18 / 33
一章.幸せになったのは王子様だけでした。
5-4.
しおりを挟む村に入る4人。
男性3人は自然とマリーベルを守るように囲いながら歩く。
騎士団長のダンは背後にいる主人とその婚約者を気にしながら横目で副団長のニールを見る。
「(まさかニールが姫聖女に陥落されるなんてな。)」
ニールは周囲を警戒しているように見せかけてマリーベルに気付かれないようにマリーベルを頻繁に見つめていた。
「(ダニエルよりもニールの方が暴走しないか心配だな・・・。)」
騎士団の中で1番クールな男の意外な一面に不安がよぎるダン。
ダンは42歳の妻子持ちで騎士団長歴は12年になる。
公爵家の150名以上もの騎士達をまとめ上げるには大変な苦労があった。
騎士同士の数々の喧嘩を仲裁してきたダン。
ダンの経験上、喧嘩になる原因で1番ややこしいのが恋愛関係であった。
ルーベンスが災害に見舞われる前は屋敷のメイドや侍女を騎士同士で取り合うなんて喧嘩がしょっちゅうあった。
そして仲裁に入ったダンの手に負えなくなるようなら、元使用人達で執事のヴァントや侍女頭やメイド長も介入して主人の耳に入る前に解決していたが厄介な事この上ない。
そんな経験とニールの事を深く知るダンは、騎士団の中で誰よりもストイックでクールな男が主人の婚約者に一目惚れをしたなんて、いつか大きなトラブルが起きるのではないかと不安しかないのだ。
ダンは出発前の事を思い出す。
いつものように毎朝の決まった仕事で主人であるロイドに今日の指示を受けに行くと、聖女マリーベルが領地で1番復興作業が進んでいない領地に行きたいと言う事でマリーベルの護衛をロイドから頼まれたのだった。
ダンは念のためにもう1人の護衛の騎士を連れて行く事をロイドに進言し、許可が降りたのでダンは腕の立つニールをもう一人の護衛に選んだ。
そしてダンは初めてマリーベルを近くで見て開いた口が塞がらなかった。
数年前に王宮で遠くからマリーベルを見た事があり、遠くから見ても凄い美人であると分かってはいたが、直接近くで見るとマリーベルの美しさに圧倒され口を開けてしばらく固まった。
ダンには愛する奥さんが居たのでマリーベルに惚れる事はなかったが、もしも独身で若かったらその魅力に取り憑かれていたかもしれないと思うと冷や汗をかいた。
そしてマリーベルにもう1人の護衛である副団長のニールを紹介するついでに、直接は会ったことはないが顔見知りだという庭師兼副団長のダニエルも紹介した。
まさか庭師のダニエルが騎士で副団長とは思わなかったマリーベルはとても驚き口に手を当てていた。
ダニエルは久しぶりに姿を見る事ができたマリーベルに
「お姿を見ることができて良かったです。とても心配していたので。」
と、呑気に嬉しそうな笑みを浮かべた。
そんなダニエルを見たマリーベルはキョトンとした後に照れたようにふふっと笑っていた。
なんだか和やかに笑い合うダニエルとマリーベルを何気なく見ていたダンだったが、いつもとは違うニールの異変に気付いた。
「(おいおいおいおい、マジかよ。)」
ダンは顔がヒクついた。
ニールはダンが見た事ない表情をしていた。
それはニールがマリーベルを見て驚愕の表情をしていたからだ。
ニールのその顔はまるで生まれて初めて強烈な衝撃を受けたような顔だった。
「(恋という名のデカイ雷が落ちたみたいな顔しやがって!)」
昔からニールを知るダンはニールがマリーベルに一目惚れをしたことが分かった。
「(今まで色恋沙汰に全く興味なかったお前が姫聖女に初恋かぁ?止めてくれ!主人の婚約者なんて相手が悪過ぎる!俺の勘が言ってやがる!恋するお前はタチが悪いってな!)」
そしてダニエルの恋よりもニールの恋の方がタチが悪いとダンの勘が訴えていた。
苦労人の騎士団長は厄介ごとに巻き込まれそうなニールの初恋(多分)にその場で頭を抱えそうになった。
キシロブ村への訪問は主人であるロイドも付いてきた。
馬車の中でロイドと会話をしているマリーベルを馬に乗りながらじっと見つめていたニール。
キシロブ村に入った今でもニールはマリーベルをさりげなく見つめているのだ。
「(団長としてはほっとく訳にもいかねーよな。)」
ダンはダニエルに言ったみたいにニールにも分を弁える事を言わなければと考えながら、主人とその婚約者の護衛をするのだった。
そして4人は村中を歩き回った。
「酷いな・・・。」
ロイドが顔をしかめて呟いた。
村の中は新しく建て途中だった家や塀などが壊されたり火をつけられた跡があり、テントなどもナイフか剣で斬られた跡のあるテントなどもあった。
村はロイドが数日前に訪れた時よりも更に荒れて酷い有様だった。
四方から村人達の荒んだ目が4人に集まる。
「おやおや今日は領主様が来てくださったのですね。」
年老いた村長らしき男がゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「村長すまない、私の力が足りないばかりに村の皆に苦労をかけてしまって・・・。」
ロイドは頭を下げた。
「いいえ、領主様。謝るのはお止めください。ルーベンス全体が被害にあっているので私どもの村だけに特別力を入れることが出来ないことは十分に承知しております。」
村長は口ではロイドに気を使わせないような言葉を言っているが、村長の態度からは新しい領主となったロイドへの失望となかなか復興作業が進まない怒りが滲み出ていた。
「先日の盗賊による騒ぎで村人2人が死んでしまいましたが、騎士様の中に癒しの魔法が使える方がいた為に犠牲者を抑える事ができました。これも領主様が我が村に騎士様を派遣してくださったおかげです。ありがとうございます。」
村長はロイドに頭を下げて上辺だけのお礼を言うと、ロイドの後ろにいたマリーベルを見て目を見開いた。
「もしや聖女マリーベル様ではありませんか?まさかこんな村にまた来てくださるとは!」
「えぇ、お久しぶりです村長様。王妃様と一緒に怪我人の治療のために来て以来ですわ。」
「ということはやっと私達の村を覆う程の大きな結界を張って下さるという事なのですね!!」
村長の口から出た予想だにしない言葉にマリーベルは固まった。
「ずっと結界を張って下さる事をお待ちしておりました!大聖堂や教会にまで行って聖女様の派遣をお願いしていたのですがなかなか取り合って下さらず、以前領主様にお願いしようと屋敷まで行ったのですが執事様に大変怒られてしまいまして聖女様の派遣を諦めてしまいましたが、今日という日をどんなに待ち望んだことか・・・。」
マリーベルがこの場にいることを涙を浮かべて喜ぶ村長。
困惑するマリーベルと困ったようにマリーベルを見るロイド。
ロイドは何度かキシロブ村を訪れていたのだが、村長が聖女の派遣を望んでいた事を知らなかった。
それはずっと前の事になるが元執事のヴァントがロイドに直接会いに来た村長に、お前の村ばかり特別扱い出来る訳がないと厳しく言った事が原因であり、ヴァントが村長をロイドに会わせるのがただ面倒でロイドに伝えるまでもないと勝手に判断していた背景があった。
どうやら村長は聖女に村を覆う程の大な結界を張って欲しかったらしいが、ロイドは村に行く途中の馬車でのマリーベルからのこの国の聖女の役割と真実を聞いた上で、聖女マリーベルにはそこまでの力はないと予想した。
あくまでロイドの予想だがマリーベルや他のハイロゼッタの聖女達は魔力量が普通の魔法使いより多く強いだけのただの女性であり、村や国を守れる程の巨大で強力な結界は張る事は出来ないと予想をしていた。
そしてロイドの予想は当たりなようで、マリーベルは申し訳なさそうな顔をして村長を見た。
「ごめんなさい・・・私にそこまでの力はないのです。」
村長の顔が絶望の色に染まる。
「な、何故ですか!貴女様は聖女様ではありませんかッ!」
村長はマリーベルに勢いよく詰め寄ろうとしたがマリーベルの前にニールが立ちはだかり村長を鋭く睨んだ。
「それ以上聖女様に近づくな!」
「聖女様なら結界を張れると聞きました!何故できないのですか!やって下さらないのですか!それとも大金が必要なのですか!それでも貴女は聖女様なのですかッ!」
「聖女様に無礼な口を聞くなら貴様を叩き切るぞ!」
ニールは剣に手を添えたが、マリーベルが片手でニールを制するようにして前に出た。
「村長様が聞いた巨大な結界を張れる聖女というのは北の大聖女の事ですわ。」
北の帝国グランゼスには大聖女がいる。
北の大聖女は通称"顔の無い聖女"と呼ばれ、神の如き力を使う彼女はまさしく本物の聖女と呼ばれるに相応しい聖女だ。
西の大国ハイロゼッタの聖女隊とは訳が違う。
10年前の北との戦争の際には、7人もの聖女が命と引き換えに北の大聖女を止めた事で戦争を終わらせるきっかけを作ることができたのだ。
村長は北の大聖女の奇跡の御業を聞いて、同じ聖女ならマリーベルにもできると勘違いしたのだ。
北の大聖女なら村一つ分や国一つ分に丸々簡単に結界を張り、常に維持をする事は可能だ。
そして死ぬ寸前の重傷者や重病者を一瞬にして完治させてしまう。
切り落とされた手足を一瞬で生やしてしまうのだ。
それは北の大聖女だからできることであって、ハイロゼッタの聖女達の中にはそこまでの力がある者はいなかった。
マリーベルも重傷者や重病者を治す事は可能だが、治すのにとてつもない時間がかかったり時には治せない病気やケガなどもある。
そして切り落とされた手足を再び生やすことは、神の如き力がある北の大聖女だからできる奇跡の御業だった。
稀にマリーベルの容姿と評判から、マリーベルを北の大聖女と同じくらいの力があると勘違いした人間が現れては詰め寄ってくる事があった。
王宮にいた頃はそんな人間がマリーベルに近付かないように王妃様や王宮の護衛が守ってくれていたので奇跡の御業レベルの事を今までマリーベルに頼める人は居なかったのだ。
「わたくしが出来るのはせいぜい屋敷一つ分の大きさの結界を数時間維持する程度です。この国の魔法使い100人集めたとしても村全体を覆う結界を維持するには数日が限界でしょう。」
「そんな・・・。」
村長はショックでその場にへたり込んだ。
「では何故来たのですか・・・?」
「貴様ッ!」
「副団長さんお止めください。」
今にも村長に切りかかりそうなニールをマリーベルは止める。
「村長様貴方を失望させて申し訳ありませんでした。ですが、わたくしは未来の公爵夫人としてキシロブ村ひいてはルーベンス領全体を助けたいと思っています。」
「現時点で余り復興作業が進んでいないのにこれ以上どうするおつもりですか?我々を他の領に住まわすとでも?」
「違いますわ。ハーレン公爵の婚約者となったからにはわたくしの持てる全ての力を使ってルーベンスを再び以前のような平和な土地に戻すつもりです。だから直接見に来たのです。将来の公爵夫人として自分が何をすべきなのかを見に。」
「・・・・・。」
村長は疑惑の瞳でじっとマリーベルを見つめた。
「だからもうしばらくはキシロブ村の皆様に苦労をかけますが、きっと、その苦労が報われるように全力を尽くします。だからキシロブ村の皆様にはルーベンスを見捨てないでいて欲しいのです。」
「・・・見捨てるもなにも家も金も無い私達には行く所はないよ。この村で死ぬか生きるかしかないよ。」
村長はため息をついて仕方ないという感じでマリーベルをみた。
「私が望んだような聖女様じゃなかったのはがっかりだが、未来の公爵夫人としては期待できるような気がします。」
村長はマリーベルのルーベンスに対する想いが伝わり深々と頭を下げた。
「聖女様、キシロブ村を助けてやってください。」
「1日でも早く皆さんが安心して暮らせるように全力を尽くしますわ。」
マリーベルは微笑んだ。
その時、小さな女の子がマリーベルの足元に来た。
11
お気に入りに追加
5,944
あなたにおすすめの小説
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
ある日愛する妻が何も告げずに家を出ていってしまった…
矢野りと
恋愛
ザイ・ガードナーは三年前に恋人のロアンナと婚姻を結んだ。将来有望な騎士の夫ザイと常に夫を支え家庭を明るく切り盛りする美人妻のロナは仲睦まじく周りからも羨ましがられるほどだった。
だがロナは義妹マリーの結婚式の翌日に突然家を家を出て行ってしまう。
夫であるザイに何も告げずに…。
必死になって愛する妻を探す夫はなぜ妻が出て行ってしまったかを徐々に知っていくことになるが…。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが
リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!?
※ご都合主義展開
※全7話
死に役はごめんなので好きにさせてもらいます
橋本彩里(Ayari)
恋愛
フェリシアは幼馴染で婚約者のデュークのことが好きで健気に尽くしてきた。
前世の記憶が蘇り、物語冒頭で死ぬ役目の主人公たちのただの盛り上げ要員であると知ったフェリシアは、死んでたまるかと物語のヒーロー枠であるデュークへの恋心を捨てることを決意する。
愛を返されない、いつか違う人とくっつく予定の婚約者なんてごめんだ。しかも自分は死に役。
フェリシアはデューク中心の生活をやめ、なんなら婚約破棄を目指して自分のために好きなことをしようと決める。
どうせ何をしていても気にしないだろうとデュークと距離を置こうとするが……
まったりいきます。5万~10万文字予定。
お付き合いいただけたら幸いです。
たくさんのいいね、エール、感想、誤字報告をありがとうございます!
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
【完結】地味令嬢の願いが叶う刻
白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。
幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。
家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、
いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。
ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。
庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。
レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。
だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。
喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…
異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~
日之影ソラ
恋愛
第六王女として生を受けたアイリスには運命の選択肢が見える。選んだ選択肢で未来が大きく変わり、最悪の場合は死へ繋がってしまうのだが……彼女は何度も選択を間違え、死んではやり直してを繰り返していた。
女神様曰く、彼女の先祖が大罪を犯したせいで末代まで呪われてしまっているらしい。その呪いによって彼女の未来は、99.99%がバッドエンドに設定されていた。
婚約破棄、暗殺、病気、仲たがい。
あらゆる不幸が彼女を襲う。
果たしてアイリスは幸福な未来にたどり着けるのか?
選択肢を見る力を駆使して運命を切り開け!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる