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一章.幸せになったのは王子様だけでした。
5話.泣く善、笑う悪。
しおりを挟む「今日も彼女の姿を見る事はなかったな。」
庭師の青年は庭から屋敷の方を向いて小さなため息をついた。
夕方になり庭師の仕事が終わると青年は寮へ帰っていく。
「よう、ダニエル!お前も今終わった所か?」
帰っていく途中で庭師の青年ことダニエルが声がした方へ振り向くと、泥だらけで腰に剣を携えた数人の男性の集団がいた。
その中で1番鍛えられた身体の中年男性がダニエルに笑顔で話しかける。
「お疲れ様です団長。領地の復興具合はどうでしたか?」
「いんや、あんまり進んでねーな。所々で領民の盗みやら何やらが横行してるし、雨が降る度に川の氾濫や土砂崩れで土地が台無しになる。罠や柵を作っても流されてしまえばまたイチから作り直しだ。そんで今日は魔獣や盗賊から町を守るのに精一杯だった・・・まぁ、いつも通りだな。」
「それはお疲れ様ですね・・・。」
一年程前からルーベンス領を大災害が何度も襲い、災害が収まって本格的に復興作業が始まったのが半年前からだ。
半年前からハーレン家に仕える騎士達は復興の手伝いに参加し、平民に混じって土木作業をしたり、自警団と共に村や町を守ったりしている。
そして日に日に貧しさから犯罪を犯す領民が増え、更には災害後の混乱に乗じて領外や国外からやってくる悪党も増えているので、善良な領民も守るために騎士団は日々戦っていた。
復興作業が中々進まない事もあり、終わりの見えない日々に騎士達は疲労困憊であった。
150名もの騎士達を何チームかに分けて広大なハーレン領各地に行ってもらっているが、中にはストレスが溜まった騎士が問題を起こして領民と喧嘩をしたり、作業に耐えられなくて逃げ出す騎士もいたりするなどのトラブルが起き始めていた。
騎士団長のダンはハーレン家が外敵による攻撃を受けた際に直ぐに駆けつけられるように屋敷から1番近い町で作業をしたり犯罪を取り締まったりしている。
だが部下の騎士達が問題を起こせば遠く離れた場所だとしても直ぐにその場に駆けつけてトラブルを解決させるなど、他の騎士に比べて過酷な日々を送っていた。
「たくっ!災害がやっと収まったと思ったら土地は雨でダメになるし、家や財産を失った人々が犯罪をおかしたり、他所から来た荒くれ者達がいいように暴れている。自然災害の次は人災だ!いつになったら以前のルーベンスに戻るんだ?」
団長は魔獣を相手にするよりも人を相手にするの方が嫌だった。
魔獣は退治すれば終わりだが、人は違う。
騎士団長は部下の騎士が喧嘩が始まれば仲裁に入り、子どもによる小さな盗みは話を聞いてしばらく檻に入れて反省させたり、領外からの敵には命がけで相手をして縛り上げたり、犯罪の度合いによっては憲兵に引き渡したりするなど、人相手は繊細で面倒だったりするので最近の団長は魔獣との殺し合いの方が精神的に楽に感じるようになってきていた。
「魔獣はいいぞぉ~ダニエル。とっても楽だ。魔獣退治は人間が盗みを犯した理由をわざわざ聞いて説教したり、悪党を殺さず檻に入れた後にわざわざ憲兵に引き渡しに行かなくてもいいからな。」
遠い目をする騎士団長にダニエルは苦笑いをするしかなかった。
「まぁ、こうして俺達が領地で復興作業ができるのも副団長のお前がここで屋敷を守っていてくれるからだ。」
「俺は庭師の仕事しかしてませんよ。現場で頑張っている騎士達に悪いと思っていますから。」
「何を言う?腕っ節が1番強いお前が屋敷の守りには必要なんだ。庭師の仕事以外の時間を全て鍛錬につぎ込んでるお前は偉いぞ。」
庭師の青年ダニエルは騎士団の副団長を兼任していた。
ダニエル的には本業が庭師であり、騎士団の中にはそんな彼を良く思ってない者もいるが、ダニエルの剣の腕はハーレン騎士団1の強さを誇っていたのでダニエルに正面切って喧嘩を売る者は少なかった。
「ただの馬鹿力なだけで副団長に任命されて他の騎士達に申し訳がありません。」
「謙遜をするな!文句がある騎士達には決闘で勝って黙らせた癖に!ダニエルは恐ろしい男だよアッハッハッハッハッ!」
「団長が決闘させたからですよ・・・。」
庭師兼ハーレン騎士団副団長のダニエルは子爵家の三男だ。
庭師になった経緯は子どものダニエルがたまたま実家に出入りしている庭師の老人の仕事に興味を持ったことから始まった。
