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しおりを挟む八月。
俺が退屈な入院生活を送っている間に、季節はすっかり夏を迎えていた。
夏休みということもあり、俺の快気祝いも兼ねて以前から話していた、理人さんの別荘へ行くことになった。
「本当に大丈夫かな?」
「問題ないよ。この日のために、葉一くんには僕がちゃんと指導してあげたから」
ハンドルを握りながら理人さんが爽やかに笑う。俺はさっきから何度も後ろを振り返り、後続に続く国産の大きなファミリータイプのバンをハラハラとした気持ちで見ていた。
運転しているのは葉一だ。ヤツは俺の知らない間に、運転免許を取っていた。
もちろん我が家に車を所持する余裕はない。免許を取りに行く必要性がなく、俺自身も持っていない。今まで徒歩圏内で生活していたのだが。
「いやぁ、葉一くんが免許を取ってくれてよかった。お陰でこうして、僕は恵介くんと二人きりでドライブを楽しめる」
などと爽やかに笑う理人さんが、一体どうやって葉一を丸め込んだのかわからない。免許習得に必要な費用を出して免許を取らせ、大型のファミリーカーを運転できるよう何度も練習までさせたらしい。
それはひとえに、こうして俺と理人さん、葉一たちが別々に別荘へ向かうためだったと、当日になって知った。
「でも心配だよ!葉一は初心者だし、そもそもあっちの大きい車なら、六人全員乗れただろ」
「ダメ。君は病み上がりだ。あんな窮屈なところに何時間も乗せておくなんてできないよ」
真剣な顔で理人さんが言う。確かに、まだ時々お腹がズキズキと痛むことがあるし、急に体を捻ったりすると思わぬ痛みが襲って来てびっくりすることもある。
理人さんはそんな俺を気遣って、広々としてゆったりと乗れるセダンタイプの車を選んでくれた。ふわりと包み込んでくれる座席は、ボタンひとつでリクライニングができ、足を伸ばしても窮屈じゃない。ものすごく快適だ。
真剣な彼の言い分に、つい納得しそうになる。でも、葉一たちの方の大きな車だって、中は全然窮屈じゃないし、革張りのシートも十分に寛げそうだった。
というか、そもそもこんな見るからに高級だとわかる車が、誰も乗らないからとゴロゴロ放置されているという理人さんの実家はどうなってんだ?
改めて恐ろしいさを感じた。
入院中にやってきた理人さんのお母さんとも、あれ以来会っていないけど、もはや俺の中で、高城家は恐ろしいところ、という認識だ。
「それにしても、やっぱり似合うね。我ながら良い選択だった」
赤信号で停車すると、理人さんが俺を見てニッコリと笑う。急激に照れ臭くなって、俺は赤くなった顔を窓の外へ向けて誤魔化した。
今日の俺はオーバーサイズの白いシャツに細身の黒いスキニーを履いている。普段からシンプルな格好をすることが多いが、最近はそこに、理人さんから貰ったCollarをつけている。
それは細身のチョーカーで、滑らかに磨いた革でできているので肌を傷つけることはなく、小さな銀のバングルがさりげなくオシャレに見せてくれる。
最初、理人さんは目立たないよう、ネックレスにしようと言ってくれた。わかりやすいものにすると、自分がSubだと言いふらしているようなものだからだ。
もちろんパートナーのいる証でもあり、そんなSubにいきなり Commandを言うようなDomはいない。と信じたいが、世の中はそう優しくはない。
それでも俺は、わかりやすいチョーカーが欲しいと言った。
俺には自信があった。もう、理人さん以外のCommandに服従することなんてない。あの事件の時、何度もCommandを言われたけど、その度に理人さんの声を思い出して耐えることができた。
俺が服従するのはこの世でただひとり。
それがわかった途端、自分がSubであることが気にならなくなった。そしてそう思わせてくれるパートナーのために、わかりやすくその証をつけて欲しかった。
理人さんはとても喜んでくれた。そして、あくまでも日常生活を妨げない程度のチョーカーを選んでくれた。
その同じ日に指輪も買ったんだけど、それがマジで大変だった。思い出すだけでうんざりする。その指輪は、今サイズを調整中で、まだ手元にはない。
「俺も気に入ってる……」
ボソボソと言う。理人さんの大きな手が伸びて来て、俺の髪をぐしゃぐしゃにして行った。
そのまま車は高速道路に乗って、俺は時々、というか頻繁に葉一の車を振り返って確認しながら、順調に別荘へ向かった。
途中、サービスエリアに止まって昼食を食べたが、葉一はお兄ちゃんの心配をよそに、全くもって平気そうに、いつも通りの無表情だった。
朝早くに出発して、別荘に着いたのは午後三時くらいだった。二泊三日の予定のため、それなりに多い荷物を下ろして、いざ別荘へ意識を向ける。
洋風のお屋敷だ。それも、深い緑の木々に隠れるように佇む、なんともいえない趣のあるモダンなお屋敷だった。
「うわぁ!オバケが出そうだね!」
無邪気な海斗が笑顔で言う。
「ゲェ、やめてよ海斗。怖いじゃん」
ホラー系のものが全般的に苦手な香奈が小さく呟く。見ると表情も引き攣っている。
言われてみると確かに、外壁に蔦が絡む様は薄い血管が張り巡らされているようにも見える。鬱蒼とした森の木漏れ日が風で踊る様は、まるでちらちらと人影が蠢いているように、見えないこともない。特に、二階の端の出っ張った円形の部屋はガラス張りで、暗い室内がどこか物悲しい雰囲気を醸し出していた。
「僕もオバケは見たことないな。けど、昭和初期に建てられた古い建物だから、少し曰くがあるんだ」
「昭和、初期?曰くってなに?」
もはや想像もつかない。平成産まれの俺には昭和がどういう時代なのかもわからなかった。
「もともと大正時代から続く富豪一家の別荘だったんだけど、第二次世界大戦の時にその一家がこの別荘へ逃げて来たんだ」
みんな真剣な顔で理人さんの話に耳を傾けた。ただし、葉一だけは無表情のまま、つまらなさそうに地面を爪先で蹴っていた。
「富豪といっても、第二次世界大戦の頃にはすでにほとんど資産もなく、逃げて来たはいいけど食べるものに困ってね……」
ゴクリと、誰かが喉を鳴らした。
「一緒に連れてきた使用人を殺して……食べた」
その時、ざわざわと木々が風に揺れて騒いだ。そして束の間の沈黙が訪れる。
「……た、食べた?」
言葉そのままの意味で受け取って良いのかわからなかった。人が人を食べたってことだよな?
