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 意識が浮上して来ると、一番に気付いたのは温かさだった。目の前に目を瞑った灯の顔があった。

 それから喉を塞ぐ息苦しさ。で、俺はゲホゲホと咳き込んで、喉につっかえていたものを吐き出した。

 妙に粘つくその不快なものは、とんでもなく不味かった。そして真っ赤だったから、それが自分の血であることがわかった。

 ハッとして灯の顔を見た。俺はまた、自分でも訳のわからない状態になって、それで、灯を襲ったのかもと焦った。

 灯はまだ息をしていた。ちゃんと鼓動も呼吸も聞こえる。

 それを確かめて、俺は心底ホッとして息を吐き出した。

 灯は壁にもたれて、俺を膝に乗せて抱えた状態で眠っていた。辺りが血で真っ赤に染まっている。俺も、灯も、まるで殺人現場の死体みたく真っ赤だ。

 そばの窓からは日が差し込み、壁掛けの時計を見ると、ちょうどお昼時だった。

 時計を確認しただけで、呑気な俺の腹の虫がぐううううっと大きな音を立てる。

 灯、と声をかけようとしたけれど、喉がつっかえてうまく声が出ない。そっと喉元に触れると、まだ生々しい傷に触れて、ああ、多分錯乱した俺をウェイが物理的に行動不能にしたのだろうと検討がついた。

 何度かゴホゴホと咳き込んで、掠れた声が出るくらいには回復した頃、灯がふっと目を開けた。

「と、とも、り……ごめん」
「ルナ!平気か?」

 うん、と頷いて、にっこり笑ったつもりだけど、うまく笑えたのかわからない。

 またやってしまった、という後悔の念が押し寄せていた。一体あとどれだけこんな姿を晒せばいいのか。

 こんな俺が、灯のそばにいてもいいのか。

 そんなことが頭をよぎってしまって、今にも泣いてしまいそうだった。

「よかった、ルナ……お前はおれにどれだけ心配をかければ気が済むんだよ」

 ごめん、とまた呟いて、俺はやっぱり溢れてしまった涙を抑えることができなかった。

「泣くなよ、ルナ。おれが側にいる。なあ、おれは本当にどんなお前でもいいんだ。だからこれから、何があってもおれはお前を愛している。辛いよな。わからない訳じゃないんだ。ひとりで抱え込んでほしくないだけなんだ」
「灯……ありがと。俺、灯を裏切ってるってわかってたんだ。でももう自分がよくわからなくて」

 灯は、ふっと笑って、俺をそっと自分の胸に抱き寄せた。それから俺の髪に顔を埋めて、すうっと息を吸った。

「誰だって間違えることはある。おれも、吸血鬼のお前も。でもその長い時間の中で、何度でもやり直せばいい。お前のそのバカほど長い寿命はなんの為にあるんだ?」
「バカほど長いけど、でも俺なかなか成長しないよ。今だって灯の方がずっと大人に思える……なんでそんなに心が広いの?」

 灯の胸に顔を押し付けて、不貞腐れて言った。が、灯は肩を揺らしてクスクスと笑い出した。

「おれが大人なんじゃなくて、お前が子どもっぽ過ぎるんだ。自分は役目があるから、って家族に余所余所しくしてみたり、昔からの知り合いには冷たくして一線を引いてみたり。かといっておれには、」
「甘えてるって言いたいんだろ!もう……当たってるよ。だって灯には俺の全部みせてるんだもん。もう秘密はないよ?」

 そっと灯の顔を伺う。疑われているだろうな。自分の今までの行動を振り返ると、疑わない奴の方がスゴいと思った。

 だってこうして裏切って縋って泣いて、そんなことをもう何度も繰り返しているんだから。

「わかってる。おれはルナを信じてる。愛してるからな。ただ……」

 そう言い切る灯がカッコいいと思った。でも最後に渋い顔をしたから、俺は無意識に身構えた。

「お前を噛んだ奴は許せそうにないな。あと、お前に噛まれた奴も。お前を噛んでいいのも、お前に噛まれていいのもおれだけだ」
「灯……カッコいいな。いいよ、俺のこと噛んで。でもほら、灯には牙がないから、うんと強く噛んでくれないとだめだね」

