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 ルナの本音を聞いて、正直言って悔しいと思った。

 おれはその、ルナの最初のバディのようにはなれない。なろうとも思わないが。

 それでもやはり、ルナにとっては未だに特別なのだろうと思うと、少し悔しい。

 でも今は、隣で水槽を凝視しながらはしゃぐルナが、おれのものだと思うと、自然に笑みが浮かんでくることに驚いている。

 昔から表情筋が死んでる、なんて言われてきたのに。

「楽しかったですわね、ルナリア様」
「そだな!美味しそうだった」
「いや美味しそうはないだろう。魚が可哀想だ」

 水族館を出てタクシー乗り場へと向い、おれたちは魔界都市へと帰った。

 アリアナが宿泊している高級ホテル付近でタクシーを降り、さて、夕食はどうするかと歩道を歩き出す。

「俺は寿司がいい。それか海鮮の網焼き。もう魚が食えるならなんでもいい」
「網焼きとはどんなお料理なのでしよう?」
「火の上に網を乗せて焼くんだよ」
「まあ、では網を食べるのですね?」
「そんな感じ、イテッ!?」

 思わずゲンコツを落とす。こいつは本当に、なんでこんな適当なんだ?

「アリアナ嬢、こいつの言うことを一々信じていたらバカが移ります。網焼きは、火の上に網を置き、その上に貝類やエビ、カニなどを乗せて焼いた物を食べるんです」

 そう説明すると、わかったようなわからなかったような、そんな顔で首を傾げるアリアナ。

 ルナといいアリアナといい、一体吸血鬼連中はどんな教育をしてるんだ、と内心呆れてしまう。なんのためにアホほど長い寿命を持っているんだ、と。

「もうあれだ、実際に食してみないとバカなアリアナにはわかんねぇだろ」
「バカなのはお前だけだ。アリアナ嬢にはまだ改善の余地がある」
「お前もアリアナに結構酷いこと言うようになったな」

 ゴホン、と空咳をして誤魔化した。

「ではルナリア様、わたくしに網焼きを教えてくださいませ」
「いいぜ!そうだな、美味い店はこっからちょい歩かないといけないから……もう一回タクシーに乗るか」

 と、言い出すルナだが、普段なら節約だと言ってどれだけ遠くても歩くくせに、ハイネスト家が費用を出すとわかっているからそんなことを言う。なんだか残念な奴だ。

 そしてその場でまたタクシー待ちをしている時だった。

「お、ルナじゃん!この前ぶりだな!」

 そう気安く声をかけてきたのは、いつの日か出会った長身ブロンドヘアの男だ。

「ジークか。何の用だ?」

 瞬時に雰囲気が変わるルナ。おれはその瞬間を捜査中に何度か見ているが、いつも殺気というか、空気が重く、冷たくなったように感じる。まるでおれの知らない吸血鬼になってしまったかのような。

「何の用って、たまたま会ったら声かけるだろ?顔見知りなんだし」

 ヘラヘラと笑って言うジークに、やはりルナは態度を変えない。

 ジークには4人ほど連れがいて、多分人間ではない、というくらいにしかおれにはわからないが、皆どこか含みのある笑顔を貼り付けていた。

「あら、いつの間に馴れ馴れしくなったのかしら?」

 そっとルナの隣に立ったアリシアが、こちらもまた無邪気で美しいご令嬢ではなく、高貴な吸血鬼の顔をしている。

「馴れ馴れしくしているわけじゃないんだけどなぁ。ほら、オレって昔からこんな感じだろ?」
「そうね、無礼なところは変わりないわね」

 そこで少し、ジークの顔が引き攣った。

「まあまあ、他意は無いんだ、本当に。しかしやっぱり二人が並ぶと圧巻だな。光の王女と闇の王子って感じでさ、なあ、みんな?」

 ジークが背後の仲間たちに言う。すぐさま同意の声があがった。

「でも残念だなぁ。ルナリア様と言えば、高貴で気高く、そして誰よりも孤独を抱えた、オレたち誰もが憧れるような吸血鬼だったはずなんだけど。やっぱり人間の血を飲まないとダメダメだな」
「それ以上はハイネストとして許しませんわ。詫びるなら今のうちです」

 アリアナが真っ赤な瞳で睨み付ける。正直この状況に動けない自分が腹立たしかった。

 大切なバディであり、そして恋人でもあるルナを守るために動くことができない。なぜならおれは、彼らのことをほとんど何も知らないからだ。

 ただわかるのは、ジークという吸血鬼が嫌味を言っている、それだけだった。

「アリアナ、もういい。それと、お前も本当に懲りない奴だから忠告しておく。ジーク、今すぐにでもその連中とは縁を切れ。そして二度とそんな口の利き方をするな。誰が見ているかもわからないんだから……いいな?」

 ルナはまるで幼子に言い聞かせるように言う。決してバカにしているわけではなく、兄として弟に忠告するような感じだ。

 しかしそれがジークには効いたようで、「わかったよ」とだけ返事をして、くるりと踵を返すとさっさと歩き去った。

「ふう、全く。これだから最近の若者は嫌いなんだ」

 呆れた、と肩をすくめるルナだ。

「あの調子だとそろそろリストに載ってもおかしくないですわね」
「そうだな……連んでいる奴らもヤバい匂いがしたしなぁ」

 そこでおれは口を出そうとして躊躇った。吸血鬼たちの事情を、人間のおれが聞いてもいいのかと、それは毎度の悩みでもあった。

 敏感におれの様子を察知したルナがこちらを見て言う。

「灯、言いたいことがあるなら言っても良いんだぞ。俺の恋人としてもだけど、ずっと思ってたんだが、機動班含め署の人間共は俺たちのことを知らなさすぎる」
「どう言うことだ?」

 尋ねると、ルナはふいっと歩道を歩き出した。どうやら歩いて向かうことにしたらしい。

「例えば、署内で扱う人外案件。異常に吸血鬼が絡むものが少ないと思ったことない?」
「確かに、それは常々考えていたが……」
「それはね、吸血鬼は同族間に、まあ、強いて言うなら係活動みたいなのがあってね」

 小学生か?と変なところで笑いそうになったが飲み込んだ。いつもの事だから。

「ハイネストは人間側に対する社交面、船上パーティーの時に俺に話しかけて来たグレイ卿は……ただのジジイだが、あの船の中にいた吸血鬼の一部は、お家ごとに色んな役割を決められている」

 それで、と続ける。

「その中には同族に対する、そうだな、人間で言うところの警察のような役割をする家もあるわけだ」
「つまりその家の者が、同族の犯罪を取り締まってるということか」
「取り締まるというか、速攻で消す」

 ドキリと心臓が縮んだ。それくらい、ルナの声は冷たかった。

「怪しい動きをしている同族を監視し、必要であれば殺すことを、わたくしたちの間ではリストに載る、と言うのですよ」
「昔は本当に台帳のようなものに、犯罪者かもしくはそれらしい奴の名を記していた。まあ、これだけ文明が発展するとそんなの面倒だろ?それで最近は通話アプリで名前と所在地を送ってるんだけれど」
「いいのか、吸血鬼はそれで…?」

 なんとなく彼らのイメージとして、なんだか釈然としない。

 ルナはふう、とひとつため息を吐き、面倒そうに言うのだ。

「ま、そう言うわけだから、俺たちは犯罪を犯した者を自分たちで処理してる。警察に知られる前にね。刑務所行き、なんてことになっても、その時は警察側のお偉いさんから連絡が来るようになってる。船上パーティーの武装集団が消えたのもこの制度によるものだ」

 理解はしたが、複雑な気分だった。吸血鬼たちはお互いに見張りあって生きているのだろうか。それならなんて息苦しい事なのだろう。

 家柄を重んじたり、上下の関係性が厳しかったりするのは、きっとただ単にそれが普通だという簡単な話ではないようだ。

「ひとつ聞いても良いか?」
「なんだ?」
「その警察のようなことをしている家は……」

 アリアナがピクッと僅かに反応したのがわかった。ルナは振り返って俺を見た。

「現在はベルセリウス家だ。刑を執行する任を追うのは必ず第三子と決まっている。よってベルセリウスの三男がこのアジア圏の執行人だよ」
「どんな吸血鬼なんだ?」

 フッとルナが笑った。その顔は、実に吸血鬼らしい美しさと冷たさ、どこか近寄りがたい孤高の存在、という印象だった。そんな顔をするルナを初めて見た。

「さあ、俺も会ったことがないんだ」
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