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一章.幸せになったのは王子様だけでした。

5-4.

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 村に入る4人。
 男性3人は自然とマリーベルを守るように囲いながら歩く。

 騎士団長のダンは背後にいる主人とその婚約者を気にしながら横目で副団長のニールを見る。


「(まさかニールが姫聖女に陥落されるなんてな。)」


 ニールは周囲を警戒しているように見せかけてマリーベルに気付かれないようにマリーベルを頻繁に見つめていた。


「(ダニエルよりもニールの方が暴走しないか心配だな・・・。)」


 騎士団の中で1番クールな男の意外な一面に不安がよぎるダン。

 ダンは42歳の妻子持ちで騎士団長歴は12年になる。
 公爵家の150名以上もの騎士達をまとめ上げるには大変な苦労があった。

 騎士同士の数々の喧嘩を仲裁してきたダン。
 ダンの経験上、喧嘩になる原因で1番ややこしいのが恋愛関係であった。

 ルーベンスが災害に見舞われる前は屋敷のメイドや侍女を騎士同士で取り合うなんて喧嘩がしょっちゅうあった。
 そして仲裁に入ったダンの手に負えなくなるようなら、元使用人達で執事のヴァントや侍女頭やメイド長も介入して主人の耳に入る前に解決していたが厄介な事この上ない。

 そんな経験とニールの事を深く知るダンは、騎士団の中で誰よりもストイックでクールな男が主人の婚約者に一目惚れをしたなんて、いつか大きなトラブルが起きるのではないかと不安しかないのだ。

 ダンは出発前の事を思い出す。

 いつものように毎朝の決まった仕事で主人であるロイドに今日の指示を受けに行くと、聖女マリーベルが領地で1番復興作業が進んでいない領地に行きたいと言う事でマリーベルの護衛をロイドから頼まれたのだった。
 ダンは念のためにもう1人の護衛の騎士を連れて行く事をロイドに進言し、許可が降りたのでダンは腕の立つニールをもう一人の護衛に選んだ。

 そしてダンは初めてマリーベルを近くで見て開いた口が塞がらなかった。

 数年前に王宮で遠くからマリーベルを見た事があり、遠くから見ても凄い美人であると分かってはいたが、直接近くで見るとマリーベルの美しさに圧倒され口を開けてしばらく固まった。

 ダンには愛する奥さんが居たのでマリーベルに惚れる事はなかったが、もしも独身で若かったらその魅力に取り憑かれていたかもしれないと思うと冷や汗をかいた。

 そしてマリーベルにもう1人の護衛である副団長のニールを紹介するついでに、直接は会ったことはないが顔見知りだという庭師兼副団長のダニエルも紹介した。

 まさか庭師のダニエルが騎士で副団長とは思わなかったマリーベルはとても驚き口に手を当てていた。
 ダニエルは久しぶりに姿を見る事ができたマリーベルに

「お姿を見ることができて良かったです。とても心配していたので。」

 と、呑気に嬉しそうな笑みを浮かべた。
 そんなダニエルを見たマリーベルはキョトンとした後に照れたようにふふっと笑っていた。

 なんだか和やかに笑い合うダニエルとマリーベルを何気なく見ていたダンだったが、いつもとは違うニールの異変に気付いた。


「(おいおいおいおい、マジかよ。)」


 ダンは顔がヒクついた。

 ニールはダンが見た事ない表情かおをしていた。

 それはニールがマリーベルを見て驚愕の表情をしていたからだ。
 ニールのその顔はまるで生まれて初めて強烈な衝撃を受けたような顔だった。

 
「(恋という名のデカイ雷が落ちたみたいな顔しやがって!)」


 昔からニールを知るダンはニールがマリーベルに一目惚れをしたことが分かった。


「(今まで色恋沙汰に全く興味なかったお前が姫聖女に初恋かぁ?止めてくれ!主人の婚約者なんて相手が悪過ぎる!俺の勘が言ってやがる!恋するお前はタチが悪いってな!)」


