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ローナ 10歳編
剣が顔に打ち当たりまして
しおりを挟む刃を潰した模擬戦用の剣が顔に勢いよく打ち当たったその瞬間ーー痛みを通り越して熱さを両眼に感じたのと同時に、私の頭の中ではとある記憶がもの凄い勢いで逆流していた。
ーーマジか。
令嬢として生きてきた十年間が自制を促し、声にこそ出さずに済んだけれど、私の口は確かにそう言葉を紡いでいた。
ああ……折角この世界にこのキャラクターで転生したんだったら、もう少しだけ早いタイミングで気づきたかった。
目の前で剣を飛ばしてしまった張本人が真っ青な顔をしてこちらに駆け寄ってくるスチルを思い出しながら、私は呑気にそんなことを思ってーー。
暗転。
* * *
目が覚めた……いや、この場合は"頭が覚めた"とだけ言うのが正しいのかな。
確かに私は重い目蓋をこじ開けたのだけれど、目の前に広がるのは真っ白な光だけ。
「ローナ!」
感極まったような震える声で私の名前を呼んだのは、聞き間違いじゃなければ、剣を飛ばした男の子。
今よりもっと幼い頃から付き合いのある、幼馴染。
「……セシル?」
わあ、なんて可憐な声だこと。
まあ、今は私なので、ナルシズムもいいところなんだけど。
「ローナ、ローナ……俺……」
セシルのしゃくり上げて泣く声が耳に届く。
泣かないで、セシル。こうなるのはゲームのシナリオ通り……運命みたいなものなんだから、そんなに気にしないで。
……とは、言えないので。
「セシル、セシルなの?あなたはどこにいるの?何も見えないの」
今、私が真っ先に伝えるべき情報を彼に与える。
伝えたことは間違いではないがーー正確には光の加減で人影らしきものは判別しているのだけど、その姿は人型かどうかさえ怪しいほどに朧げだ。
「…………!?……そんな……ローナ、目が……!」
目が見えなくなったから、聴力が発達し始めているのかしら?驚きと衝撃で、セシルが息を飲んだのがよくわかった。
「医者……いや、リーヴェ侯爵を呼んでこなきゃ……!!」
セシルが慌ただしく足音を立てて部屋を出て行った。
ポツンと部屋に取り残された私は部屋の中に居るかもしれない侍女の存在を念頭におき、声に出さないように気をつけて、頭の中で状況の整理を始めた。
剣が顔に打ち当たったその衝撃で思い出したのは、私はごく普通の社会人二年生として日本で生きていた記憶だった。
その日の仕事を終えて帰路に着き、一日の疲れを癒すのにホットミルクを入れてーー歳の割に子供っぽいと言われるかもしれないが、私はお酒が飲めなかったーーこだわり抜いて選んだソファに腰掛けて一息ついたところだった。
突然心臓が嫌に激しい音を立て始め、息苦しさに目を回して。
もうダメだ、と思ったのが最期だった……ということだろう。
健康診断とか会社の義務以上の検査なんて受けてなかったから、どこかしらがヤバいことになってたんだろう。
うーん、我ながら自身の死への認識がサッパリしてる。
仕方ない、なるようになった結果だ。
そして、転生。
前世を思い出すまでが長かった転生だけど、まさかよく知っている世界に生まれ変わるとは思ってもみなかった。
この世界はたぶん……いや、まごう事なく、私が結構ハマって遊んだ乙女ゲーム『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』に違いない。
『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』とはタイトルの通り、庶民生まれのヒロインがある日突然現れる父親の子爵によって貴族だけが通う特別な学園に編入する事となり、学校生活のなかで華やかな身分ある青年たちとの恋を育む事で、伯爵、侯爵、公爵……あるいは王族の仲間入りを叶えるシンデレラストーリーだった。
よくある設定だったけど、乙女ゲームを買うのにちょっと変わった理由かもしれないが、パッケージに描かれた女の子キャラクターの可愛さに惹かれて私は購入したのだ。
内容は可もなく不可もなく……だと思えたのはプレイ一周目まで。
このゲーム、まさかの二周目からが本番だった。
全ての攻略キャラに二周目からしか攻略できない三つ目のエンディングが用意されていたのだ。
一つは乙女ゲームとしては限りなくバッドと言える友情エンド、もう一つは、例外はあれど、概ね告白されて恋人となるノーマルエンドの他に、あらゆる真相を解明しなければならないハッピーエンドの三つ。
スチル一覧を眺めて思い返していたら、謎の空きを見つけたときの驚きといったら。
どうりで最後のスチルの右下に「normal ending」なんて文字があるわけだ。
ちょっと回想が長かったが、気を取り直して。
ここからが、私がもっとも整理しなくてはならない事だ。
先程セシルが呼んだ私の名前、"ローナ"。
その名前は、『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』に登場する愛らしく可憐な容姿のキャラクターでありーーネット上では、"ラスボス令嬢"と名高かったキャラクターでもある。
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