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一章.幸せになったのは王子様だけでした。

4-3.

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 真っ直ぐに執事を見るマーガレット。
 執事に心の醜さを暴かれ何も言い返せず悔しそうにしていた先程とは違い、その目には強い意思が宿っていた。


「ヴァント、貴方の考えを全て聞かせてもらっても到底理解する事はできなかったわ。」

「それは残念ですね。」


 執事は残念と思っていない口調で大袈裟に肩をすくめた。


「でも、貴方が言っていた言葉の中で気付かされた言葉があったの。」

「ほう・・・それは喜ばしいことですな。私のどのような言葉でしょうか?」

「私達が貴方の嘘の報告で聖女様がわがままで使用人を困らせていると聞いてホッとしたという言葉よ。ロイドもわたくしも聖女様と仲良くなりたくなかったの、リズさんが可哀想に思えて・・・だからあの子を嫌う理由を無意識に探していたのかもしれないって、ね。」


 執事に心の奥底にある醜さを暴かれた今、マーガレットの口から素直な言葉が出た。


「そしてリズさんに同情してあの子を責めていると、リズさんが救われている気がしたのかも・・・あの子に八つ当たりした所で誰も救われないのにね。私はあの子の事を人間味のない綺麗な人形のような聖女だと思って同じ人間に見えていなかったの。」


 常に綺麗に微笑む聖女マリーベル。
 その完璧な容姿は神秘的で天使や妖精を彷彿とさせる程だった。
 だからマーガレットはマリーベルを同じ人間として見れなかった。
 

「だけどあの子が吐いて倒れた時、聖女様だってただの人間の女の子だってわかったの。聖女様もリズさんと同じただの女の子で心があって傷付くんだって。」


 マーガレットは涙や鼻水を流しながら苦しそうに吐いているマリーベルの姿を思い出した。
 聖女という肩書きと見た目だけで天使や妖精のように性格的にも強い存在だと思って誤解していた。


「私は見た目や先入観だけで冷たく接して深く考えずにあの子を責めて追い詰めたわ。私は最低な人間よ。」

「母上・・・。」


 ロイドはそんな母の言葉に胸が締め付けられた。


「わたくしはあの子が傷付くような事はもうしたくないの。あの子が悪い聖女だったとしても同じ過ちは繰り返したくないわ。私はあの子を追い出す様な事はしたくない。」


 執事はスッと目を細めた。


「大奥様はリズ様と婚約白紙にされた旦那様が可哀想ではないのですか?娘のように可愛がっていたリズ様が可哀想に思わないのですか?第二王子の心を繋ぎ止められなかった原因の聖女が憎くないのですか?」

「あの子が憎くないなんて綺麗事は言わないわ。でもね、それとこれとは別なのよ。私はこれからは何があってもあの子を傷付けるような事はしないわ。」

「そうですか。」


 執事はマーガレットの言葉につまらなさそうな反応をした。


「わたくしヴァントに疑問に思う事があるの。」

「なんでしょう?」

「ヴァントはロイドの為に行動していたみたいだけど、王命の事も分かっていた筈よ。貴方のやっていた事は貴方の家が代々仕えてきたこの公爵家とロイドを危険に晒す行為だったのよ?聖女様がこの屋敷から逃げて姿を眩ましたら?聖女様が精神を病んで自殺したらハーレン家はどうなっていたと思う?王命について何も考えていなかったの?」

 
 実行できなかった王命は破ったとみなされロイドは罰を受ける。
 どのような罰がくだされるかわからないが、もし聖女が精神を病んで自殺をしたならばロイドは確実に処刑されるだろう。
 そして自殺した聖女を慕う者達の手によってマーガレットや使用人達もただでは済まされずハーレン家は終わりを迎える。

 マーガレットの問いに執事はパッと明るい顔になった。


「その時はその時で考えますが、優秀な私がいれば大丈夫です!外国だろうがどこだろうが旦那様と大奥様を支えます!私にはその自信があるのです!」


 自信満々で言う執事。

 国外逃亡。
 逃亡生活に謎の自信がある執事にマーガレットは呆れかえり、ロイドはまさかの短絡的たんらくてきな答えに絶句した。


「どこから来る自信なのよ・・・。」


 こんなに自信のある執事だったから、慢心して食堂に主人2人がいるのにマリーベルの前に腐った料理を置いたのだろう。
 まさかマリーベルが食べるとは思わず・・・その結果主人にバレた。

 もし聖女が屋敷から逃亡か自殺をしたとして、執事が主人達を連れてハイロゼッタから逃げようとすれば国を出る前に直ぐに捕まって処刑だ。
 国外へ逃げおおせたとしても指名手配になった者は外国の地で過酷な逃亡生活を強いられたり、指名手配犯の情報は国家間で共有されるので捕まるのは時間の問題だ。
 
 執事を幼い頃から第二の父のように慕っていたロイドは途端に恥ずかしくなった。

 マーガレットは冷たく侮蔑を含んだ目で執事を見る。


「わたくしはこんな馬鹿な男をずっと優秀な人物だと思っていたのね。自慢の執事だとお友達に言っていた自分が恥ずかしいわ。」

 
「なんだと?」


 執事は主人の1人であるマーガレットをギロリと睨んだ。


「貴方は執事失格よ!執事という者は家の繁栄を願いサポートするものよ!貴方がやっている事は真逆じゃない!ハーレン家を破滅させる気!?」

「なんだと!主人の為にと人生の全てを捧げて尽くして来た私を侮辱するなど大奥様とて許さんぞ!」

「主人の間違いや過ちを正したり防いだりするのが執事なのよ!なんでその執事が間違っている方向に主人を誘導するのよ!わたくし達を利用してバカにするのも大概にしてくださいましっ!」

「だから私がジェームズ様(前当主)に代わってずっとずっと未熟な貴様らを導いてやったではないか!私の言う事を信じて聖女に腐った肉を食わせた本人が何を言う!善人ぶるな偽善者が!」

「貴方があの子の目の前に置いたからでしょうが!あの子が悪者になるように仕向けたアンタなんて最低よ!最低のクズよ!」

「何も知らず知ろうともせずあの聖女を追い詰めたのは貴様だ!ジェームズ様が死んだのもルーベンスが災害続きなのも貴様のせいだ!貴様が不幸を運んできたのだ!」

「ジェームズ様と領地の事は今関係ないでしょ!ハーレン家を破滅させようとした悪魔が!」

「貴様ァ!」

「2人共いい加減にしろッ!!!」


  ビキビキィイ
 
 ロイドは食堂を凍らせた時よりも強い魔法で自室を凍らせた。
 床も壁も凍りつき、大きい氷柱つららが天井からたくさん伸びている。 
 
 途端に震える程の寒さをマーガレットと執事は感じた。

 ロイドの魔法によりマーガレットと執事の言い争いは止まったが、2人は寒さに震えながら睨み合っていた。

 ロイドは右手で顔を覆った。
 その姿はとても疲れ切っているようだった。


「私がいけなかった。全て私のせいだ・・・聖女は悪くないと屋敷の者達に伝える事もせず、聖女と屋敷の者達との間を取り持つ事もせず、聖女の意見を何一つ聞き入れなかった。仕事が忙しいと聖女との関わりから逃げた私の落ち度だ。」


 ロイドは形だけ受け入れた覚悟をしてマリーベルと壁を作り関わることから逃げた。
 マリーベルと関わったことで仲良くなることが怖かったからだ。
 リズに対する裏切り行為のように思えて・・・。

 リズとの関係は終わっているのに、それでもリズがまだ心の中にいるロイドはリズを大切にしたかった。


「私も変わらなければいけないのだろうな。」


 今の婚約者はリズではない、マリーベルだ。


「ヴァントのおかげで気付くことができた。」


 リズではなくマリーベルを本当の意味で大切にしなければならないと。


「旦那様!私が正しいと思ってくれるのですね!こんな頭の固いわからずやな大奥様なんて放っておいて私と旦那様の2人でハーレン家を繁栄させましょう!」

「何を言っている?お前は解雇だ。」

「へ?」


 間抜けな声を出して固まる執事。


「今まで世話になった。しばらく暮らしていくだけの金は用意する。」

「ちょっと待ってください!何故ですか!?私は貴方様に、ハーレン家に必要な人間の筈です!」

「連れて行け。」


 扉の前で待機していた騎士2人が執事の腕を両サイドから掴んだ。


「何をする離せっ!離せぇ!離せぇええええ!!」


 騎士が掴んだ途端に暴れ出した執事。
 騎士2人は強い力で執事を抑えようとした。


「何故だっ!私はお前のために!何故だァ!!」

「お前はそれが分からないのか?それが理由だ。」

「はぁあああ!?どこに連れて行く!離せうがぁああああ!!」


 力いっぱいに暴れる執事を騎士2人は無理矢理引きずり部屋から出そうとする。
 扉の出入口をくぐる時、執事は扉の縁に指を引っ掛けて抵抗した。


「コラ手を離せ!指挟むぞ!」

「ンググググ!!」


 騎士が縁から指を外そうとするが外れない。
 執事は額に血管を浮かせ顔を真っ赤にして指に力を入れている。


「ロイドッ!!貴様絶対後悔するぞ!絶対に!貴様の代でハーレン家は終わりだ!この無能!恩知らず!クズ!クソガキ!死ね!呪われろォ!」


 扉の縁を掴み呪いの言葉を吐く執事をロイドはただ無表情で見つめていた。


「リズ・アージェント!!」


 突然執事はリズの名前を叫んだ。
 ロイドはピクリと反応した。
 ロイドの反応を見て執事はニヤリと笑った。


「リズ・アージェント!あの女と貴様が結婚したとて長くは続かなかったぞ!」


 執事の不快な発言にロイドは眉をひそめる。


「何故なら貴様とあの女は釣り合っていなかったからなッ!貴様の顔が綺麗過ぎてあの女の地味さ加減がより一層際立ったぞ!」


 まさか執事がリズの事をそんな風に思っていた事に目を見開くロイド。


「自分より美しい男と常に比較される事に耐えられる女などいるまい!遅かれ早かれリズ・アージェントは貴様の前から居なくなっていただろうなッ!」

「やめなさいヴァント!」

 
 マーガレットがロイドの事を想い執事を制止する。

 ロイドはリズと自分が釣り合っていないと陰で言われていたことを知っていた。
 主にリズがロイドに相応しくないなどとリズを悪く言う人がいたがロイドはそれを馬鹿馬鹿しいと思いながら誰に何を言われようが、一途にリズだけを愛していた。
 リズも他人の言う事など気にせずロイドからの一途な愛を信じて、ロイドと共に愛をはぐくんでいた。

 だがまさか執事もその様に思っていたとは思わなかったロイドは強いショックを受けていた。
 何故なら執事はリズに好意的に接していてロイドとリズの婚約を誰よりも喜んでいたからだ。


「貴様はリズ・アージェントが私や使用人達から慕われていたと思っていただろうがそれは違う!見下されていたんだ!2人で並ぶと存在が霞んで可哀想ってな!哀れみで優しくされていただけだ!」

「ヴァント!!」


 マーガレットの制止も聞かず執事はロイドの心が1番傷付く言葉をぶつけていく。


「あの女は扱いやすそうだから気に入っていたが、地味な女より美しい聖女の方が良いに決まっているよなぁロイドォ!聖女の方が貴様とお似合いだぞ!」

「早くそんな奴連れて行って!」


 騎士は執事の鳩尾みぞおちを殴り、執事が痛みに悶えているうちに騎士2人は執事を引きずって行った。


「ロイドッ!貴様は終わりだ!呪わろ!呪われろ!呪われろォオオオオオ!!」


 屋敷の廊下に執事の呪いの言葉は響き、しばらくロイドの耳に強く残った。













「はぁ・・・。」


 馬車の中から外を眺めあの時の事を思い出しロイドはため息をついた。

 第二の父を失った。
 彼は自分が思っていたような立派な人間ではなかった。
 リズに好意的に接していた理由もいい理由ではなかった。
 それでも彼と過ごした日々は本物で支えられていた。信頼をしていた。
 酷い奴だと嫌いになっても憎みきれなかった。


「たくさんものを失った。」


 マリーベルが屋敷に来てから約1ヶ月になる。
 シェフを含めた使用人40名もの使用人を解雇して失った。
 その40名は大なり小なりイジメによる嫌がらせに加担したり、加担していなくてもマリーベルに対して自業自得だと思っているような使用人を解雇した。

 今はサラとニコラが中心になって残りの使用人達20名をまとめており、新しい使用人の面接も請け負っていて新人の指導なども行っている。

 この1ヶ月はロイドにとって人生観が変わるほど色んな事があった。
 そして全てが以前とは違い目まぐるしく変化していくように感じた。


「何処にあるのだろう?」


 王都の中心に着くとロイドは馬車を降りてとある店を探す為にきょろきょろしながら歩いていた。


「イケナイ子だね。護衛もつけずにこんな所でサボりなんて。」


 突然背後から妖しい手つきで抱きしめられ、耳元で囁かれたロイドはゾッとしてその人物を突き飛ばした。

 だがその人物を見てロイドは驚愕した。

 細身で長身。
 白髪の長髪。
 病的に白い肌。
 猫目で金の瞳。
 中性的な容姿。
 マリーベルとは違うタイプの不思議な雰囲気。


「第一王子殿下!?」


 ギルフォードの異母兄弟で側妃の子
 第一王子シャルル・オルデンブルグ


「やぁ。」


 シャルルは柔和は笑みを浮かべている。


「なんでこんな所に!?殿下こそ護衛無しじゃないですか!それにさっきの・・・。」

「ああさっきの?ごめんね~。1人でいたからちょっと後ろから脅かしてやろうと思って。」
 
「これからはやめてください!」

「はいはーい。」


 なんだか掴めない性格の王子にロイドは頭痛がしそうだった。
 タイプ的に合わないのだろう。


「それで、何故こんな所にお一人で?」

「俺よく1人で来るんだよねー。そしたら珍しく君がいたから声かけちゃった。」


 護衛も無しに。
 ロイドは王子としての自覚はあるのかと呆れて眉間に皺がよっていた。


「ねぇねぇそれより。」

「何ですか?」

「俺とお茶しない♪」


 ロイドは思い切り顔をしかめた。


「わー。君ってわっかりやすいね!」


 







 



 






 

 
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