わがまま令嬢の末路

遺灰

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序章

第十六話 邂逅

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 神様とやらがいるのなら、さぞかし私のことが嫌いなのでしょうね。

 そんな風に現実逃避をしてしまいたくなる光景が私の眼前に広がっている。
 王子を遠回しに煽る義弟、それを理解して激昂する王子、そして王子に加勢する彼の友。そんな混沌と化したお茶会を眺めながら紅茶を啜る私。
 私がいったい何をしたというのか、もしかしたら前世の前世で世界でも滅ぼしてしまったのかもしれない。そう思わずにはいられない惨状に、逆に笑いがこみ上げてくる。

 あ、このお茶菓子とっても美味しいですわ。

 ***

「久しぶりだな、会いたかったぞ」

「大袈裟ですね。一か月前に会ったではありませんか」

「一か月"も"前だ」

 約束通り王子は屋敷にやって来た。
 適当に王子と言葉を交していれば、私の側に立っていた義弟に王子は気付いたようで、訝し気に「誰だ?」と私に聞いてきた。
 それに対して何故わざわざ私に聞くのかと思いつつも簡潔に「義弟ですわ」と私が答えれば、王子は警戒するような様子から一変して、気さくな態度で義弟に話しかけた。

 簡単な自己紹介をしつつ握手を交わす二人を黙って見ていれば、義弟がニッコリと笑ったのが分かった。

「"僕の"姉様がいつもお世話になっています」

 背筋に走った義弟が何かやらかすのではという嫌な予感は、止める間もなくすぐに的中した。
 不自然に強調された言葉に王子は一瞬だけ眉をひそめるが、すぐに得意そうな顔になる。

「いいや、"私の"婚約者殿なのだ。気にするな」

 二人とも笑顔だったが、王子のそれは勝ち誇ったようなものだったし、義弟のものは仮面のように温度がなかった。
 私からすれば二人が火花を散らす理由が分からないし、彼らからまるで所有物のような扱いをされているようで気分が悪い。私は二人を冷めた目で見ていたが、視界に彼らがいるだけで不愉快なので壁に視線を移した。

 私は貴方達のどちらのものでもなくてよ。

「すみません、姉様。お話が長くなってしまって」

 私が退屈そうにしていると思ったのか義弟がいち早く私を気遣うような言葉を掛ける。
 得意気な様子の義弟に、王子は悔しそうな顔をする。そんな二人に私は呆れて物も言えなかった。

 いったい何を競い合っているのかしら。もしレディへの扱いの優劣を競っているなら、その時点で失格ですわ。
 目の前で馬鹿げた競い合いを見せられる身にもなって欲しいものね。

「別に構わないわ。話が終わったら庭園までいらしてくださいな」

 彼らの醜い争いをこれ以上見せられても何も楽しくないので、私は一人だけ先に庭園に向かおうとする。

「ま、待ってくれ!今日は君に会わせたい人がいるんだ」

 そんな私を慌てた様子で引き留める王子は、側に待機していた数人に向かって誰かの名前を呼んだ。聞き覚えのある名前に、私は思い出そうと過去の記憶を探る。

 だが、その努力はするまでもないものだった。

 王子の声に応えるように早歩きでこちらに向かって来る同い年ほどの男の子。
 その姿に、私は息を呑む。

 燃えるように赤い髪に、グラスに注がれた葡萄酒を彷彿とさせるルビーレッドの瞳。

「紹介しよう。彼は私の友人でありーー」

 知っている。私はコイツを覚えている。
 あの真っ赤な髪色。忘れる訳などない。

 あの時、あの断罪の場で、私の腕を捻り上げて押さえつけた騎士団長の息子だ。

 私の弁明を聞こうともせずに私を"悪役"に仕立て上げたあの女の囲いの一人。
 予想だにしていない人物の登場に思わず呼吸が乱れそうになった私は、自身を落ち着かせるように一度だけ深く呼吸をした。

「どうかしましたか、姉様」

「……なんでもないわ」

 そんな私の様子に目敏く気付いた義弟が私に声を掛けたが、私は平坦な声でそう返した。

 そうよ、ここにはその"囲い"がもう既に二人もいるのよ。
 今さら動揺することなんてないわ。

「彼は私の剣の師範である炎の騎士団長の息子でな」

 前世ではあまり接点のない彼らがどうして、と思ったがどうやら彼らは剣の修行を通して友情を育んだらしい。
 緊張した面持ちで背筋をピンと伸ばしている小さな騎士見習いは、私の腕を圧し折る勢いで捻り上げた人物の面影はあれど、殺気など知らぬような無垢な顔をしてる。

 やっぱり彼もなにも覚えていないのね。

 その時点で騎士見習いの彼ーー長いから剣士でいいかしらーーに対する興味も関心も完全に失せたので、私は彼と簡単に自己紹介を交わしてから王子を庭園へと先導する。

 その後を義弟と剣士が付いて来る。
 剣士は王子の付き人だから仕方ないですけど、なんで義弟は自身も参加する気でいるのかしら。
 まあ、彼もいずれはこの家を継ぐのでしょうし……未来の家長との交流と考えれば、おかしくはないのかしら。

「私は婚約者どのとお茶会を楽しみたいのだがね」

「おや、僕はお邪魔だと?傷ついてしまいますね」

 義弟はわざとらしく悲しそうな表情を作ると私にすり寄って「姉様、僕もご一緒していいでしょう?」と猫撫で声で聞いてくる。
 私は王子が義弟に手一杯になれば私に構う余裕がなくなるかも知れない、という企みもあって「好きにすればいいわ」と答えた。

 それに対して王子は少し不満げな顔をして拗ねたが、それとは反対に私を味方に出来てご満悦の義弟は「勝った」と言わんばかりの悦に浸った顔をしている。

 着々と義弟のせいでフラストレーションを溜めているであろう王子を横目で見つつ、私たちはお茶会のためにセッティングされたテーブルまでやって来た。

 私はテーブルに並べられた茶菓子にマドレーヌがあることに気付いて、少しだけ気分が良くなる。
 今回は王子が持参したお茶菓子もあるので、テーブルの上はいつも以上に華やかだった。

「最近は優秀な友のおかげもあって剣の腕が更に良くなったんだ」

「そんな俺は、あ!いや私はっ」

 王子はいつものように自身の剣の成果について語りだす。その中で褒められた剣士は慌てたように口を開くが、固い口調になれていないのか拙い口調で言葉を紡ぐ。
 それを見逃すほど、この義弟は甘くない。

「おや、殿下の優秀なご友人は言葉を使うのは苦手なようですね」

 いい揶揄いネタを見つけたとばかりに食らいつく義弟に、剣士は顔を赤くして俯いてしまった。それに怒りを露わにした王子が「おい貴様ッ」と声を荒げる。

「別に個人のお茶会にそこまでの礼儀は求めていませんわ」

 耳元でがなり立てられるとお茶菓子の味が落ちそうなので、私は静かにそう言い放つ。
 義弟は私が相手を庇うような形で口を出すとは思ってもいなかったのか、ギョっとしたように私を見た。それを見た王子は何故か我が事のように胸を張っている。

「殿下である貴方が変に畏まっているからでしょう。いつものように話せばいいではないですか」

 白けたのでそう言えば王子は少し狼狽えて「いや、でも私は」と声をあげる。そんな彼に面白半分で「以前のように"俺"、でも良いのですよ?」と私が言えば、王子は更に焦ったようだった。
 王子の慌て様に笑いを堪えつつ紅茶を口に含めば、剣士の彼から感謝の眼差しを向けられていることに気付いた。面倒だし鬱陶しかったので、私はそれに気付かないフリをしつつお茶菓子を口に運ぶ。

 そんな中で義弟は不貞腐れたようにしていたが、お茶菓子に手を伸ばしたところで何かを思いついたのか嫌な顔で笑った。

「このクッキー、とっても美味しいです」

 本当に場を掻き乱すのが好きね、この義弟。

 王子にかつての義弟自身のようにクッキーをまずいと言わせたいのか、なにかしらでマウントを取りたいのかは知らないけれど、絶対に良心で行動しているわけではないのは明らかだ。
 でも正直どうやってこの王子から率直な感想を聞こうか迷っていたので、ありがたいと言えばありがたいような気もする。気がするだけかもしれないが。

 義弟に対抗心がある王子は訝しみながらも、味が気になったのか義弟が食べたものに手を伸ばした。私はそんな王子の動向をティーカップの影から窺う。

 彼はクッキーを何回か咀嚼したあとに飲み込んだ。

「……別に、普通だと思うが」

「それなら良かったわ」

 王子は義弟の大袈裟な態度に合点がいかないような顔をしていたが、私にとってはどうでもいい。義弟はつまらなそうに溜め息を一つ吐くと、紅茶を口にする。

 私は自分が作ったクッキーの出来に満足して微笑んだ。王族にとって普通の味ならば合格でしょう。

 そんな私の表情と言葉に、王子は訳の分からないような顔をしていたが、考えるように口を閉ざす。数秒して彼は困惑と期待が入り混じったような表情で、呟くように言葉を発した。

