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第1部:窃盗と盗撮

第8話 ストーカーアプリ。

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 樋廻ひまわりのスマホは、村山の話どおり、生活科室に置かれていた。ここは、一部の児童たちが着替え場所として利用するのみで、普段は空き教室になっている。


 スマホの紛失に気がついたのは、四時間目にあった水泳の授業後。俺の記憶が正しければ、樋廻はもちろんのこと、村山も教室で着替えていたため、この教室へは来なかったはず。どのタイミングで見つけたんだろう? という疑問は残るが、しかし、それは大した問題ではない。ここは鍵もかかっておらず、誰でも簡単に入ることができた。


 俺はスマホを拾い、スリープモードを解除する。画面には、今よりも幼い姿の樋廻と一緒に、両親と思しき二人が、写し出された。親が確認するためだろう、ロックはかかっていないようだ。俺は自分の鼓動を抑え込みながら、何回かタップを繰り返す。


 操作を終えると、ポケットへスマホを仕舞い込み、生活科室を後にした。その日はずっと、職員室へ保管しておくことにする。放課後になって、とぼとぼ帰ろうとする樋廻を呼び止めた。自分のスマホを見た途端、さっきまでとは打って変わって明るい表情になる。


「それ、ココの!」
「教室の中に落ちてたよ。先生が発見したから、みんなにはバレてないと思う」


 あえて、村山が教えてくれた生活科室のことは伏せておく。なんとなく、そのほうがいいような気がした。樋廻は「へー」とだけ言う。納得してはいないようだったが、手元に戻ってきてホッとしているからなのか、それ以上、深く追及することもなかった。


 受け取ろうと樋廻は手を伸ばすが、触れる寸前に一瞬だけ、スマホを俺のほうへ引き寄せる。最後に教師として、注意だけはしておく。「自分の大切なものなんだから、肌身離さず持っていなさい。きちんと自分で管理するか、それができないんだったら、先生に預けておきなさい」


「……うん。明日も持って来ていいの?」
 そう問いかける樋廻の唇を、俺は自分の人差し指でふさいだ。薄くも柔らかい、「ほかの人には内緒ね」
「うんっ!」


 満面の笑みを浮かべて、樋廻は「さよならっ」と言い、駆け出していく。ランドセルが上下に、ガシャガシャという小気味のよい音を響かせる。玄関へと遠ざかっていく樋廻を見えなくなるまで見送ったあと、教師として今日きょう中に片づけなければならない仕事へ取りかかった。


 二年教室へ戻り、イヤホンを耳につけた俺は、パソコンの電源を入れる。だが仕事は、パソコンを使わない事務作業だ。児童たち一人一人のノートやプリントをチェックし、明日の準備をする。それならパソコンは? もちろん、音楽を聴くためでもない。


 イヤホンを通して、雑音じりの声が聞こえた。
「あ、ヤバ。もう充電ないっ」


 少しだけ花丸を書く手を止め、パソコンのほうへ目を向ける。そこに映し出されていたのは、綺麗きれいに整理整頓された部屋だった。数個のぬいぐるみが置かれたベッドと、カラフルに彩られた勉強机が見切れている。スタンドへスマホを立てようとしている、見覚えのある洋服の胸元が、パソコンの画面いっぱいに映っていた。


 ちょうど部屋が見渡せる位置で、彼女は充電してくれる。これが、樋廻の部屋のようだ。見えるところでのみ使用を許可している家庭も多いだろうが、樋廻家は、そこらへん寛容というか大らかなのかもしれない。


 生活科室でスマホを見つけた、あのとき、ただでは返したくないと、そう思ってしまった。そして六時間目をフルに使い、このスマホへ、とあるアプリをインストールした。本来なら、親が子供の位置情報を把握するために、そういったアプリを入れることもある。元々あったかもしれないところに、俺は追加で入れたに過ぎない。教師としても、児童の動向は、気にしておくに越したことはないだろう。


 児童が一人もいなくなって寂しくなった教室の中で、俺は人知れず興奮し生唾を呑み込んだ。
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