闇色令嬢と白狼

犬飼春野

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第一章 婚約破棄と追放、そして再会

王女ジュヌヴィエーヴの『真実の愛』

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「……俺も、君に話しておくべきことがある。本来ならば、結婚を申し込む前にすべきことだったが、時間がなかった」

 アシュフィールド国に聖グレジオ教会の特別転移施設を知られてしまうわけにはいかない。
 王家に利用され尽くさないためには、どれほど従順な臣下でも手札が必要だ。

「ヴァンサン家について……。いや、俺と元妻と子供たちについてだ」

 目を閉じて額と合わせたまま、言葉をつづける。

「今更だが、聞いてくれるか」

「はい」

 吐息交じりの許しに、ウーゴは背筋を伸ばしてそのきらめく瞳を覗き込んだ。

「俺の十五歳の誕生日に、ヴァンサン辺境伯はローラン国の末の王女の降嫁を受諾した」

「……はい」


 誰もが知っている、二十数年前の出来事。

 ウーゴ・ノエ・ヴァンサンは黒髪にオッドアイの大人びた少年だった。
 身体の成長が早く、背丈は並みの大人たちをあっという間に追い越し、長い手足と母親譲りの顎の細い中性的な整った顔立ちは、恋愛小説に傾倒する若い令嬢たちの関心を引き、熱烈な視線を送られることとなる。

 その中の一人が、十八歳を目前に控えた王女ジュヌヴィエーヴだった。

 彼女は先王妃が病死した後に妃の座についた子爵令嬢より生まれ、遅くに生まれた末子として両親に溺愛された。
 目に入れても痛くないと豪語する王は、ジュヌヴィエーヴの望むことならなんでも叶えた。

 その一つが許婚であった公爵との婚約解消、そしてウーゴ・ノエ・ヴァンサンとの婚姻。

 戦闘狂と呼ばれるヴァンサン辺境伯は戦力拡大に金品を必要としていたため、王が多額の結納金を提示するとあっさり息子を差し出した。

 ジュヌヴィエーヴはウーゴから熱烈なアプローチを受け、長年の婚約者と別れることにしたと社交界で自慢した。

 これこそ、真実の愛だと。

 その実は、十歳近く上のロンズデール公爵が気に入らず、社交界で注目の的だった美少年に飛びついただけのこと。
 ローラン国の男は十代半ばまではエルフのように中性的な顔立ちだが、二十歳を過ぎると顔も体つきも頑強なものへ変化する。
 ジュヌヴィエーヴはその最たるものであるロンズデールの容姿と、国の中枢を担う公爵としての振る舞いを年より臭いと嫌悪した。
 美少女としてちやほやされた王女の身体は早熟で、受けるべき教育はなおざりに騎士や令息を侍らせて恋の真似事ばかり楽しんだ。
 あらゆる不祥事を両親がもみ消してくれることをよいことに、『ちょっとした悪戯』にも興じた。

 そんな彼女の誤算は、自分の美貌がウーゴの心に全く響かなかったことだ。

 王命を受けて二か月足らずの婚約期間で王宮内の教会にて結婚式を挙げ、国内外の話題となった。
 しかし、初夜は惨憺たるものだった。
 十五歳になったばかりのウーゴには荷が重すぎたのだ。
 プライドを傷つけられ、さらには『情熱的に愛されている』と触れ回った以上、後には引けないジュヌヴィエーヴは短絡的な行動に出る。
 それは、『ちょっとした悪戯』でよく使った『モノ』をウーゴに飲ませることだった。
 そして、ジュヌヴィエーヴは手に入れた。
 大人向けの恋愛小説に描かれるような『蜜なる日々』を。
 それからウーゴは部屋から一歩も出なくなった。

 息子の異常にいち早く気づいたヴァンサン辺境伯夫人はすぐさま夫に訴えたが、まったく相手にされず、孤立した。

 そしてある日。

 ジュヌヴィエーヴは夫に飽きたと宣言しヴァンサン家のタウンハウスを飛び出して父の元へ戻り、その数日後に辺境伯夫人が病死した。
 同じ病を罹患したらしいウーゴは生死の境をさまよい続け、一か月後にようやく目覚めた。

 漆黒の髪は白銀へと変わり、彼の妖精のような甘い面差しは劇的に変わった。
 まるで野生の狼のように鋭く険しい目つき、真一文字に結ばれた唇。
 やせ細り、筋力の落ちた身体で王宮に現れ、王のみならず周囲は騒然となった。

 一方のジュヌヴィエーヴは既に身ごもっていたが変わり果てた夫との面会を拒否し、男女の双子を王宮の奥深くで出産した。
 王女の出奔後夫婦は再び会うことのないまま離婚が成立し、子供たちはヴァンサン家が引き取り、王女は元の婚約者であるロンズデール公爵家へ再降嫁。
 急ごしらえだったヴァンサン家との結婚式を払拭すべく、王はさらに大聖堂にて盛大な式を執り行った。

 それから十年余り、ウーゴと双子たちは王宮と社交界へは一切顔を見せず、辺境へ引きこもり続けることとなる。

 これが、ウーゴ・ノエ・ヴァンサンと王女ジュヌヴィエーヴの『真実の愛』の顛末だ。




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