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一章.幸せになったのは王子様だけでした。
6-3.
しおりを挟むリズとロイドは幼い時からの婚約者だった。
物心がつく頃には愛が芽生え、お互いを常に尊重し誰よりも大切に思い合っていた。
リズはよく同年代の令嬢や令息達に慎ましやかなリズの容姿と華やかで美しい容姿のロイドとは釣り合っていないなどと、陰で言われてイジメられたりする事があった。
自分がロイドに相応しくないとリズは自覚していたが、ロイドから離れたくなかったので心ない人達からの言葉やイジメに屈する事なくロイドの側に居続けた。
そしてロイドもリズを一途に尽くして愛してくれたので、リズとロイドはお互いを信じ愛し合っていれば誰がなんと言おうが気にしなかった。
その上、ルーベンス寮の領民達やハーレン家の使用人達は未来の公爵夫人だとリズの存在を受け入れ喜んでくれていたので、リズとロイドは自分達の幸せを願ってくれる人達に囲まれながら日々愛を育み幸せに過ごしていた。
ロイドの父が亡くなり、ルーベンス領が災害に見舞われた時はリズは心身共にロイドを支えて励まし、ロイドの為に自分に出来る事はリズは何でもやってロイドを支えていた。
どんなに辛い事があってもリズはロイドの側にいた。
それがリズの幸せであり、リズはロイドがいれば他には何もいらなかった。
1年後にはロイドと結婚し、式を挙げる日をリズは楽しみにしていた。
リズは幸せだった。
そんな幸せな日々がある日突然終わるなんて誰が予想していただろう?
社交会で氷の貴公子などと呼ばれているロイドが家族以外(と信頼している一部の使用人除く)で唯一笑顔を見せていたのがリズだけだった。
ロイドがリズを誰よりも何よりも愛しているのは一目瞭然で、貴族達の間で周知の事であった。
リズの幸せな日々が王命により簡単に消され、婚約していたという事実さえもが消え去ってしまった。
リズは目の前が真っ暗になった。
ロイドを想いずっと泣き続け死を願うようになり、日々壊れていくリズに家族や使用人達は不安になっていく。
このままではリズが死んでしまう!
どうすればリズは元気になるのだろうかと家族や使用人達は考えを巡らせた。
そしてリズの2歳下の弟のアダムはリズを助ける為にある事を思いついた。
「姉上、どんな法律でも必ず穴があります。だから王命にだってきっと穴がある筈です。僕が王命を取り消す方法を探し出して姉上とロイド兄様が以前のような関係に戻れるようにします。だから僕を信じて生きていてください!僕を信じてっ!」
アダムは自分の言っている事がどんなに無謀で愚かな事かをよく分かっていた。
だけど大切な姉が救えるならどんな事だってする覚悟はあった。
「それにーー」
言葉の続きを紡ぐアダムは姉を救う為のその場凌ぎの言葉だと分かってはいても、言うしかなかった。
「ロイド兄様が愛する姉上を捨てる訳がないじゃないですか。」
アダムの言葉にリズの目に微かに光が戻る。
「きっとロイド兄様だって王命をどうにかしようと奮闘している筈です!」
アダムのリズを救う為のその場凌ぎの言葉は、ロイドにこうあって欲しいというアダムの願望だった。
「だから姉上は再びロイド兄様と一緒になるために頑張って生きないと・・・。ロイド兄様が悲しんでしまいますよ?」
ロイドが何をしているかなんてアダムは知らない。
縁の切れたロイドを気にする余裕など今のアダムやアージェント伯爵夫婦にはなかったからだ。
「(ロイド兄様に賭けるしかない・・・。)」
アダムはロイドを血の繋がった兄のように慕ってはいたが、ロイドが良くも悪くも貴族という事をリズよりも理解していた。
そしてアダムは次期当主としてのあり方の教育を受けていたので、王命や貴族としてのあり方を理解していたからこそロイドが素直に王命を聞き入れてしまっているような気がした。
だけどもしかしたらアダムの願望通りにロイドがリズと再び婚約関係に戻ろうと、陰で奮闘しているかもしれないという思いもあった。
「そ、う・・・よね。ロイドなら諦めずに王命をどうにかしようと頑張っているわよね。」
アダムの言葉にリズの顔に正気が戻った。
アダムはリズに不確かな希望を抱かせた。
「そうですよ!だから姉上も元気にならないと!ロイド兄様と再び婚約者に戻れた時の為に!」
「うん。」
アダムの言葉に希望を見出したリズは徐々に元気を取り戻していった。
ロイドがリズと婚約関係に戻る為に頑張っていると信じて・・・。
そしてある日王宮からパーティーの招待状が届いた。
リズはロイドに会えるとパーティーに行くと決めたが家族は反対した。
リズの両親にも招待状が届いていたが、リズを悲しませた王族主催のパーティーに行く事を拒否し反対した。
だがリズは断固として行くと決め、言っても聞かないリズに諦めた両親は仕方なく参加を許可したのであった。
そしてリズはお気に入りのスミレ色のドレスを身に纏って王宮のパーティー会場に一人で入って行く。
会場には既にたくさんの貴族達がいた。
リズはキョロキョロと会場内を歩きながらロイドを探したが、ロイドがまだ来ていないと分かると肩を落とす。
そして会場内にいる貴族達の話は主に第二王子の婚約破棄騒動の話だった。
下世話な話が大好きな貴族達は好き勝手色んな事を言っていた。
「第二王子殿下が聖女様の床のテクニックに飽きて捨てたそうよ!」
「俺は元から殿下と聖女様の間に愛はなく、聖女様がハーレン公爵を好きになったからと聞いたぞ。」
「殿下の新しい婚約者は聖女様以上の魔性の女性らしいわよ。」
「王命で別れさせられたなんてハーレン公爵とアージェント伯爵令嬢は可哀想よね。」
「ハーレン公爵はアージェント伯爵令嬢にだけ優しかったものねぇ。」
「聖女様がアージェント伯爵令嬢から奪ったってホント?」
「アージェント伯爵令嬢かわいそうよねぇ~。」
「聖女マリーベル様って優しそうにみえて悪女なのね。」
「聖女様は悪女よ。」
「聖女は悪女だ。」
「悪女。」
話題の登場人物の1人であるリズが近くにいると分かっているのに、貴族達はリズを気にする事なく噂をしていた。
貴族達の噂のほとんどが聖女マリーベルを悪く言う内容ばかりだった。
それが聞こえていたリズはなんだか皆がリズの味方に思えて嬉しく感じた。
まるで皆がマリーベルではなくリズの方がロイドの婚約者としてお似合いだと言われている気がして、リズはマリーベルに対して優越感を抱いていた。
しばらくすると会場の扉が開いたと同時に会場は静まり返った。
リズは何が起こったのかと、人と人の間から扉の方を見るとロイドの顔が見えた。
リズはロイドの顔を久しぶりに見る事ができた嬉しさで表情がパッと明るくなったが、次の瞬間顔から表情が消えた。
「なんで。」
ロイドが笑っていた。
多少は笑顔がぎこちないが、ロイドが笑っている。
ロイドはリズや家族以外の前で皆に笑顔を見せる事なんてなかったのに。
何より。
リズの目にはロイドとマリーベルがとてもお似合いに見えてしまった。
ロイドの腕に手を回してエスコートされている聖女マリーベルはまるで女神の様に美しく光り輝いてみえる。
美しい2人の登場に、会場にいる貴族の皆や給仕の使用人までもが動きを止め見惚れていた。
小さく笑みを浮かべるロイドと微笑んでいるマリーベル。
「・・・・・。」
リズは固まっていた。
ロイドとマリーベルはあっという間に貴族達に囲まれた。
貴族達は2人はお似合いのカップルだと賛辞の言葉を口々に送る。
先程までマリーベルを悪女と噂していた貴族達は手のひらを返すように2人はとてもお似合いだと褒めて、令嬢達はマリーベルのドレスは何処の店の物なのだと興奮気味に詰め寄った。
慣れない笑顔を張り付けているロイドにも、貴族達は詰め寄りロイドは困ったように笑っていた。
「(何、アレ?)」
リズはショックで佇んでいた。
その後のパーティーは王族と第二王子の新しい婚約者が登場したり、貴族達は通常通りに挨拶や会話を楽しみダンスを踊ったりしてパーティーは滞りなく進んだ。
その間リズは以前のロイドならする事のなかった数々の行動に唖然として見ていた。
以前のロイドはリズや家族以外には笑わなかった。
以前のロイドは親しくない令息達の輪に自分から入って行かなかった。
以前のロイドはパートナー以外の令嬢達と踊ったりしなかった。
以前とは違い笑みを浮かべて積極的に人と関わろうとするロイド。
リズの目には全くの別人が写っていた。
「ロイドは変わってしまったの?」
特にリズがショックを受けたのはマリーベルや他の令嬢とも気軽に踊っているロイドの姿だった。
「いや・・・いや・・・。」
ヒュッとリズの口から空気が漏れて胸が苦しくなる。
色んな令嬢と踊るロイド。
リズは色んな令嬢と踊っている最中のロイドと何度か目が合ったのに、胸がトキメク事も喜ぶ事もなかった。
ただショックで胸が苦しかった。
自分の知らないロイドの姿に耐え切れなくなったリズは会場から逃げるように走り去って行った。
話はマリーベルとロイドが会場に到着した時に戻る。
マリーベルとロイドは同じ歩幅でゆっくりと会場の扉を潜ると、会場内の視線が一気に2人に集まった。
「なんだか見られていないか?」
「当然でしょ。私達なんていい噂の的なんだから。」
小声で会話をするマリーベルとロイド。
すると一気に貴族達に囲まれ、ギョッとする2人。
「聖女様と公爵様とてもお似合いで驚きました!」
「まるで美しいエルフの恋人達の様ですわ!」
「目の保養です!素敵です!」
「なんて素敵な王命でしょう!2人は結ばれるべくして結ばれたのですね!」
「公爵は国1番の幸せ者ですな!」
「聖女マリーベル様と結婚出来るなんて羨ましい!」
「お2人の子どもはさぞ美しい子でしょうな!」
「お似合いの2人だ!」
ロイドは貴族達の反応にいつもの仏頂面の冷たい表情に戻りそうになり、それに気付いたマリーベルは周囲に気付かれないようロイドの脇腹を強くつねった。
マリーベルに脇腹をつねられた痛みで顔が歪みそうになったロイドは何とか持ち堪え、口角を上げて下手な笑顔をキープした。
マリーベルとロイドの後ろにいるマーガレットも貴族の夫人達に囲まれた。
「聖女様が娘になるなんて羨ましい!」
「お孫様はきっと誰よりも美しいですわ!」
夫人達のマーガレットを羨ましがる言葉にマーガレットは複雑な気持ちで控え目に笑うしか出来なかった。
「(なんだこいつ等は!?私が笑っているだけで馴れ馴れしく!)」
小さく笑うロイドに氷の貴公子の近寄り難さはなく、貴族達はマリーベルと婚約した事により以前よりも親しみやすい性格になったのだと勘違いしていた。
次から次へ話しかけてくる貴族達に怒鳴りそうになりながらも怒りを抑えて無理矢理笑みを作るロイド。
そんなロイドを横目に見てマリーベルは面白がっていた。
その時、ラッパの音と共に勢いよく扉が開く。
貴族達やマリーベル達は素早く真ん中に道を作るようにサッと二手に分かれて頭を深く下げた。
王と王妃と第二王子とギルフォードの新しい婚約者が登場した。
「わたくしのマリー!!」
マリーベルの姿を見つけた王妃が叫ぶ様に声を上げて走り出すとマリーベルに勢いよく抱き着いた。
王妃に抱きつかれた衝撃でマリーベルは倒れそうになったが、ロイドがマリーベルの背中を支えた事により倒れる事はなかった。
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