そこから庭師の仕事に夢中になり、庭師の仕事を手伝っていくうちに庭師としての才能を開花させていった。
ダニエルが大人になると、家族は『大人になったのだから平民の真似事はやめなさい。』とうるさく言っていたのだが、ある日子爵家が借金で没落。
現在子爵家は反対していた趣味が高じて仕事になった庭師のダニエルに頼りギリギリ食べている状況にある。
そしてダニエルはある男爵家で庭師として働いていたのだが、ハーレン家前当主のジェームズがたまたま男爵家に訪れていた時に男爵家の庭の素晴らしさに惚れ込み、ダニエルをハーレン家の専属庭師にスカウトしたのであった。
それからハーレン家専属の庭師として普通に働いていたのだったが、現在の騎士団長が案外重労働な庭師の仕事で鍛えられた肉体の持ち主である庭師ダニエルが気になり、嫌がるダニエルに無理矢理剣を持たせて毎日無理矢理鍛えさせられたら剣の才能が開花。
そこからとんとん拍子でダニエルは腕っ節だけで副団長になったとさ。
そんなこんなで現在ダニエルは午前中は騎士の鍛錬、午後は夕方まで庭師の仕事、夜は鍛錬というサイクルの生活を送っていた。
「フンッ、脳筋は脳筋らしく無駄な事考えずに屋敷にいろ。お前みたいな馬鹿が現場にくれば仕事が増える。」
「ニールお前は素直に外の事は俺達に任せろとか言えないのかぁ?可愛くないぞー!」
「可愛くなくて結構です。庭騎士が慣れない現場に来たって足手まといになるに決まってます。」
「ニール!」
ニールと言う名の青年は、青いショートヘアと青い瞳で眼鏡をかけたクールな印象のイケメンだ。
ニールはもう1人の副団長であり、頭が非常に良く腕もある頭脳派担当の副団長だ。
騎士団員達は副団長と言えば【庭師騎士】や【庭騎士】などと呼ばれているダニエルよりニールの事を指し。
ニールの方が副団長として慕われていた。
そしてニールは庭師騎士のダニエルが気に入らないらしく、度々突っかかって来るなど数少ないダニエルに正面切って喧嘩を売る1人だ。
「ではお先に失礼します。」
ツンとした態度でニールは寮へ先に帰っていく。
「たくっ、ニールはいつまで経っても素直じゃないな。」
「ハハハ、俺みたいなのがもう1人の副団長だなんてニールの反応が普通だと思いますよ。」
ダニエルはまた苦笑いした。
「それよりも今日は聖女様の姿を見れたのか?噂では使用人に毒盛られたとか、病気で寝込んでるとか、ロイド様と聖女様が不仲で聖女様が心の病にかかって寝込んでいるとか、噂が本当か分からんが心配だな。」
「そうですね・・・最近ではずっと姿を見ていませんから心配です。」
「屋敷の中の事に俺達が口を突っ込んだり考えたりしても仕方ないけどな。俺達の仕事はあくまでも主人とその家族を守る事とルーベンスの領民を守る事だ。憶測だけで屋敷の中の事には首突っ込むんじゃないぞ?」
団長の言葉にまるで見透かされたようにダニエルはドキリとしてしまう。
「分かってますよ・・・俺はただの庭師でたまたま騎士になっただけの平凡な男ですからね。」
少し暗い表情になったダニエルに団長はやれやれとため息をつき、ダニエルの肩にポンっと手を置いた。
「噂の真意は分からないが、相手は姫聖女で公爵であるロイド様の婚約者だ。俺はまだ近くで直接見た事はないが、たまたま彼女を近くで見た新婚の騎士が一目惚れで骨抜きになる程の絶世の美女だ。そんな美女に惚れるのは仕方ないが、肩入れし過ぎて暴走すんなよ?」
「しませんよ、分かってます。」
「(絶対わかってねーな。)」
さらに暗い顔になるダニエルに団長は眉間に眉を寄せてポリポリと頭をかいた。
天使や妖精などと言われる程の美貌の持ち主である主人の新しい婚約者の存在に、若い騎士達をまとめる騎士団長はハーレン家の敷地内でも苦労しそうだとため息をついた。
「それにしても突如40名もの使用人達が一斉に退職したのは驚いたよな。使用人達にも屋敷外の仕事で復興作業手伝ってもらってたのに、こんな時に・・・。」
「屋敷の中は俺達が知らないような複雑な事があるんでしょうね。きっと。」
「そーだな。とにかくお前は分を弁えて姫聖女と関わるなよ。」
「分かってますってば!」
団長に念を押されてムッとするダニエル。
「肝に銘じとけよ。それと騎士の中から姫聖女に対して暴走する奴が出ないとも言い切れん。だから周囲を注意深く見ていろよ?」
「は、はい!分かりました!」
