。

「おれたち、だ」

 朔が訂正する。ちなみに、かけている銀縁のメガネをクイっとさせた。

 俺の頭はついに混乱の極みに達した。数回瞬きしてから、深く息を吸った。どうやら呼吸を止めていたみたいだ。

「俺、俺は明紀さんがいいな、なんて……」

 優しくて話も面白いし、紳士的でカッコいいDomといえば明紀さんだった。彼みたいな人になら飼われてもいいと本気で思う。

「明紀殺してくる」
「おれは目を瞑るとしよう」

 輝利哉はスッと表情を消して言う。朔は言葉通りに目を瞑った。

「待って待って待って!冗談だってバカ!」
「いや、そもそも明紀は友人だけど、オレたちより先に侑李を見つけたなんて許せないよ。どこまで許したの?セックスはした?何回くらい?どれくらいの頻度で会ってたの?どんなplayしたの?」
「ちょ、もう、輝利哉うるさい!!」

 完全にセクハラだ!

 というか、この厄介な性格は全然変わっていないらしい。

「そもそもどういうことだよ?いい加減に説明してくれよ」
「逃げないか?」

 朔に睨まれて咄嗟に頷く。もちろん俺はいつだって逃げるタイミングを窺っているけど。

「簡潔に説明すると、おれたちは昔からお前のことが好きなんだ。おれも輝利哉もお互いに譲れないくらいに好きになってしまったから、それなら侑李本人に選んでもらおうということになった。最近やっと侑李を囲うためのこの家を建てることができたから、そろそろ迎えに行こう、ということになった」

 淡々と語る朔に、輝利哉がうんうんと頷く。

「それでさ、侑李のこと探してたんだけど、オレの経営してるクラブに出入りしていることがわかったんだよね。案外近くにいたんだなって嬉しくなったんだけど、まさか明紀の相手をしてたなんて思わなかった……やっぱりアイツは死刑だ。アイツだけじゃない、その他侑李と関係を持ったヤツ全員殺す」

 笑顔でキレる輝利哉をよそに、理解できた?みたいな顔をする朔だが、生憎俺はあまり頭が良くない。正直に言って、今の説明では理解も納得も出来ない。むしろフツフツと怒りが湧いてきた。

 昔から俺のことが好き?ふたりとも?

 それで俺にどちらかを選べって?

 ふざけるなよ、というのが俺の一番の気持ちだった。

「なぁ、ふたりとも自分勝手すぎるって思わない?」

 深く息を吐き出して、冷静さを保とうとした。

「そんなこと急に、しかも今になって言われてもムカつくだけなんだけど」

 昔から優しく接してくれて、どんな時でも助けてくれて、なんでも相談できて、本当に大好きなふたりだった。

 でも俺が一番そばにいて欲しい時に、ふたりは何も言わずにいなくなった。

「そもそも俺の前からいなくなったのはふたりの方だよな!?俺の所為だったのはわかってる。あんなの言わなければ良かったと思ってる。でも、そのあとの俺がどうなったか、ふたりは知ってんのかよ?」
「それは……」

 朔が目を逸らした。輝利哉が軽く息を呑む。その反応が何よりもの答えだった。

「そう、全部知ってるんだ……だったらわかるよな?俺は、何があったってお前らふたりにだけは絶対に頼らない。寝ぼけた妄想してないで、俺に関わるのはもうやめてくれ!!」

 そう叫んで立ち上がった拍子に、ローテーブルに足が当たってしまい、マグカップがひとつ落ちてしまう。

 コーヒーが溢れて、毛の長いラグの上にシミを作る。ジワジワと広がるそれは、俺の頭に蘇ってくる記憶みたいだ。

 一度思い出してしまうと、記憶のかけらはとめどなく広がり続けてしまう。意識しないようにしていても、それらは徐々に鮮明になっていく。

「侑李、落ち着け。あの時は悪かったと思っている。その償いをしたい」

 左腕を掴んだ朔が真面目な顔で言った。俺は怪我の痛みも無視して無理矢理振り払った。

「ハッ、償う?だったらお前らがいなくなってからの五年間の記憶を消してくれる?それとも、俺のアニキを殺してくれるのか?無理だろ、そんなの」

 言ってからしまったと思った。輝利哉なら本気でやりそうだからだ。でももういい。償いたいと言ったのは彼らの方だ。

 しばらく誰も何も言わなかった。俺はその重い空気に嫌気がさし、部屋を出ようとしたけれど、入り口の輝利哉に腕を掴まれて止められる。

 もう、なんなんだよ。本当に逃してくれないのか。

「侑李、わかってるだろ?オレたちはDomだ。本気で逃げようとするなら、オレも朔も容赦なく命令する。だから大人しくここにいてくれ」
「わかってるから悔しいんだ……お前らにはどうせこの悔しさなんてわかんねぇよな。もういい。好きにすればいい。いつもそうだ……Domはみんな、クソ野郎ばっかだってこと実感させてくれるよな」

 ごめんね、と言いながら、輝利哉は有無を言わせず腕を引いて、二階へと階段を登る。ぱっと見た限り四つのドアがあり、そのうちの一つを開けて俺を中へ押し入れると、またごめんと謝ってからドアを閉めた。

 すぐにガチャと音がした。鍵まで閉める徹底ぶりだ。本気で監禁でもするつもりなんだろうか。

 それこそどちらかを選ぶまで?バカバカしい!!

 そもそも好きだとか、償いたいだとか言っておいて、監禁するなんて頭がおかしいとしか言いようがない。

 呆れて溜息を吐きつつ、部屋を見回した。バカでかいベッドしかない部屋だった。大きな窓の向こうにはベランダがあり、隣の部屋に続いている。

 俺を本気で監禁したいなら、まず荷物を持ち込ませちゃダメだ。朔は刑事なのに抜けてるな、と内心で笑いものにしてやる。

 こういう時にはすぐに行動する。迷っていると逃げる機会を失う。

 だから俺は迷わない。リュックからカラフルな紐を編んだブレスレットを取り出す。でもこれはただのブレスレットじゃなく、パラコードブレスレットというもので、パラシュートに使われる頑丈なロープを編んでブレスレット状にしたものだ。れっきとした防災グッズである。

 解くとそれなりの長さのロープになるし、耐久性も抜群のため、キャンプや登山なんかで重宝する。

 マルチツール同様、いつも持ち歩いているものの一つだ。

 それを全部解いて一本のロープにすると、窓を開けてベランダに出る。下を確認して窓のない壁を見つけると、ベランダの格子にロープを結んだ。何度か引っ張って結び目を確認する。

 ロープを地面に垂らすと、ベランダの格子を乗り越え、ロープを掴んで壁に足をつける。我ながらバカなことをやっていると思うけど、一か八か飛び降りるよりはマシだろう。

 そうやってゆっくりとロープを頼りに壁伝いに降りていく。途中で左掌が痛くなり、油断した途端に地面に落下してしまった。背中を強かに打ち付けたが、地面が芝生だったから助かった。

 庭を抜けて敷地を囲む柵まで辿り着き、一息ついてから柵を乗り越える。話している間に日が暮れていて助かった。もし誰かに見られていたら通報されていただろう。

 二度も同じ家から脱出することになるとは思わなかった。いい加減三度目がないことを祈りながら、さっさとその場を後にした。
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