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本編
まさかのサラブレット
しおりを挟む二人は紅茶に切り替え、スコーンを一皿頼んで一つずつ分け合う。
「まあ、暴露ついでなんだけどね・・・」
「うん」
つくづく、自分は秘密を守れない女だと罪悪感にさいなまれながらも、続きを言わずにはいれらなかった。
「あのね。片桐さんの実家でお母さんに会った時、思うことなかった?」
「んん?・・・そうだな。物凄く綺麗で・・・。あの歳で言うのもなんだけど、イギリスのファンタジーに出てくる妖精の奥方みたいな人だったよな」
佐古は二つに割ったスコーンにクロテッドクリームを塗り、一口かぶりついた。
「そうなのよね。野良作業の服を着ていても、鄙に希な美女ってのがにじみ出ちゃう人だと思ったんだけど、瀬川は婦人会だ消防団だの衝撃で、きっとお母さんのことをよく見る余裕がなかったんだと思う」
本間もジャムをスプーンですくってスコーンにのせる。
「そういや、詩織ちゃんもあいつの妹とはとても思えないくらい、綺麗だったよな。今時の高校生だけど、どこか品があって」
「そう、そこ。品があるってとこ!」
口の端に付いたスコーンのかけらを指でぬぐいながら勢い込む。
「あの田園地帯で妙に浮いたモダンな家屋もバラの園も、お母さんそのものなのよね」
「うん。それで?」
「うん。それでなんだけど・・・。ここ一年くらいだったかな、会社へ頻繁に片桐さんを訪ねてくる人が複数いてね。私が主に応対していたのよ」
「何それ?」
「片桐さんの、母方のお祖父さんの秘書の方々」
「秘書?」
佐古は紅茶のカップを持つ手を途中で止めた。
「これは、私と片桐さんの秘密なんだけどね・・・。まあ課長たちは知ってるかも。人事でも極秘中の極秘事項だから、さすがに女子社員には漏れていない話なんだけど」
ここで、口の中が乾いた本間は一口、紅茶を流し込む。
そして、少し身をかがめて小さな声で言った。
「・・・片桐さんのお祖父さん、長田有三なの」
しばらく二人はテーブル越しにじっと見つめ合う。
三十秒ほどして、佐古が口を開いた。
「・・・誰、それ?」
がっくりと本間はテーブルに突っ伏した。
「あああ。ここで初めて、佐古さんが帰国子女だと実感したわ~」
すっかり脱力してしまった本間を前に、少しふてくされた。
「だってさあ。俺、6歳から20年以上、まともに日本で暮らしたことないんだから、わかるわけないじゃん」
「そうよね。失念していました・・・。ごめんなさい。日本の有名な、元・政治家です。外務大臣も官房長官もやっていたから、私の年代以上のたいていの人は顔を知っていると思う」
確かに引退しているが、影のドンと今も囁かれている。
「そして有三は大正・昭和に名を馳せた富豪家の三男で、現在の長田家本家は有名な製薬会社よ」
「ああ、もしかして長楽製薬?」
「ご名答」
長楽製薬の製品は多岐にわたり、現在は医療器具でもシェアを伸ばす大企業だ。
「もしかして、片桐ってサラブレットだったの?」
「そうなんです。付け加えると、数代前には宮家の外腹の姫がお輿入れしているから、それはもうやんごとなき・・・」
「え?プリンセス?」
なかなかお目にかかれる話題ではないので、さすがの佐古も食いつく。
「そう。なんたら姫」
「うわ、絶滅危惧種なんだ、片桐・・・」
「そうなのよ。ああみえて正統派セレブリティだったのよね」
「・・・瀬川美咲は何も知らなかったんだ」
そして、何も、全く気が付かなかった。
「うん。結婚してから徐々に明かすつもりだったみたい。チルチルミチルの青い鳥は目の前にいたって言うのに。あの女の目もたいがい節穴よね・・・」
片桐の両親は、ほぼ駆け落ちでの結婚だった。
長男を妊娠させて、強奪に近い状態で福岡へ連れ帰ったため、長田有三たちは激怒した。
啓介が生まれるまで揉めに揉め、結局、長田家の者は一度も関門海峡を越えたことがない。
派遣された秘書や弁護士が博多の方で落ち合い、有三の意向を伝える程度だった。
なので、片桐の祖父母と兄弟を除いて、近隣住民たちは彼女の正体を知る者がいなかった。
綺麗で育ちが良いけれど、とても穏やかで気さく美女。
そして、気の毒なことに身寄りがない。
結婚披露に妻方の親戚が一切列席しなかったことから、そう解釈された。
「瀬川には、片桐の父は文書屋、母は農協へ事務のパート、母方の祖父および親戚は関東で薬屋をやってるけど、あまり行き来がないと話していたみたいね」
嘘はついていない 。
「・・・薬屋、ねえ」
「うん。普通は潰れかけた商店か調剤薬局しか想像しないでしょうけれど」
そして、父と仲違いしているから、結婚式に母方の親戚は出られないと伝えていた。
「長田の家のことを言いたがらないから、あまり暮らし向きの良くない人たちなのだろう。だから、会いたくないんだろうなと曲解したらしいのね」
本当に、営業の赤坂は口が軽い。
婚活仲閒として意気投合した派遣の瀬川からの悩み相談を、社員食堂でべらべらと垂れ流していた。
おかげで、片桐本人は知らないことを多くの女子社員たちが知ることとなる。
「それが、岡本に言っていた『確証を得るまでナイショ』?」
