60 / 84
ローナ 13歳編
道は一つじゃない
しおりを挟むどうやらセシルは私が浮ついているうちにお茶会の会場から退場して、私とお母様が開始前に使用していた控室に移動していたらしい。
それに気づいたのは、私を持ったままセシルがソファーに腰掛けた時だった。
「どうしましょう……王妃殿下に何て言えば……!色々とやらかしてしまったような……!」
「ローナは悪くない」
「そもそも私が悪かったとはいえ、セシルも色々とやらかしてるんだからね……」
セシルは私を膝の上に乗せて上機嫌で抱きしめてくるが、私はこれから起こるだろう事を想像して頭を抱える。
まず、嫉妬に駆られてセシルに悪態をついていた様子を王妃殿下が見ていた事。
それによってセシルのスイッチを押してしまい、色々な暴露による混乱でお茶会を滅茶苦茶にしてしまったこと。
ついでに、最後の無断退出。
嘘も方便というけれど、セシルがついた「ローナの婚約者」という嘘は王家が関わってくる問題だから、方便になっていない。
婚約を認めてくれなかった議会に文句はあれど、伝えるつもりはなかったのにーー私たちは子供で、決定に文句を言えるほどの立場にないのでーー遠回しに言ったも同然で多くの貴族の反感を得ると同時に、「ローナ以外と~」発言をしている未来の国王たる王太子殿下への反抗とも捉えられかねない。
それが何を意味するかなんていうのは……もう散々考えてきた事だ。
「……俺のことを考えてくれるローナには悪いが」
ハァと悩ましげにため息を吐くと、私の頭の上に額をつけたセシルが言いづらそうに口を開いた。
「どうしたの」と続きを促す代わりに、私の膝の上にあったセシルの手を握る。
「正直なところ、このままクロイツに俺たちが認められないなら、いっそ別の国にーー例えば、クリスティーン様の故郷に二人で逃げるのも良いかと思っている」
「えっ」
至極真面目な声で、セシルははっきりと言い切った。
そんな、それじゃあ貴方の今までの努力は……そう考えたのが顔に出たのか、セシルは言葉を続けた。
「父の期待を裏切ることにはなるが、どの国にも兵士はいる。当然、レーヴェ王国にも。兵士になりたいのならば、クロイツにこだわる必要は無い」
「それは、そうだけれど。でも国に対する忠誠心が何よりも大切にされる職で、そんな簡単に貴方の気持ちを他国に鞍替えしたり、国だって他国の者を受け入れたりできないでしょう?」
「だろうな」
「なら……」
「国に対する忠誠心が無くとも、どこでだって兵士として雇われる実力が俺にはある。重職に就くために忠誠を誓えと言われたら、その通りにする」
いつになく饒舌に語られる将来の可能性は、咄嗟に考えて口に出していると言うにはあまりにも明確で、前々から考えていたのだろうと察せられる。
「だがそれら全ては、俺の隣にローナがいる事が大前提だ。この国だろうが別の国だろうが、ローナがいなければ何の意味もない」
「…………」
「ローナはこの世に一人しかいない。俺にはローナ以外などあり得ないのに、この国にいる限り君と結ばれる事が叶わないというのなら、捨ていけばいい」
国を捨てて二人で逃げるなんて、私は考えもつかなかった。
クロイツを出るということは、王太子殿下の言葉の呪縛の範囲から逃げられるが、同時に家族を捨てることになる。
家族を捨てるということは、生まれもった地位と安寧を捨てるということでもあり。
エンゲルの時も然り、ロルフの時も然り。
彼は相手を睨む時でさえ口調を崩せないくらい、"貴族"が染み付いているというのに。
ーーでも。それさえも捨てて良いと、貴方は言うの?
私から握ったはずの手がいつの間にかセシルに絡め取られ、隙間なく握り締められていた。
もう片方の手で腰を引かれ、これ以上ないくらいに密着する。
壊れ物に触れるように優しく、そっと私の額にセシルの唇が掠めた。
それは緊張からか、少しカサついていて。
「君に出会った時から、君は俺のこの世で一番大切なたからものだ。君以上に優先するものなんて無いんだよ」
心臓が鼓を鳴らすような音を立てるのに集中しているせいで、他の器官が動くのを拒むように声が出ない。
きっと私は間抜けな顔を好きな人に晒している。口をハクハクと水面に顔をのぞかせた魚のように動かすだけで、セシルに返事を返せないのだから。
仕方ない。
顔から火を出していないだけ、マシという話だ。
「それとも、ローナは俺と一緒は嫌……?」
「嫌なわけない!!」
「そうか。良かった」
今の声はかなりズルい。
声が出ないと悩んでいたのに、咄嗟に返事を返せるようになる程に衝撃的だった。
普段私を甘やかしてばかりでヤキモキさせられるセシルの甘え声を、私が拒めるはずがない!
「今と同じ生活ができるように努力するが、クロイツを出てしばらくは苦労させると思う。でも、絶対に幸せにするから」
貴方と一緒にいるだけで幸せなのだから、そんな心配必要ないのに。
ーーああ、この気持ちを何て言えば良いのだろう。
ズルい。どんどん格好良くなって、私ばっかり翻弄されてる。
私には前世の記憶もあるのに、セシルの方が色々と成長が早い気がする。
頭の固い考えに縛られていた私は置いていかれるような、そんな心持ちがした。
「でもね、セシル……私、目が見えないのよ?お風呂も一人で入れないから……そうなったら、セシルに手伝ってもらわなくちゃね」
「あっ、えっと、そ、それは………」
だから、これくらいの仕返しは許してね。
ふふと笑った私に、揶揄われたと気づいたセシルが拗ねて額を擦り付けてきたのを、擽ったくて身を捩るとーー。
「ゴホン、ゴホン!」
わざとらしいアンの突然の咳払いにビクッと肩を震わせたのは私だけでなく、セシルも同時で。
「素晴らしい提案だとは思いますし、アンはお嬢様について行く所存で御座いますが……その場合、イーサン様が地の果てまでもお嬢様を追いかけて取り返されると思いますので、セシル様は覚悟なさった方が良いかと」
「……イーサン様を敵に回したくはないな……」
「地の果てまで」は言い過ぎよと笑った私に、二人とも気まずそうに何も返事してくれなかった。
5
お気に入りに追加
820
あなたにおすすめの小説
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。
その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。
そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。
なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。
私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。
しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。
それなのに、私の扱いだけはまったく違う。
どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。
当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。
【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?
三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。
そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)
どくりんご
恋愛
公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。
ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?
悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?
王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!
でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!
強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。
HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*)
恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)
転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!
高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。
【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。
白霧雪。
恋愛
王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。
マフィアに溺愛されています。
白霧雪。
恋愛
❀マフィア幹部×異国のお嬢様❀
内乱の起こった国から、兄たちによって逃がされたリーシャだったが、乗り合わせていた商船が賊に襲われ、闇オークションで奴隷として売り飛ばされてしまうことに!
そこへ颯爽と現れたのは、ここら一帯を取り仕切るマフィア幹部の兄弟だった。
行く宛てもない、とうなだれるリージュを兄弟のセーフハウスで飼うことに。見目麗しいペットに上機嫌の兄アズィールと、反対に不機嫌な弟イズラク。
始めは小奇麗なペットを自慢してやろう、くらいの気持ちだったのに、異国情緒溢れる美しい少女に兄弟は虜になっていってしまう。
「ずぅっと俺たちに飼われてればいいよ」
「逃がしてなんてやらねぇから」
* * * * * * * * * * *
ヤンデレ兄弟に囲われるお嬢様のお話しです。
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる