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一章.幸せになったのは王子様だけでした。

6-4.

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 勢いよく抱きついて来た王妃はハラハラと涙を流しながらマリーベルの存在を確認するかのように、マリーベルの顔を何度も何度も触っていた。


「ごめんなさいごめんなさい!わたくしが留守で居ない間に貴女に辛い思いをさせてしまったわ!マリーは王妃になる為にあんなに頑張っていたのに・・・ごめんなさいごめんなさいわたくしの可愛いマリー!」


 涙を流しながらひたすら謝る王妃と周囲の貴族達からの痛いくらいの視線を感じて内心困っているマリーベル。


「王妃様、わたくしは大丈夫です。だから気に病まないでください。ギルフォード様に心から愛する人が出来てわたくしは喜ばしく思っているのですから。」

「喜ばしくないわ!こんな酷い事なんてないわ!わたくしの夢は王になったギルフォードの隣に王妃になったマリーが並んでいるのを見る事だったのにあんまりよ!」


 マリーベルは王妃をあやしながらも感情を出すなと王妃本人から厳しく常に言われていたので、感情を人前で激しく露わにする王妃を内心冷たい目で見ていた。


「あぁ、ごめんなさい!ギルフォードに婚約破棄されて、私よりもマリーの方が何倍も辛かったでしょうに!こんなに痩せてしまって・・・。」


 マリーベルが以前より痩せた事に気付いた王妃はギルフォードに婚約破棄されて気に病んだ事が原因で痩せてしまったと思い、マリーベルを辛そうな目で見つめた。


「あんなに頑張っていたのに・・・。」


 マリーベルは嫌いに思っている王妃から娘のように大切にされているのは知ってはいたが、まるで実の母親のようにマリーベルを母性に満ちた目で見てくる王妃に戸惑った。


「(何でそんな目で私を見るのよ。)」


 王妃に苛立ちを覚えるマリーベル。


「オリビア、皆が見ている前で泣くのは辞めるんだ。そなたが泣いたままだとマリーベルも困るだろ?」

「うぅ、わ、わたくしはホントはマリーに王妃になって、うぅ・・・。」

  
 その場に泣き崩れそうになる王妃を王が支えた。


「泣いている王妃を前に皆がパーティーを楽しめる訳もあるまい。しばらくワシとオリビアは、オリビアが落ち着くまで別室にいる事にしよう。」

「そうね、ごめんなさい・・・。」


 王に諭されて少しは落ち着いた王妃。
 だけどまだ王妃の目からハラハラと涙が流れている。

 王は片手に泣いている王妃を抱いたまま会場にいる貴族達を見渡した。


「今日はギルフォードの新しい婚約者のお披露目パーティーだ!とてもめでたい日だ!大いに楽しんでくれ!」


 王の言葉に貴族達は盛大な拍手を送ると好きな様に散っていった。


「では後の事は頼んだぞ、ギルフォード。」

「はい、父上!」


 王妃は名残惜しそうにマリーベルの手を握った。


「マリー、貴女にお話したい事がたくさんあったのだけれどまたの機会にするわね。」


 王妃は心配そうに優しくマリーベルの頬を撫でる。

 マリーベルは不快そうに眉が寄りそうになったが、いつものように微笑みながらまたお話ししましょうと言おうとした時。


「王妃様お話が長いです!私だって聖女様とお話ししたいのにっ!」


 王妃との会話に無礼にも割り込んできたギルフォードの新しい婚約者にマリーベルはギョッとした。

 発言も無礼な第二王子の婚約者に、王妃は慣れたように呆れた反応を示すと大きなため息を付いた。


「じゃあ私は落ち着くまで別室にいるわね。またね、マリー。」


 王妃は名残惜しそうにマリーベルから離れると、キッとその婚約者を睨み、王と共に会場から出ていく。


「マリーベル久しぶりだな!2ヶ月しか会っていないのに何年も会っていないかのようにとても懐かしく感じたぞ!」

「お久しぶりです、ギルフォード様。わたくしもとても懐かしく感じておりました。・・・。」


 含みのある言い方で目を細めてギルフォードに微笑みかけるマリーベル。
 そんなマリーベルから内なる怒りを感じたロイドとマーガレット。
 

「(あぁ、なんて懐かしいお姿なのかしら・・・。)」


 幼い頃からずっとマリーベルと一緒に暮らしていたギルフォード。

 マリーベルがハーレンの屋敷でどんな目にあったのかも知らないギルフォードは脳天気に笑っている。

 シャルル第一王子が白をイメージするなら、ギルフォード第二王子は反対に黒をイメージするような王子様だった。

 艶のあるサラサラのショートヘアの黒髪。
 長身で程よく筋肉がついた男性的な肉体。
 鋭く切長の金の瞳。
 野生的で男らしく整った容姿。
 生まれながらにして王としての風格がギルフォードにはあった。


「(ロイドと同じで顔と地位しか良い所がないんだから。)」


 マリーベルの微笑みの下に冷たい表情かおでギルフォードを見据えていた。
 

「聖女さまぁ!私、メイヤです!聖女様と同じ平民出身で男爵令嬢のメイヤです!ずっと憧れの聖女様とお話ししたかったんです!」


 ギルフォードの新しい婚約者のメイヤはまたしても礼儀や挨拶も無しに無理矢理会話に乱入し、目をキラキラさせてマリーベルの手を握った。

 平民上がりだとしても初対面の人に対して礼儀がなってなさ過ぎるメイヤにマリーベルは驚いたが、ニッコリと優しく微笑んだ。

 
「はじめましてメイヤ様。ギルフォード様の新しい婚約者であるメイヤ様とお会いできてとても光栄ですわ。」

「私もとっても光栄で嬉しいです!」


 マリーベルの心にも無い言葉に嬉しそうにするメイヤ。


「殿下、お久しぶりです。今日は殿下の新しい婚約者様のおめでたいお披露目パーティーにお招きいただきありがとうございます。」

「このようなめでたいパーティーに招待してくださった事を光栄に思いますわ。」


 ロイドとマーガレットが深々と頭を下げて挨拶をした。


「ロイドも久しぶりだな!学園でも滅多に会わないからお前とも懐かしく感じるぞ!夫人も久しぶりです、相変わらずお美しい!」

「ありがとうございます殿下。」


 そしてギルフォードは片手をメイヤの腰に愛おしそうに回した。
 

「改めて紹介しよう!私に真実の愛を気付かせてくれた愛しい人、メイヤ・ブルックスだ!」

「皆の前で真実の愛だなんて恥ずかしいわギルフォード~!」

「事実だろ?俺はこんなに可愛いメイヤを皆に知って欲しい!」

「もぉー殿下ったらぁ~!」


 人前でイチャつくギルフォードどメイヤにマリーベルは黒い感情が渦巻いていた。


「(へぇー・・・ギルフォード様ってこういう女が好きだったのね。)」


 表情をコロコロ変え、甘ったるい声と上目遣いで媚びを売るメイヤ。

 亜麻色のとても柔らかそうなちょっぴり癖のある髪。
 可愛らしい童顔な顔と、パッチリとした大きな目は蜂蜜色にキラキラ輝き、ピンクの唇はプルプルだ。
 華奢で小柄な体型は男性の腕の中に収まるには丁度いい。