「そうだよ。あの頃は本当に食糧が足りてなくてね。僕もお祖父さんに聞いたんだけど、死んだ人間ってただ埋葬するには勿体無いでしょう?だから、結構各地で食人の風習があったんだ。ここも、哀れな使用人が主人の食事になってしまった、そんなお屋敷なんだよ。それ以来、無念の死を遂げた使用人の幽霊が、怨みを晴らそうと屋敷内を彷徨っているらしい……まあ、嘘なんだけど」
あっはっは、と無邪気に笑う理人さんだけど、誰も笑えなかった。理人さんは頭がおかしいんじゃないか、そう思った。
今の話を簡単に笑い飛ばせないほど、その別荘は雰囲気があり過ぎたのだ。
「さて、はやく荷物を運んでしまおう。みんな好きな部屋を使ってね。掃除は行き届いている筈だし、どうぞ寛いで」
そう言って理人さんは自分のと、俺の荷物まで持って歩いて行ってしまう。
いつのまにか、香奈が俺の手を握りしめていた。
「お兄、あたし高城さんが怖い」
「あー、俺も時々マジで怖いと思う時があるんだ。まあでも、そのうち慣れるよ……」
彼氏として、精一杯のフォローのつもりだった。
ハハハ、と力のない笑いが漏れた。もう、理人さんのバカ。この冷え切った空気、どうしてくれるんだよ!?
夏休みの楽しい思い出になればって思ったのに。
だけど一歩屋敷へ足を踏み入れた途端、さっきまでの鬱々とした気分は全部吹き飛んでしまった。
外観からは想像もつかなかった。玄関の両開きのドアを開けると、そこには落ち着いた色合いの調度品が並ぶ、まるで世俗から隔離されたような空間が広がっていた。
鬱蒼として恐ろしげだった木漏れ日は、程よい間接照明のように室内を照らし、ただ不気味だった外観とは正反対の温かみのある空間を作り出している。
年季のいった花瓶や家具は埃ひとつなく、今も誰かが生活している、そんな心地よさがあった。
まるで中世のお城に来たみたい。いつかテレビで見たような光景に、怖がっていたはずの香奈も目をキラキラさせていた。
「二階の客室は好きに使っていいよ。午後五時にあっちの食堂に集合。夕食はみんなで何か作ろう」
理人さんがそう言うや否や、香奈、真梨、海斗が嬉々として螺旋階段を登って行った。その後を、葉一が呆れた顔で追う。
「僕たちは二階の主寝室を使おう」
理人さんが俺の手を引いて螺旋階段を登る。そうして手を引かれてたどり着いたのは、円形の窓が張り出した広い部屋だった。
外からも目立っていたガラス張りのあの部屋だ。
上品な調度品の中、一際目立つ天蓋付きの大きなベッドが目に入る。
「いつもは両親が使う部屋なんだけど、ここが一番広くて静かなんだ」
ベッドに腰掛けた理人さんが、おいでと手招きする。
その瞳の鋭さに、今彼が求めているものがなんなのかを、俺は瞬時に理解した。
知らず熱い吐息が漏れる。
入院している間、ずっと薬で本能を抑えていた。それは理人さんも同じだ。
そして今、ちょうど薬の影響も消えていた。
「Kneel」
久しぶりの命令に、全身がブルブルと震えた。下腹部に熱が溜まり、頭の中が理人さんでいっぱいになる。
彼の足元でペタリと座り、次の命令を待つ。
「待ち遠しかった?」
「ん……」
「どれくらい待ち遠しかったか、僕に見せてくれる?」
「……わかった」
理人さんの冷たい瞳が心地良い。
俺はこの人に逆らえない。それが、どれだけ嬉しいことか。
そう思うと体が勝手に動いた。俺の全部あなたのものだ。全部、見ていて欲しい。
最高の支配で、俺をあなたでいっぱいにして欲しい。
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