 ニッと笑って言うと、灯も笑ってくれた。それで、本当に俺の怪我をしていない方の首に噛みついた。

「っ、あ、ぁ……はぁ……灯、もっと強く噛んでくれないと気持ちよくないよ?」

 そう言うと灯は、さらに力を込めて首を噛む。ジワリと痛みが広がって、でもそれだけじゃなくて、熱くて気持ちよくて。

 別に、俺たち吸血鬼のような能力が灯にある訳じゃない。でもそうじゃなくて、俺がこの意味のない行為で気持ちよくなっているのは、きっと灯を信用しているからだ。

 嫉妬心むき出しの灯の行動に欲情しているからだ。

「ンァ……ね、あの、灯」
「なんだ?」

 顔を上げた灯が、小さく首を傾げて俺をみた。

「こんな時にって思うかもしれないけど……ヤりたくなっちゃった」

 自分でそう言いつつ、周りの状況が目に入って苦笑いが込み上げる。

 辺り一面俺の血で染まっていて、俺も灯も、昨日帰宅したままの、安っぽい支給品のスーツを真っ赤に汚してしまっていて。

 昨日の夕方まで、俺は今度こそ灯に捨てられるんじゃないかと考えていたのに。

「ダメ?あ、あとね、正直言うと、ウェイが容赦なく首を切ったでしょ?だからお腹空いててね」

 あいつ、今度会ったら同じ目に合わせてやる、と思いつつ、でもちょっと感謝していた。ウェイがいなかったら俺を止められる奴なんていなかった。それに、俺と同世代の中でも割と名家である李家の吸血鬼はそれなりに強い。俺を半殺しにしても止めてくれただろう。

「お前は……こういう時だけ正直だな。いいよ、ほら。お前は自分で自分を信じてないだろ。だからおれに遠慮する。でもおれは信じてるんだぞ。お前はおれを殺したりしないって」
「ん、ありがと。じゃあ、遠慮なくいただきます」
「フフ、なんだか変な気分だ。産まれてからこれまで、誰かにいただきますなんて言われたことないから」

 俺もちょっと笑って、それからそっと灯の首筋に牙を立てた。ズブっと牙が肉に食い込む。そして甘い血がジワリと滲んで、俺はそれを大事に舐めた。

「灯よりおいしいご飯はないよ。マスターのナポリタンも、定食屋のヒレカツも、高級スイーツバイキングも……母のエッグタルトもさ、全部好きだけど、比べものにならないよ」
「比べられるのも複雑なんだが」

 フフ、と俺たちはまた笑い合った。

 それから灯が俺の唇にかるくキスをして、俺もそれに応えて、いつの間にか深く強く奪い合うようなキスをした。

 唇を合わせながら、灯は俺をそっとフローリングの床に押し倒して、俺の首の傷をそっと舐めて苦い顔をした。

「こんなのが美味しいなんて、お前らどうかしてるよな」
「俺もそう思うよ。しかもわざわざ人間からもらわないとなんて、不思議だよね」
「まあでも、それがおれたちが交われる方法なら、おれはお前が吸血鬼で良かったと思うんだ。本当の意味で、おれがお前を生かしてるんだと思えるから」
「それって、すごい束縛だよね。俺、本当に灯が先に死んじゃったらどうしよう」

 そこでふと、灯は真剣な顔で、せっせと俺のシャツのボタンを外していた手を止めた。

「おれの身勝手だが、でも、お前に隠し事はするなと言った手前話すことにするが……おれが死ぬ時、お前もおれと死んでくれ、なんて、本当はそう考えていたんだ。本来ならおれが死んでもお前は生きろというべきなんだろうが……悪い、今のは忘れてくれ」

 俺はそれが、何よりもの愛の告白だと思った。

 お前だけでも生きろって、それはなんて身勝手なんだろうと俺は思うから。

 それこそ生きる為に必要な存在が消えたあと、俺は何をもって生きればいいのかわからないから。

「違うよ灯。それはね、俺にとってはめちゃくちゃ嬉しい。だってまた、死んでも一緒にいようってことでしょ?それで、生まれ変わるのも同じだ。こんなに嬉しい言葉はないよ」