 そしてダニエルの恋よりもニールの恋の方がタチが悪いとダンの勘が訴えていた。

 苦労人の騎士団長は厄介ごとに巻き込まれそうなニールの初恋(多分)にその場で頭を抱えそうになった。
 
 キシロブ村への訪問は主人であるロイドも付いてきた。
 馬車の中でロイドと会話をしているマリーベルを馬に乗りながらじっと見つめていたニール。
 キシロブ村に入った今でもニールはマリーベルをさりげなく見つめているのだ。


「(団長としてはほっとく訳にもいかねーよな。)」


 ダンはダニエルに言ったみたいにニールにも分を弁える事を言わなければと考えながら、主人とその婚約者の護衛をするのだった。

 そして4人は村中を歩き回った。


「酷いな・・・。」


 ロイドが顔をしかめて呟いた。

 村の中は新しく建て途中だった家や塀などが壊されたり火をつけられた跡があり、テントなどもナイフか剣で斬られた跡のあるテントなどもあった。
 村はロイドが数日前に訪れた時よりも更に荒れて酷い有様だった。
 四方から村人達の荒んだ目が4人に集まる。
 

「おやおや今日は領主様が来てくださったのですね。」


 年老いた村長らしき男がゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「村長すまない、私の力が足りないばかりに村の皆に苦労をかけてしまって・・・。」


 ロイドは頭を下げた。


「いいえ、領主様。謝るのはお止めください。ルーベンス全体が被害にあっているので私どもの村だけに特別力を入れることが出来ないことは十分に承知しております。」


 村長は口ではロイドに気を使わせないような言葉を言っているが、村長の態度からは新しい領主となったロイドへの失望となかなか復興作業が進まない怒りが滲み出ていた。


「先日の盗賊による騒ぎで村人2人が死んでしまいましたが、騎士様の中に癒しの魔法が使える方がいた為に犠牲者を抑える事ができました。これも領主様が我が村に騎士様を派遣してくださったおかげです。ありがとうございます。」


 村長はロイドに頭を下げて上辺だけのお礼を言うと、ロイドの後ろにいたマリーベルを見て目を見開いた。


「もしや聖女マリーベル様ではありませんか?まさかこんな村にまた来てくださるとは!」

「えぇ、お久しぶりです村長様。王妃様と一緒に怪我人の治療のために来て以来ですわ。」

「ということはやっと私達のを張って下さるという事なのですね!!」


 村長の口から出た予想だにしない言葉にマリーベルは固まった。


「ずっと結界を張って下さる事をお待ちしておりました!大聖堂や教会にまで行って聖女様の派遣をお願いしていたのですがなかなか取り合って下さらず、以前領主様にお願いしようと屋敷まで行ったのですが執事様に大変怒られてしまいまして聖女様の派遣を諦めてしまいましたが、今日という日をどんなに待ち望んだことか・・・。」


 マリーベルがこの場にいることを涙を浮かべて喜ぶ村長。
 困惑するマリーベルと困ったようにマリーベルを見るロイド。

 ロイドは何度かキシロブ村を訪れていたのだが、村長が聖女の派遣を望んでいた事を知らなかった。
 それはずっと前の事になるが元執事のヴァントがロイドに直接会いに来た村長に、お前の村ばかり特別扱い出来る訳がないと厳しく言った事が原因であり、ヴァントが村長をロイドに会わせるのがただ面倒でロイドに伝えるまでもないと勝手に判断していた背景があった。

 どうやら村長は聖女に村を覆う程の大な結界を張って欲しかったらしいが、ロイドは村に行く途中の馬車でのマリーベルからのこの国の聖女の役割と真実を聞いた上で、聖女マリーベルにはそこまでの力はないと予想した。

 あくまでロイドの予想だがマリーベルや他のハイロゼッタの聖女達は魔力量が普通の魔法使いより多く強いだけのただの女性であり、村や国を守れる程の巨大で強力な結界は張る事は出来ないと予想をしていた。

 そしてロイドの予想は当たりなようで、マリーベルは申し訳なさそうな顔をして村長を見た。


「ごめんなさい・・・私にそこまでの力はないのです。」


 村長の顔が絶望の色に染まる。


「な、何故ですか!貴女様は聖女様ではありませんかッ!」


 村長はマリーベルに勢いよく詰め寄ろうとしたがマリーベルの前にニールが立ちはだかり村長を鋭く睨んだ。


「それ以上聖女様に近づくな!」

「聖女様なら結界を張れると聞きました!何故できないのですか!やって下さらないのですか!それとも大金が必要なのですか!それでも貴女は聖女様なのですかッ!」

「聖女様に無礼な口を聞くなら貴様を叩き切るぞ!」


 ニールは剣に手を添えたが、マリーベルが片手でニールを制するようにして前に出た。


「村長様が聞いた巨大な結界を張れる聖女というのはの事ですわ。」


 北の帝国グランゼスには大聖女がいる。
 北の大聖女は通称"顔の無い聖女"と呼ばれ、神の如き力を使う彼女はまさしく本物の聖女と呼ばれるに相応しい聖女だ。
 西の大国ハイロゼッタの聖女隊とは訳が違う。
 
 10年前の北との戦争の際には、7人もの聖女が命と引き換えに北の大聖女を止めた事で戦争を終わらせるきっかけを作ることができたのだ。

 村長は北の大聖女の奇跡の御業みわざを聞いて、同じ聖女ならマリーベルにもできると勘違いしたのだ。

 北の大聖女なら村一つ分や国一つ分に丸々簡単に結界を張り、常に維持をする事は可能だ。
 そして死ぬ寸前の重傷者や重病者を一瞬にして完治させてしまう。
 切り落とされた手足を一瞬で生やしてしまうのだ。 
 それは北の大聖女だからできることであって、ハイロゼッタの聖女達の中にはそこまでの力がある者はいなかった。

 マリーベルも重傷者や重病者を治す事は可能だが、治すのにとてつもない時間がかかったり時には治せない病気やケガなどもある。
 そして切り落とされた手足を再び生やすことは、神の如き力がある北の大聖女だからできる奇跡の御業みわざだった。

 稀にマリーベルの容姿と評判から、マリーベルを北の大聖女と同じくらいの力があると勘違いした人間が現れては詰め寄ってくる事があった。
 王宮にいた頃はそんな人間がマリーベルに近付かないように王妃様や王宮の護衛が守ってくれていたので奇跡の御業みわざレベルの事を今までマリーベルに頼める人は居なかったのだ。


「わたくしが出来るのはせいぜい屋敷一つ分の大きさの結界を数時間維持する程度です。この国の魔法使い100人集めたとしても村全体を覆う結界を維持するには数日が限界でしょう。」

「そんな・・・。」


 村長はショックでその場にへたり込んだ。


「では何故来たのですか・・・?」

「貴様ッ!」

「副団長さんお止めください。」


 今にも村長に切りかかりそうなニールをマリーベルは止める。


「村長様貴方を失望させて申し訳ありませんでした。ですが、わたくしは未来の公爵夫人としてキシロブ村ひいてはルーベンス領全体を助けたいと思っています。」

「現時点で余り復興作業が進んでいないのにこれ以上どうするおつもりですか?我々を他の領に住まわすとでも?」

「違いますわ。ハーレン公爵の婚約者となったからにはわたくしの持てる全ての力を使ってルーベンスを再び以前のような平和な土地に戻すつもりです。だから直接見に来たのです。将来の公爵夫人として自分が何をすべきなのかを見に。」

「・・・・・。」


 村長は疑惑の瞳でじっとマリーベルを見つめた。


「だからもうしばらくはキシロブ村の皆様に苦労をかけますが、きっと、その苦労が報われるように全力を尽くします。だからキシロブ村の皆様にはルーベンスを見捨てないでいて欲しいのです。」

「・・・見捨てるもなにも家も金も無い私達には行く所はないよ。この村で死ぬか生きるかしかないよ。」


 村長はため息をついて仕方ないという感じでマリーベルをみた。


「私が望んだような聖女様じゃなかったのはがっかりだが、未来の公爵夫人としては期待できるような気がします。」


 村長はマリーベルのルーベンスに対する想いが伝わり深々と頭を下げた。


「聖女様、キシロブ村を助けてやってください。」

「1日でも早く皆さんが安心して暮らせるように全力を尽くしますわ。」


 マリーベルは微笑んだ。
 
 その時、小さな女の子がマリーベルの足元に来た。














 

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