「まあ、だいたい。そして、『運命の人に出会った』と声高にいうけど、それが誰なのかはさすがに聞こえてこないから、いっちょ赤坂を酔わせてみるかと思ったんだけどねえ」
そうする暇もなく、襲撃されてしまった。
なんとまあ、切り替えの早いことか。
「うん?・・・で、頻繁にやってくる秘書はどうなったの?」
「ああそれね。それは、有三の手下。少なくとも月に一度は来ていたわね。見合い写真持って」
「ああ・・・。そういうこと」
「そういうことです。縁は切った形にしているけれど、孫は関係ないと言うことで、松濤の家に頻繁に出入りさせていたみたいなのね。詩織ちゃんは福岡の方が好きだからあまり行かなくなったんだけど、片桐さんは大学をこっちにしてしまったしね」
たまたま、東京の大学に進学しただけで、普通のサラリーマンになるつもりだったが、啓介を溺愛する有三は、なにかと長田の家へ引き込もうと手ぐすね引いていた。
「本当は大学も文系に行かされそうになったのを、がんとして工学系を選んで、会社も長楽製薬系でゆくゆくは役員待遇で・・・と言うのを、情報系の会社に自力で入って、なら結婚は血筋に見合った最高の令嬢をって、鼻息荒く見合い写真攻撃だったのよ」
「うわ、大変だな、日本の名家って・・・」
「佐古さんもあんまり変らなかったじゃん、奥さんのこと」
「まあね。だって、俺も知らなかったんだもん、あんな桁外れの金持ちだったとは」
それが絡んで、結局別れることになった。
小さなアパートで肩を寄せ合って暮らしていた時は、とても楽しかったのに。
「・・・そうか、片桐は普通の女の子と普通に暮らしたかったって事?」
「そう。見合い攻撃に辟易していたら、ものすごーく普通の女の子が目の前に現われたのよ。初デートにパスタとか肉じゃが作っちゃうような。しかも容姿はグラビア級」
「ああ、理想だねえ・・・。人によっては」
「あの頃は仕事が立て込んで目が眩んだというか、めくらしましにあったとしか言いようがないんだけど、疲れ切って人恋しいと思った瞬間を狙って、うまく釣り上げられたんでしょうねえ」
そうとしか解釈のしようがない。
なぜならば、本間から見ても、啓介の妹の詩織から見ても、結婚を決意してからの片桐はどこか熱病に冒されているような感じだったからだ。
本当に、本当にその人で良いのかな?
なんで、その人なの?
二人に限らず親しい者は誰もが首をかしげたものの、まあとりあえず見守るしかないかと腹をくくった矢先の破談だった。
助かった、と詩織は正直胸をなで下ろした。
彼女は、兄の連れてきた女性にあまり良い印象を持っていなかったからだ。
「この際、奈津美さんがお義姉さんになってくれたらいいのにって言われたんじゃない?」
佐古はにやにやと頬杖をついた。
それは昨年GWの旅行中に、片桐の両親や本家の人たちからもこっそり打診された。
「うん。片桐さんの嫁が嫌なら、消防団の誰かを選べとも言われたよ」
「いやなの?」
「うーん。片桐さんを正直、良いなあって思ったことはけっこうあるけどね。長い時間を共有してるから、良いところをたくさん見てきたし。それに今ちょうど別れたから、運命?と揺れてみたり。でも、本当の運命の人はすでに別にいるみたいだし」
あの騒動に乱入するつもりも、運命と闘う根性もない。
「あの町のみんなは好きだけど、独身でぴんと来る人がいなかったのよね。それに多分お客様で行くのと、実際に嫁になるのは違うだろうし」
彼らには申し訳ないが、たまに訪れるのがちょうど良いと思っている。
「私は、私の大切の人をこれからゆっくり探すよ」
どんな人に出会うか、楽しみだなと無邪気に笑った。
「そうか」
「うん」
彼女の強さに、佐古はいつも救われる。
「でもさ、ここで瀬川が夢から覚めたわけじゃない?」
瀬川美咲の魔法は解け、立石徹という王子様はどこにもいなかった。
彼はただ単に見てくれの良い、安月給の普通の男とわかり、慌てていることだろう。
なら、新たな男を捜すか?
それとも・・・。
「私は、このままでは終われないと、がぜん闘志を燃やしているのに一票ね」
「俺も、すぐさま漁にかかるのに一票」
「えーっ。賭にならないじゃない」
「だって、しおらしく婚活辞めて仕事に生きるとはとても思えないんだよな」
「・・・そうなんだよねえ・・・」
二人の胸に一抹の不安がよぎる。
「・・・でもまあ・・・」
「そうねえ・・・まあ・・・」
「なんとかなるか」
「うん、なんとかなるんじゃない?」
同時に立ち上がり、自然と手を繋ぐ。
「さて帰ろうか」
「うん!」
「徹、昼飯何を作ったかな~」
「私はリゾットに一票」
「またまた。賭にならないじゃん」
「えー。佐古さんもリゾットじゃ面白くない~」
足取りも軽く、店を後にする。
最初はゆっくりとした足取りで寄り添い、途中からふざけながらだんだんと早くなり、最後には二人でげらげら笑いながら子犬のように駆けだした。
笑って歩けば、きっと大丈夫。
一人でも楽しいけど、二人なら、もっと楽しくなるよ?
胸の奧に、ほんのりと小さな灯火が一つ付いた。
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