 世間的にはマリーベルの方が美しいと言われるだろうが、それ以上にメイヤの全てが庇護欲を掻き立てられ男性は守ってあげたいと思うのだろう。

 男に愛され媚びる事に慣れているような可愛い美少女のメイヤにマリーベルはそんな印象を抱いた。
 
 人前で失礼だったり無礼な行動など、自由に振る舞っても許されているメイヤに、今まで厳しく王妃教育で教えられてきた事全てがなんだか馬鹿馬鹿しく感じてきたマリーベル。


「(私に自由はなかったのに。)」


 ギルフォードとメイヤのイチャついている姿をこれ以上見たくないと思ったマリーベルは2人から早く離れようとした。


「ギルフォード様とメイヤ様はこれから沢山の方との挨拶でお忙しくなると思いますので、私共はこれにて失礼させていただきますわ。」


 マリーベル達3人は頭を下げてその場から去ろうとした時。


「待って!マリーベル様のそのドレス私にください!」


 マリーベルはピタリと動きを止めた。

 メイヤの言葉にどこか引っかかったが、このドレスのデザインが単純に気に入ったのだろうとマリーベルは思った。


「分かりました。このドレスは店にあった物を侍女達がアレンジした物になるのですが、後日アレンジした物をメイヤ様に届けるように店に手配させていただきますわ。」

「違う!そういう意味じゃない!私はマリーベル様が着た物が欲しいの!同じデザインじゃなくてマリーベル様が今着ているドレスが欲しいの!マリーベル様の物じゃないとダメなの!」

「(え?私が今着ているこのドレス?)」


 同じデザインで同じようにアレンジされたドレスを店で頼んで用意すればいいと考えていたマリーベルは困惑した。

 何故なら今着ているドレスはサラとニコラがマリーベルの為に一生懸命用意してくれた大切なドレスなのだ。
 今着ているこのドレスをあげたくはなかった。

 それを同じデザインのドレスが欲しい訳ではなく、マリーベルが着ている物がいいと言い張るメイヤにマリーベルは異様に感じた。


「わたくしとサイズも違いますでしょうし、メイヤ様のお身体に合ったサイズの物をご用意するのはどうでしょう?わたくしの着ている物を手直しするよりかは直ぐにお届けできるのですが・・・。」

「手直しなんてしなくてもいいわよっ!私はマリーベル様が着たドレスが欲しいの!絶対に欲しいの!欲しいッ!絶対に欲しいッ!!」


 ヒステリックにマリーベルの着ているドレスを欲しがるメイヤに唖然とするマリーベル。
 メイヤのヒステリックな声に反応して周囲の貴族達はざわつき始めた。


「分かりました・・・明日にでもわたくしが着ているこのドレスをメイヤ様にお届けいたしますね。」


 これ以上、王子の婚約者のご機嫌を損ねるのは良くないと思ったマリーベルはメイヤのわがままを聞く事にした。


「やった!嬉しい!」

「良かったなメイヤ!メイヤはマリーベルの大ファンなんだ!メイヤが今着ているドレスも去年の俺の誕生会の時にマリーベルが着ていたドレスなんだ!」

「憧れのマリーベル様のドレスがまた一着増えるなんて幸せ!」


 マリーベルはその瞬間ゾッとした。

 メイヤの着ているオフショルのドレスはどこか見た事あるデザインだとは思っていたのだが、ハーレン家へ持っていかれなかった沢山あるドレスの内の一枚を着てくるなんて・・・。
 
