2 / 14
第1部:窃盗と盗撮
第2話 再雇用の経緯。
しおりを挟む
遡ること一ヶ月前。二十五歳の誕生日を迎えたばかりの俺に、なんとも嬉しいサプライズプレゼントが舞い込んできた。徒在小学校の校長室、今日は休日のため児童はいない。
促されるまま、俺はソファーに座った。二脚のコーヒーカップへ注ぎ、テーブルの上へコースターとともに置く。上座へ腰かけた校長が、徐に口を開いた。
「いや~、わざわざ悪いね」
「はい……久々で、ちょっとだけ緊張しています」
俺の母校だが、ここへ来るのは、今日が初めてのことになる。しかし校長先生とは、半月前、久しぶりに再会した。小学生のとき、お世話になったときと変わらず、柔和な表情を浮かべている。その校長が、次のように切り出した。
「……実は、二年二組の担任の先生が、産休に入ることになってね。人手が足りないんだ。うちで雇われてくれないかい?」
確か、労基法かなにかで、定められていたっけ。出産予定日の六週間前から申請が可能で、出産後も六週間は休めるはずだ。その穴埋めとして、元教え子に、お鉢が回ってきた、ということらしい。有り難い話だったが、俺は即答できずに、しどろもどろとなった。
「あ、あの。ご存知かと思いますが、お、俺は、その……」
校長は頑として言ってのける。俺に比べ、迷いはないようだった。「三年前のことを言っているのなら、もちろん話は聞いているよ。その上で頼みたいんだ。免許は再発行されたんだろう?」
「……はい」
「なら、問題はない。あのことは誰にも言わないし、こんな田舎じゃあ、知っている人も滅多にいるもんじゃない。よろしく頼むよ」
正直に言えば、また教壇に立てることは嬉しい。断る理由はなかった。「……はい」
「それじゃあ」と、校長は業務連絡に入る。「一ヶ月間は、宮部先生に、ついて回ってください。この学校に慣れていただくために。来月から産休に入りますので、そこからはお任せしていいですか」
「……わかりました」俺は深く頷いた。「よろしくお願いします」
こうして後日、一ヶ月後に産休へ入る宮部郁子先生と対面し、引き継ぎのため色々と見て回った。児童たちと、事前に顔合わせもした。出産予定日は、八月上旬。法律上、予定日の六週間前後ということになってはいるが、予定日を超過してしまうのであれば上限はない。
逆に言うと、出産が早まってしまえば、その分、勤務期間も短くなる。なるべく宮部先生には、難産であってほしい。
あとで聞いたところによると、宮部先生は二十七歳の初産。旦那は、同じ職場の人だったらしい。らしいというのは、今は別々の学校で、その顔を見た人は、この学校にはいないからだ。……と、噂好きな古株の先生が話しているのを、たまたま聞いてしまった。
職員室の中は、コーヒーの香りで充満していた。それと同じ香りのするものを、宮部先生から受け取る。渡されたマグカップの中には、なみなみと黒い液体が注がれていた。俺は礼を言って、ひとくち啜る。優しい口調で、宮部先生が言う。こういう感じの人だから、クラスの子たちに人気があるのかもしれない。
「ここには、もう慣れた?」
「はい、おかげさまで」
「そう……よかった」
宮部先生はニッコリと微笑んだ。すっかり、信頼も勝ち取ったらしい。自分で言うのもあれだが、顔はいいほうだと思うし、傍から見れば真面目な好青年だ。下手を打ちさえしなければ、過去のことがバレることはないだろうと、高を括る。
「中途で採用された方だから、正直、任せていいものか悩みましたが、いい方でひと安心しました。みんなも、懐いているようですし……」宮部先生は、キャスターつきの椅子を、ずいっと俺のほうへ近づける。「教壇に立つのは初めて? それまでは、どんなお仕事を?」
突然の質問攻めに、俺はたじろぐ。「あ、えっと……」
「あ、ごめんなさい、わたしったら……」
「い、いえ……」
「あの子たちのこと、よろしくね」
そう言って宮部先生が入院した翌日、つまり現在に至るというわけだ。
促されるまま、俺はソファーに座った。二脚のコーヒーカップへ注ぎ、テーブルの上へコースターとともに置く。上座へ腰かけた校長が、徐に口を開いた。
「いや~、わざわざ悪いね」
「はい……久々で、ちょっとだけ緊張しています」
俺の母校だが、ここへ来るのは、今日が初めてのことになる。しかし校長先生とは、半月前、久しぶりに再会した。小学生のとき、お世話になったときと変わらず、柔和な表情を浮かべている。その校長が、次のように切り出した。
「……実は、二年二組の担任の先生が、産休に入ることになってね。人手が足りないんだ。うちで雇われてくれないかい?」
確か、労基法かなにかで、定められていたっけ。出産予定日の六週間前から申請が可能で、出産後も六週間は休めるはずだ。その穴埋めとして、元教え子に、お鉢が回ってきた、ということらしい。有り難い話だったが、俺は即答できずに、しどろもどろとなった。
「あ、あの。ご存知かと思いますが、お、俺は、その……」
校長は頑として言ってのける。俺に比べ、迷いはないようだった。「三年前のことを言っているのなら、もちろん話は聞いているよ。その上で頼みたいんだ。免許は再発行されたんだろう?」
「……はい」
「なら、問題はない。あのことは誰にも言わないし、こんな田舎じゃあ、知っている人も滅多にいるもんじゃない。よろしく頼むよ」
正直に言えば、また教壇に立てることは嬉しい。断る理由はなかった。「……はい」
「それじゃあ」と、校長は業務連絡に入る。「一ヶ月間は、宮部先生に、ついて回ってください。この学校に慣れていただくために。来月から産休に入りますので、そこからはお任せしていいですか」
「……わかりました」俺は深く頷いた。「よろしくお願いします」
こうして後日、一ヶ月後に産休へ入る宮部郁子先生と対面し、引き継ぎのため色々と見て回った。児童たちと、事前に顔合わせもした。出産予定日は、八月上旬。法律上、予定日の六週間前後ということになってはいるが、予定日を超過してしまうのであれば上限はない。
逆に言うと、出産が早まってしまえば、その分、勤務期間も短くなる。なるべく宮部先生には、難産であってほしい。
あとで聞いたところによると、宮部先生は二十七歳の初産。旦那は、同じ職場の人だったらしい。らしいというのは、今は別々の学校で、その顔を見た人は、この学校にはいないからだ。……と、噂好きな古株の先生が話しているのを、たまたま聞いてしまった。
職員室の中は、コーヒーの香りで充満していた。それと同じ香りのするものを、宮部先生から受け取る。渡されたマグカップの中には、なみなみと黒い液体が注がれていた。俺は礼を言って、ひとくち啜る。優しい口調で、宮部先生が言う。こういう感じの人だから、クラスの子たちに人気があるのかもしれない。
「ここには、もう慣れた?」
「はい、おかげさまで」
「そう……よかった」
宮部先生はニッコリと微笑んだ。すっかり、信頼も勝ち取ったらしい。自分で言うのもあれだが、顔はいいほうだと思うし、傍から見れば真面目な好青年だ。下手を打ちさえしなければ、過去のことがバレることはないだろうと、高を括る。
「中途で採用された方だから、正直、任せていいものか悩みましたが、いい方でひと安心しました。みんなも、懐いているようですし……」宮部先生は、キャスターつきの椅子を、ずいっと俺のほうへ近づける。「教壇に立つのは初めて? それまでは、どんなお仕事を?」
突然の質問攻めに、俺はたじろぐ。「あ、えっと……」
「あ、ごめんなさい、わたしったら……」
「い、いえ……」
「あの子たちのこと、よろしくね」
そう言って宮部先生が入院した翌日、つまり現在に至るというわけだ。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
ずっと君のこと ──妻の不倫
家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。
余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。
しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。
医師からの検査の結果が「性感染症」。
鷹也には全く身に覚えがなかった。
※1話は約1000文字と少なめです。
※111話、約10万文字で完結します。
スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!
KeyBow
ファンタジー
日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】
変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。
【アホが見ーる馬のけーつ♪
スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】
はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。
出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!
行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。
悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!
一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!
「変態なお兄ちゃんでごめんね。」いもうと観察日記
九拾七
大衆娯楽
大好きな妹さゆみとの思い出を書き溜めた日記です。
あなたには妹がいますか?
「兄弟姉妹に欲情なんかしない」というのは私には当てはまりませんでした。
あなたには兄がいますか?
あなたのお兄ちゃんは思っているより何倍も変態かもしれません。
みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!
沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました!
定番の転生しました、前世アラサー女子です。
前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。
・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで?
どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。
しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前?
ええーっ!
まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。
しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる!
家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。
えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動?
そんなの知らなーい!
みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす!
え?違う?
とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。
R15は保険です。
更新は不定期です。
「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。
2021/8/21 改めて投稿し直しました。
婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。
和泉鷹央
恋愛
アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。
自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。
だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。
しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。
結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。
炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥
2021年9月2日。
完結しました。
応援、ありがとうございます。
他の投稿サイトにも掲載しています。
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる