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一章.幸せになったのは王子様だけでした。
5-5.
しおりを挟む小さな女の子はじっとマリーベルを見上げた。
「せいじょ様?」
「コラ!大切な話中に入って来るんじゃない!すみません聖女様、私の孫でして・・・。」
「いいのよ村長様。そうです、わたくしは聖女ですわ。貴女のお名前は?」
「ハナだよ!」
「ハナ様ですね。よろしくお願いします。」
「よろしく!ねぇせいじょ様!」
「なんですか?」
「せいじょ様がロイド様を取っちゃったからリズ様はもう遊びにこないってほんと?」
「コ、コラッ!ハナ!すみません聖女様!すみません!」
村長が慌てて女の子を叱るが周囲に気まずい雰囲気が流れる。
まさかここでリズの名前が出るとは思わなかったマリーベルは微笑んだまま固まっていた。
そして村人達がマリーベルを影でどう思っているかという事を知ってしまった。
「違うんだ!私は取られてなんかいない!これには色々とあってーー」
ロイドが焦ったようにマリーベルが悪くない事を小さな女の子に説明しようとするが、女の子は頭にハテナを浮かばせるだけだ。
そしてロイドや村長の焦った様子から騎士2人にも焦りだす。
「みんなねせいじょ様にケガを治してもらってかんしゃしてるんだけどね、王子様のこんやくしゃだからアピールで私たちをいやいや助けたんだって。じゃなければこんな所までこないってホント?」
「ハナやめんかッ!」
「・・・・・。」
嫌々助けていた訳ではないがその他は女の子が言った通りだった。
王妃の命令で王妃共に王妃に言われた人物を助けていた。
マリーベルがやっていた事は第二王子の婚約者のアピール活動だった。
マリーベルの評判が良くたくさんの人が助けられて感謝をしていたとしても、アピールの為の慈善活動などと言われ、リズからロイドを奪ったという噂も混ざり悪女のような印象を抱いた人もいる。
これが村人、いやハイロゼッタの国民の何割かはマリーベルに現在抱いている印象だろう。
「(分かる人には分かるのね・・・。)」
人助けには変わらないのにまるで酷い人間だと言われている様な気がして、マリーベルは胸が痛くなった。
「リズ様はもうこないの?リズ様にあいたい!」
「リズは・・・。」
純粋な疑問を口にする女の子にロイドはなんと答えていいか分からず戸惑っていた。
するとマリーベルは女の子の目線になってしゃがみにっこりと微笑むと口を開いた。
「リズさんはもう来ないのよ、一生。」
「こないの?」
「そうよ、だからねーー」
マリーベルは女の子の頭に手を置いて優しく撫でる。
「忘れなさい。」
女の子はマリーベルの言葉にまん丸な目を大きく開いてパチクリとさせた。
「リズさんはもう一生この村に来ることはないわ。だから忘れなさい。」
女の子はマリーベルの言葉に悲しくなって大きな声で泣き出した。
周りにいた男性達はマリーベルの言葉に唖然としていた。
マリーベルはスッと立ち上がると村長を見て微笑んだ。
「村長様、わたくしは未来の公爵夫人として貴方の期待にそえるように頑張りますわ。」
「あ、あぁ、よろしくお願いします。」
そしてマリーベルはスタスタと踵を返して村の出入り口へと歩いていく。
ロイドと騎士2人もその後を慌てて追った。
「待てくれ!さっきの・・・。」
ロイドはマリーベルに女の子に対して言い過ぎだと言おうとしたが、マリーベルの顔を見て言葉を飲み込んだ。
それはマリーベルが傷付いたような表情をして唇を噛んでいたからだ。
「(自分を抑えられなかった・・・!)」
女の子からリズという言葉を聞いた瞬間、ドロリと黒い感情がマリーベルに流れた。
マリーベルの中でリズ・アージェントという存在は以前は罪悪感と同情を抱く人物であった。
だけどハーレン家の元使用人達にリズの事を理由に嫌がらせやイジメを受け、ロイドやマーガレットからも八つ当たりを受けていた事から、マリーベルの中で知らぬ間にリズ・アージェントという存在は真っ黒な負の感情を抱かせる人物となっていたのだ。
微かに聞こえる子供の泣き声に目を伏せマリーベルは馬車に乗った。
「すまなかった。」
「なぜロイドが謝るのかしら?」
「村長は普段はあんな人ではないんだ。本来の村長は貴女に対して無礼な態度を取る人ではない。村の皆だって貴女がやっていた事をアピールだなんて思っていない筈だ。それにリズの事は・・・・・。」
それ以上ロイドは何も言えず黙ってしまった。
マリーベルはため息はついた。
「分かっているわ・・・村長は自分にできる事をしようとしただけ。キシロブ村の皆は心が辛い時期だから、リズさんからロイドを奪った悪女の私の話で気を紛らわしたかっただけなのよね。」
「貴女は悪女なんかじゃーー」
「いいわよロイド、気を使わなくて。それにあの女の子がリズさんの事を言うもんだからつい八つ当たりしちゃったわ。」
女の子の言葉からリズが村人達にとても慕われていた事が伺えた。
そしてハーレン家での辛かった日々が頭を過ぎった。
「もっと言い様があったのに。」
女の子に微笑みながら忘れなさいと脅す様に言ってしまった事をマリーベルは後悔していた。
「私って悪女よね。」
そんな事はないと言おうとしたロイドだったが、今のマリーベルに自分の言葉は届かないと思い押し黙る事にした。
「今から大聖堂に向かうわ。」
王都で宮殿の次に目立つ建物が大聖堂だ。
大聖堂はハイロゼッタの信仰の中心であり、権力のある神父や修道女などがたくさん出入りしている場所である。
聖女を最も信仰し利用している場所でもあった。
「私の名前を散々利用してお金儲けしてきたんだもの。何割かはいただいてもいいわよね。」
マリーベルはにっこりと微笑んだ。
その頃ハーレン家では。
「大奥様、王宮から第二王子殿下の新しい婚約者のお披露目パーティーへの招待状が届きました。」
サラはツンとした態度でマーガレットに招待状を渡した。
サラの後ろには3人の新人の侍女がいた。
新人侍女達はサラの教育によりマリーベルを誰よりも慕い、ロイドとマーガレットに対して敵意を抱いていた。
サラはマリーベルを追い詰めた一人であるマーガレットを毛嫌いし敵意を表しながらも仮の侍女頭として完璧に勤めていた。
マーガレットはサラから嫌われている理由を自業自得だと理解しているため、
サラの態度を非難する事なく受け入れていた。
「あのバカ王子、マリーベル様にも当然の様に招待状を送ったようです。婚約破棄した元婚約者に送るなんてどういう神経しているんだか。」
「第二王子の派閥の私達が出ない訳にも行かないでしょ。貴女の分の招待状はご実家に送られていると思うわよ。」
サラは思い切り顔をしかめた。
「貴女も貴族の端くれなら表情に出ないようにしなさい。」
「ほぉ、では大奥様のお気に入りであるリズ・アージェントさんはさぞかし顔に出ない淑女の様ですね。」
分かりやすく喧嘩を売るサラにマーガレットはため息をついた。
「もういいわ、早く仕事に戻ってちょうだい。」
「では大奥様、失礼いたしました。」
サラと新人侍女達は自分達が勝ったように満足気な顔をして部屋から出て行った。
マーガレットは1人になりもう一度ため息を付いた。
「わたくしが聖女様やサラさんを変えてしまったのね。」
マーガレットはマリーベルから直接ハーレン家がマリーベルの物になった事を伝えられた。
初めはマリーベルの言葉が理解できなかったマーガレット。
ロイドはマーガレットにマリーベルに服従を誓ったと言った。
そしてロイドはマリーベルならルーベンス領を助けられるかもしれないとも言っていた。
権利はロイドのままだそうが、口約束の契約だとしても自分の立場を利用してロイドを脅したマリーベルに怒りが込み上げてきたマーガレットだったが、直ぐに自分がマリーベルにした仕打ちを思い出し怒りが消えていった。
人が変わったように自分を冷たく見据えるマリーベルを見てマーガレットは思った。
「(わたくし達のせいで聖女様は変わってしまったのね・・・。)」
常に優しい笑みで微笑んでいた聖女のマリーベルを変えたのは自分達だ。
マーガレットは以前のサラを知らないがマリーベルの専属侍女であるサラの性格も変えてしまった様な気がした。
そしてマーガレットはマリーベルへの償いだと思ってロイドと同じように自らも服従を誓った。
「私はただ静かにハーレン家の行く末を見守るだけよ。」
マーガレットは王宮からの招待状を眺め、今日何度目かのため息をついた。
夜になりサラは帰ってきたマリーベルとロイドに招待状を渡した。
「とうとう来たわね。」
マリーベルはついに来たかと招待状を見つめた。
「旦那様、婚約者のマリーベル様にドレスを送る考えはお有りですか?」
突然のサラからの問いに目を丸くするロイド。
たった今招待状を受け取ったばかりのロイドに、婚約者に送るドレスの事なんて考えはなかったのでひたすら動揺していた。
そんなロイドをサラは眉間にシワをよせ睨んだ。
「いいですか旦那様。旦那様が信頼していた元使用人達がマリーベル様のドレス全部に針をいくつも仕込んでいたせいでドレスを全部処分する羽目になったのですよ?お分かりですか?」
「あ、あぁ。」
ロイドは気まずそうに答えた。
「ハーレン家の金銭事情はよく理解していますがこのままマリーベル様にパーティー用のドレスではなく、普段着用のドレスを着させてパーティーに行かせるなんて酷い事をさせるつもりはありませんよね?旦那様の元使用人のせいなのにマリーベル様のお金でドレスを買わせるなんて事はありませんよね?」
「サラ、私は別に自分で買うから大丈夫よ。」
「マリーベル様は甘いのです!もっと厳しく行かないと調子に乗ってまた酷い目に合わされてしまいますよ!」
サラの剣幕に圧倒されて困ったような笑みを浮かべるマリーベル。
「私はもうそんな事はしない!」
「(ハッ!どうだか!)」
サラをムッとした顔で睨むロイド。
そして鼻で笑うサラ。
「聖女様に恥をかかせられません。聖女様は明日サラ殿と王都でドレスを何着か選んでください。支払いは全部私が払います。」
ロイドの言葉にマリーベルとサラは顔を見合わせて笑った。
それから時は早く流れあっという間に王宮でのパーティーの日になった。
「ロイド・・・。」
今にも泣き出しそうな表情のリズ・アージェントは、以前ロイドが送ってくれたお気に入りのスミレ色のドレスを身に纏い会場内に入っていくのだった。
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