団長の真剣な言葉に背筋をピンッと伸ばして返事をするダニエル。
そして団長はニッと笑ってダニエルの肩に腕を回した。
「さっ!つまらん話はここまでにして風呂に入って汚れを落とすぞ!」
「はい。」
ダニエルは最後にチラリと屋敷の方を振り返ると、前を向き団長と共に寮に向かうのだった。
その頃屋敷では、マリーベルとロイドがマリーベルの部屋でテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
「(痩せたな。)」
ゆっくりとお茶を飲むマリーベルをじっくりと見るロイド。
以前より痩せているマリーベルの姿にロイドは不安を感じた。
「全部聞いたわ。使用人達が私にやっていた事は貴方の指示ではなかったって。貴方やお義母様に内緒にやってた割に、貴方達のいる前であんな物出すなんておバカさんよね。結果あの使用人達は居なくなったんだし、食べて正解だったのかしら?」
マリーベルはふふっと笑って微笑んだ。
ロイドは眉を下げて困って申し訳ないような顔をしていた。
そして椅子から立ち上がり頭を深く下げた。
「貴女を傷付け追い詰めてしまい申し訳ありませんでした。」
頭を下げて謝るロイドにマリーベルはキョトンとした。
「あら、謝ってくれるのね。意外だわ。」
「当然のことです!謝っても済まされない程の仕打ちを私は貴方にやりました!」
「それって使用人達を止めなかったこと?執事の言う事を鵜呑みにして私にわがままを言うなと言ったこと?毎朝出る腐った朝食を食べろとお義母様と一緒に強要した事かしら?もう2週間前になるのね、懐かしいわ。」
マリーベル本人に自分のしたことの過ちを突き付けられたロイドは自分自身への怒りから奥歯を噛み締める。
「申し訳、ありませんでした・・・ッ!」
ロイドは拳を力強く握り声を上げて謝った。
「仕方ないわよね。貴方は愛するリゼさんと別れさせられたんだもの。私に一矢報いたいと思うのは当然だわ。」
「それは違う!」
「違わないわ。貴方の言動はそれを証明していたじゃない。私がわがままを言って暴れてメイドがケガをしかけたと聞いて、別宅に住んでもらう事になると言ったわ。2日間ずっと空腹で大人しく部屋にいたのに。」
「あの時は申し訳なかった・・・。」
「貴方は理由を探していたのよ。私を悪者にする理由をね。だってしょうがないわ、私のせいで貴方はリゼさんと別れさせられて婚約白紙にさせられたんだもの。」
「申し訳ありませんでした!これからは聖女様が健やかにこの屋敷で過ごせるように尽力させていただきます!」
「癒しの魔法が使えて良かったわ、でなければずっと痛かったかもね。治してしまった事でずっと貴方に気付いてもらえなかったのでしょうけど。」
「・・・・・。」
ロイドはじっと頭を下げて謝るしかなかった。
「結局私は食べ物を受け付けなくなっただけ。あとは私の両手か両足を切り落とせば貴方の憎しみは晴れるかしら?」
「聖女様ッ!!聖女様は何も悪くないのです!私が未熟で自分の事しか見えていなかったのです!だから悪いのは全て私なんです・・・・・。」
ロイドは自分の愚かさに反吐がでそうだった。
「可哀想にロイド、私達の婚約破棄に巻き込まれて・・・私のせいで使用人をたくさん失ったわ。」
「貴女は悪くありません!」
「ロイドは愛する人と別れさせられて、信頼する使用人達を失って1番辛い筈なのに私に謝ってくれる。泣きそうに謝るロイドを見てると私の胸は苦しくなるの。」
マリーベルはいつもの微笑みから泣きそうで苦しそうな表情になった。
「だけど何故かしら?」
途端にマリーベルの表情は無表情に冷たい物へと変化した。
「ロイドの事が嫌いで嫌いで仕方ないの。憎くてたまらないの。どこも怪我していないのに。食べ物が食べられなくなっただけなのに。」
ロイドの顔がくしゃりと歪んだ。
「吐いていた時になんで私がこんな目にと思ったわ。そして全てが馬鹿らしくなったの。ロイドへの同情と罪悪感なんてどうでもよくなる程に。」
マリーベルはにっこりと綺麗に微笑んだ。
「そして私は考えたわ。」
マリーベルは優しく両手でロイドの顔を撫でるように触った。
「ハーレン家を乗っ取ってやろうって。」
ロイドは目を見開いた。
マリーベルのヴァイオレットの瞳が妖しく輝いていた。
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