恋の呪文

犬飼春野

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本編

お友達は大切に

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「よっ。立石。松江はどうだった?」
 キーを打つ手を止めて、岡本が声をかける。
「まあ、この分だとATM機の受注は確実に取れるだろう」
 大きな鞄を無造作に床に下ろして、立石は答えた。
「それより、S銀の会議はどうなった?」
「バッチリ。江口も、堂々としたもんだったぜ。かなり意地の悪い質問もあったのによ」
「そうか・・・。じゃあ、さっそく池山と打ち合せしないとな」
 立石が電話の受話器を取ると、
「あ、池山は年休だとよ」
 と、岡本が横から止めに入る。
「朝から来てないのか?」
「ああ。二日酔いじゃねーの?」
「あの池山が、二日酔いで年休ねぇ・・・」
 かちゃり、と受話器を下ろす。
「女と酒の次に好きな仕事を休むとはな・・・」
「さすがの池山も、今回は疲れがたまってたんだろう?なんてったって、顧客にも、身内にも、めーいっぱい頭下げまくってたしなぁ」
 そう言って、岡本はけらけら笑う。
「昨日だって、立石がいねえから、つぶれたヤツを江口が送っていったんだぜ?」
 立石は、バインダの中の書類を探す手をぴたりと止める。
「江口が・・・?あいつの寮へ帰るには、池山の家は遠回りだろう?」
「そりゃ、そーなんだけどさ。俺も手ぇいっぱいだったから、あいつに任せたんだわ」
 徹クンがいなかったから、もお、アタシ、さみしかったわぁ~。
 岡本が両手を胸に当ててしなを作り、にっと笑う。
「あー。そーか。そりゃ、大変だったな」
 にこ、と立石は笑い返し、バインダをめくる。
 丸一日休みを取る?
 あの、元気だけがとりえの、池山が?
「なにやってんだか。あの馬鹿は・・・」
 ちらりと時計を見た後、誰に言うともなく呟いた。



 かち、こち、かち、こち。

 時計の針は、ゆっくりゆっくり規則正しくかつ丁寧に時計盤の上を回る。

「だ・・・・・・・っ。たいくつぅ・・・」
 ベッドに腹ばいになったまま目覚まし時計を眺める。
 池山はいわゆる外型体質で、睡眠時間も短くて良いかわりに、何もしないで家の中でじっとしているのが大嫌いだった。
 もともと、二日酔い自体はしたことないし、風邪もめったにひかない。熱が出ても一晩眠れば必ず治るし、少々痛んだものを食べても食中毒になることもなかった。そのおかげで、入社して以来一度も健康保険証を使ったことがなく、健保組合から特典として毎年豪華商品(?)をもらっている。ちなみに、目の前の目覚まし時計はその戦利品(自社製品)であった。
 江口を追いだした後夕方近くまで泥のように眠ったおかげか、力を入れると涙が出てきそうな位だった全身の痛みは起き上がる気力はさすがにないもののちょっとした筋肉痛程度におさまり、明日は無事出勤できそうだった。
 ただ。
 彼はもう一つ問題を抱えていた。
 それは。
「腹減った・・・」
 きゅるきゅると切なげに訴えるお腹を抱えてぼやく。
 腹は減っているのだが、筋肉痛その他もろもろで指一本も動かすのがおっくうな今、ドアの向こうにある台所の冷蔵庫すら、地球の裏側にあるかのように遠かった。

 ちくしょう・・・。
 スポーツ新聞なんかに『某有名企業エリート社員、カマを掘られて餓死』って載った日には、ぜーったい、江口に取り憑いて、祟り殺してやる!
 あの、岩のようにがっしりしていて、ばかでかい体の生気を吸い尽くして、見る影もないくらいへろへろにしてやる~!

 人間、腹が減ると、愚にもつかないことしか考えないものである。
 池山が意味のない妄想に腹を立てて人生を悲観している最中、くだんの目覚まし時計の横にある電話が鳴った。
「はいっ。もしもしっ」
「・・・・元気そうだな」
 一拍分間を置いて、深みのあるバリトンの声が聞こえてきた。
「あっ、立石?・・・ぜんっぜん元気じゃねーよ。この俺がこの時間ベッドで電話取ってんだからなっ」
「そうか、そうだよな。・・・で、腹の具合が悪いのか?」
「いいや、ちがうっ。めちゃくちゃ腹が減ってる。もお、飢え死にしそう。なあ、なあ、立石ぃ・・・」
 池山は枕をぎゅうぎゅう抱き締めながら電話の向こうに媚を売る。
「・・・わかった。十分後にそっちにいくから、鍵開けて待ってろ」
「うんっ」
 面倒見の良い友人をもつのは良いものだ。
 神さま、俺に立石徹くんを与えてくれて、ありがとう。
 ベッドからいそいそ起き上がる、ゲンキンな池山であった。
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