 マリーベルの為にあしらわれたドレスだからなのかもしれないが、メイヤが今着ているドレスはあまりメイヤに似合っていない様に思えてきた。

 城にあるマリーベルの他のドレスもきっとメイヤの物になっているだろう。


「(王子の婚約者なんだから新しいドレスを買ってもらった方がいいのに・・・。)」


 メイヤがマリーベルの大ファンだとしても、先程のヒステリックな様子からして不気味さを感じた。

 
「(なんだかこの子に関わってはいけない気がするわ。あまり関わらないようにしないと。)」


 メイヤが厄介な人物であると察したマリーベル。
 そしてロイドとマーガレットも同じ事を思っていた。


「では私達はこれにて・・・。」

「またなマリーベル!」

「ドレス楽しみにしてるわ!後その髪飾りも頂戴ねっ!」


 マリーベル達はギルフォードとメイヤからなるべく遠くに離れた。


「大丈夫か?」

「・・・何が。」

「殿下とは元婚約者だっただろ?」


 ロイドなりにマリーベルに気を遣っているらしい。
 だけどマリーベルは微笑みながらそんなロイドにイラついた。


「私の事はどうでもいいの。それよりロイドは今からやる事があるのではなくて?」


 途端に渋い顔になるロイド。


「聖女様・・・マリーベル、わたくしも行ってくるとするわね。」

「行ってらっしゃいお義母様。」


 命令通りにマリーベルを名前で呼び、夫人達が集まっている集団に向かっていくマーガレット。


「ロイドもいってらっしゃい。」

「あぁ。」


 ロイドは口端を上げ下手くそな笑顔を作ると5人程集まっている令息達の輪に向かっていった。


「お疲れ様ですマリーベル様、お水をどうぞ。」

「ありがとうサラ。」


 綺麗にドレスアップされたサラがやって来て、水が入ったグラスをマリーベルに差し出した。


「すっごく美しいですマリーベル様!ドレスをニコラさんとたくさん探し回ってアレンジした甲斐がありました!」

「ありがとう。サラとニコラのおかげよ・・・でもごめんなさい。2人が頑張って用意してくれたドレスをメイヤ様にあげる事になってしまったわ。」

「見てました。仕方ないですよ、第二王子殿下の婚約者のお願いなんですもの。」


 マリーベルとサラは心の中でため息をついた。


「そうそう、私達が来るまで皆私の悪い噂で盛り上がっていたんじゃないかしら?」


 微笑みながら聞くマリーベルにサラは眉をひそめた。

 サラが眉をひそめたのはマリーベルに対してではなく、マリーベルが会場に来るまでにマリーベルについての悪い噂で盛り上がっていた貴族達を思い出して怒っているからだ。


「ふふ、分かりやすいわね。」


 言葉にせずとも分かりやすいサラにマリーベルは小さく笑った。


「マリーベル様が来た途端に手のひらを返すのも不快でしたが、さらにマリーベル様とハーレンがお似合いなどと言われていた事も不快でとても腹立たしかったです。」

「ふふふ、サラったら。このまま帰ってサラと楽しくお話ししていたいわ。」

「私もです。」


 マリーベルとサラは小さく笑いあった。
 そしてマリーベルは飲んでいたグラスを給仕の男性に渡すとサラから離れ、一際華やかな令嬢達の集団に向かって行った。


「わたくしもお話に入れてもらっていいかしら?」

「マ、マリーベル様!!?」


 マリーベルの名を大きな声に出して過剰に反応したのは、令嬢達の中で1番派手で豪華な装いの令嬢であった。


「ダメかしら?もうギルフォード様の婚約者でもないただの平民出の聖女だけれも、皆様とお友達になりたいの・・・。」


 悲しそうな顔をするマリーベルに豪華な装いをする令嬢がマリーベルの手を握った。
 

「そ、そそそんな事はありませんわっ!是非わたくしとおおおおお、お友達になってくださいませっ!」

「わたくしともお友達になってください!」
「わたくしも!」
「わたくしも是非!」


 豪華な装いの令嬢は顔を真っ赤にしながらマリーベルの手を強く握り、他の令嬢達もマリーベルと友達になりたがった。


「ふふ、ありがとう。皆様とお友達になれて嬉しいわ。」


 マリーベルのとびきりの美しい微笑みに令嬢達は見惚れた。
 そしてマリーベルは心の中でニヤリと笑った。

 マリーベルは適当に選んだ令嬢達の集団に行ったのではない。

 彼女がいたからだ。

 豪華な装いの令嬢。
 ジュリア・ブラッドベリー。 

 彼女の存在はの為に必要だった。

 彼女は鍵だ。


「仲良くしてくださいね。」


 
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