 俺は自分で死に時を決めて生きる吸血鬼だ。

 今この時、俺は自分がこれからも生きていく目標を手に入れた。

 だったらこれから、俺がするべきことは明白だ。

 でもそれを考える前に、今この時を楽しんでおこうと思う。

「もうおしゃべりしてないでさ、俺のこと慰めてよ。あ、俺が灯を慰めるのでもいいけど」
「うるさい。お前はもう黙れ。それで、おれの血でも飲んでろ」

 それから灯はまた俺のシャツを脱がしにかかった。血で汚れてしまったシャツを取り払って投げ、それから俺の胸に舌を這わせる。

 興奮で尖った胸の先を、キツく吸って、噛んで、その度に俺はビクッと身を震わせた。

「はぁ……灯、もっと噛んで。キツく……んぁ、あぅ、気持ちい」

 甘い吐息を漏らしながら、俺は灯の首筋の噛み跡から流れる血を、犬みたくペロペロと舐めた。頭がクラクラして、もう何も考えられなくなっていく。

 灯の手が徐々に、焦らすように下へと移動していく。

「ね、もうちょっと下、触って?ふぁあ、灯の手、あったかいね……」

 そっと臍の辺りを撫でられると、人間の温かさというか、灯の高い体温というか、なんだかそんな心地いい感触がして。

「早く、俺の触ってよ……あぁ、も、乳首はいいからさ」
「ルナ!黙ってくれ!」

 俺は口を閉じた。そうだった、俺はつい喋り過ぎてしまうんだった。

 灯は俺を睨み付けてから、黒いスラックスと下着を脱がしてくれて、それから自分も前をあけて硬くなったものを取り出した。

 俺はそれを、視線を下に向けて見ていた。灯が次に何をするのかが気になって仕方なかったから。

 灯が自分のそれと、俺のを一緒くたに握った。敏感な所にお互いの熱が溜まって、それだけで俺はイきそうになる。

「な、何?うわぁ、灯の熱いよ!?ちょ、ひゃあっ!!」

 2人のものを同時に動かされて、その熱が擦れる感覚に下半身がガクガクと震えてしまった。

 灯が、もう黙れ、とばかりに俺の唇を自分のそれで塞ぎ、俺はその勢いに窒息しそうになる。しばらく舌に吸いつかれて、必死で応えていると、下半身からグチュグチュとお互いの先走りが擦れる音が聞こえてきた。

 耳がいいことの弱点というか、俺にはその卑猥な音がものすごく近くで聞こえていて、頭の中まで響いて、その結果呆気なく腹の上に白濁を吐き出してしまった。

 少し遅れて、灯も同じように白いものを、俺の上に出した。

「はぁ、はっ、灯……グチュグチュって、えっちな音が、」

 とか、自分でもよくわからない事を言いそうになった時、灯がすかさず手を伸ばして口を塞いだ。俺はまた、いつの日かのようにその灯の手に噛みついて、思考が霧散してしまった。

 美味しい血を味わっていると、灯が俺の後ろに指を入れて、一瞬びっくりしたけれど、でももう何も考えられなかった。

「ふぁあ、とも、り……気持ちいい……美味しい……はぁ、ねぇ、なんか言ってよ、お願い」
「わかったからお前は黙ってくれ」
「ん、了解です」

 また灯の片方の手を舐めながら、その甘くて美味しいものに集中した。じゃないとまたなんだかよくわからないままにおしゃべりしてしまいそうだった。

「ルナ、もういいか?いれても、」
「大丈夫、だから、はやくして!もう待ちきれないよ!」
「……わかった」

 多分呆れた顔をした灯だけど、そのすぐ後に、熱くて硬いものが後ろに侵入してくる感覚がした。

「う、ぁ……はっ、と、灯っ!」
「……何だ?」
「あ、あの、グチュって、奥までして!」
「はあ……わかったから、本当に少し黙ってくれ」

 灯は呆れたように笑って、奥まで突き入れた。

「ひあっ、あああっ、ぅぐ……はぁ……ね、わかる?お、俺の、はぁ……そこ、気持ちいいとこ……」
「わかる。ほら、ここだろ?」

 そう言って、灯は深く腰を進める。少し抜いて、また、その奥深くを突いてくる。

「あ、あうっ、はぁ……っあ!?やぁあっ、やば、頭おかしくなるよっ、ふぁあっ!!」

 ふわりと香る灯の血の匂いと快楽で、俺はもうほとんど理性なんてなかった。今までの空腹を満たす勢いで、灯の首に噛み付いていた。

 でもちゃんと、これでも自分を抑えることはできたんだ。

 灯が腰を打ち付けて、ブルブル震える俺の中に全てを吐き出して、でも俺はちゃんと、灯の顔を見た。

 優しい笑顔だった。

 俺はその時、本当に大事なものを得たんだ。
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