「もしかして、これは君が作ったのか……?」

「ええ、まあ」

 別に隠すようなことでもないだろうと素直にそれを肯定すれば、王子はいきなり立ち上がった。

「お、俺のために?!」

「別に誰のためでもないですわ」

 強いて言うなら自分のためだが、決して王子のためではないので素っ気ない態度であしらいつつ私も自作のクッキーを口に運ぶ。視界の端で王子が肩を落とすのが見えた。

 うん、我ながら美味しいと思うわ。

「姉様のクッキーは日に日に美味しさが増していると思いますよ。僕が保証します」

 貴方に保証されても……と一瞬思ったが、保証は多いに越したことはないだろうと考えを改めた。
 義弟に「そう、ありがとう」と簡単に返す私の声に重なるように、王子が「日に日に?どういうことだ?」と言葉を発した。どうしてそんな細かいことを気にするのかしら。

「そのままの意味ですよ、殿下。姉様が"初めて"作ったクッキーを食べたのは僕です」

 ああ、義弟がわざわざ私のクッキーを褒めたのはこのためか。

 王子に私のクッキーを不味いと言わせられれば御の字、そうならずとも私の試作品を初めて食べたことが自慢できるこの話題なら義弟は損をしない。義弟の考えに舌を巻けばいいのか、呆れればいいのか悩みつつ、チラリと王子に目をやれば、彼は眉間に皺を寄せて本当に悔しそうな顔をしていた。
 私の初めてのクッキーにそんな大層な価値などないでしょうに。

 自身のクッキーを煽るためのネタに利用されたのは微妙な気分だが、相手にマウントを取るためなら尽力を惜しまない義弟に、いっそのこと感心すら覚えそうになる。

「最初は少し失敗していたのですけどね。姉様のクッキーを"毎日"食べていれば分かると思いますけど…ああ、失礼。殿下が食べたのは今日が初めてでしたね。ふふ、姉様の"初めて"のクッキーは今より少し拙くて…あ、どんな風だったのかは僕の口からは言えないですね。これも姉様と僕の大切な"思い出"ですので」

 その後も義弟は聞かれてもいないのに私と毎日ティータイムを楽しんでいることや、勉学や鍛練を共にし、時には夜遅くまで話をすることをペラペラと喋り散らす。
 果てに私が自分と同じようにどれだけ優れた人間か、私が嫁ぐのは第一王子のような優秀な人間でも勿体ないなど要らないことまで語りだす。
 王子は顔を真っ赤にして震えているし、その隣では剣士が義弟を睨んでいる。

 このまま義弟が不敬罪に問われたら、もっと面白いのに。

 そんなことを考えつつも、私は特に義弟を止めることも、王子を庇うこともしなかった。
 面倒なのもそうだが、子供の喧嘩程度で婚約が破棄されるとは思えないし、家同士の仲が悪くなるとは思わなかったからだ。
 前世で私と王子の仲は冷え切っていたし王子から心底嫌われていたが、それでも婚約は破棄されず、父の地位が危うくなるような話はなかった。

 会話に首を突っ込む理由がないので私は我関せず、全てを無視して一人優雅にお茶を楽しむことにした。

「先ほどから何が言いたいのだ、貴様はッ……!」

 そうしていれば我慢の限界が近い王子が絞り出すような声色でそう義弟に問う。
 当の義弟は王子の怒りなど何ともないと言わんばかりにニッコリと笑って言う。

「特には。ただ、才ある姉様が不憫でならないですね」

 こんな低能なやつに嫁ぐことが決まっているだなんて、という義弟の見下し満載な心の声が聞こえてきそうな言葉だった。王子も数秒ほど思考してから義弟の言葉の意味に気が付いたようだった。

「貴様ッ、無礼だぞ!!」

「貴方はそろそろ自分の立場を弁えた方が宜しいのでは?
 いくら殿下の友人と言えど階級は僕らよりずっと下ではないですか」

 息巻いていた剣士は義弟の一言にぐうの音も出ない様子だった。
 私的には思いっきりブーメランな発言のような気がしますが、義弟の中では才のない第二王子は自分より格下で取るに足らない存在らしい。

 王子はそんな二人の会話を聞いておもむろに席を立つと、私が鍛練の時に使うために立てかけてあった木刀を手に取った。

「先ほど、お前は剣の訓練を受けていると言っていたな。
 ……剣を取れ。俺がお前を打ちのめしてやるッ!!」

「仰せのままに」

 遂に怒りが爆発した王子に対して未だに余裕綽々な義弟。
 私はお茶会の間に寸劇が始まりそうな流れに、どうしてそうなるのかと思いつつも、面白そうなので紅茶をお代わりして見届けることにした。

 勝敗に興味はないが、彼らのどちらかが必ず無様を晒すであろう状況に、私は微笑を浮かべた。


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