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さあ、目を覚まして
何気ない言葉に違いなく、されどそれは
しおりを挟む『ご苦労、空』
平然と懐手をした才津の前で、空の脇差が男の懐剣を受けた。空は答えずそのまま懐剣を打ち払い、その行方を見ないままに脇差の切っ先を男の喉元にひたりと当てる。
「我が主人の命を狙った罪、己が命で贖うか」
激昂はしらじらと燃えている。
その肉を百に割いても足りるものか。無理やり従わせることも才津ならば可能だというのに、その譲歩の意味も分からぬ愚か者。
顔にありありと恐怖を浮かべて、男はぴくりとも動かなかった。空もその刃先を男の急所からいささかも逸らさない。しかし才津はそれを良しとしなかった。
『空、俺はもう労ったはずだ。もういい』「ですが」
『いい』
主人の命令は絶対だ、空はしぶしぶと頷いた。「後腐れなしが信条だったはずですが」
苦々しげに、乱暴な所作で刀を鞘に納める。鯉口に鍔があたり、鋭利な音を閃かせた。
どさりと視界の端でものが崩れる音がして、見やると男は気絶していた。
その醜態に才津が笑う。
『常ならそうしていたさ。だが相手は娘の親父殿。いくら気に入らんからと言うて殺してしまえば娘はどうする』
「、そうですね」
嘆くだろうか。自分を虐げた父親の死を。考えるまでもなく、空は知っている。
子どもはきっと泣くだろう。でなければ子どもが死を選んだ理由がつかない。恨んでいるだけであれば自害などという選択肢は存在しないはずなのだから。
空は舌打ちし、怒りの矛先を千穿に変えた。
「あなたは武器を持っているかも確認しなかったんですかッ」
『刀なら取り上げたわ、それに私が自ら人間なんぞに触れると思うたかっ』
無造作に放り投げられている打刀を指差し、千穿も負けじと怒鳴った。
そのとき、開け放たれた扉から差し込んでくる光の量が減った。それすらも気に入らず、空が睨み見上げると階段の上、重い扉の前で男が一匹立っている。
袈裟を纏った黒住持、魅櫨。彼は才津が使う間諜《うかみ》でもあった。
『旦那ぁ、刹貴とお嬢ちゃん、今来てるんで帰っても、』
帰ってもいいかと才津に問いかけているのを遮り、空は怒鳴った。「魅櫨っ」
『はいっ、』
だらしなく錫杖に凭れていた背中を直立させ、魅櫨は裏返った声で返事をする。
「あなたもですっ。どうしてこやつがほかにも武器持っていないか確認をしなかったんですっ」
なんだ、魅櫨はとたんにやる気のない目になった。仔どもの父親に無気力な視線をやり、この体型じゃそんなもん分かんねえよ、と呟いた。
よく肥えた男なので隠し持った懐剣の膨らみすら贅肉か、ですませられる。
『てか、調べる必要すらねえじゃねえか。だってお前が守るんだろ、空。得物くらい持たせといてやれよ。どーせかすりもしねえんだから』
『はっ、確かにそうだ』
楽しげに同意したのは才津だった。満足げに空の頭を引き寄せて、わしゃわしゃとかき回す。
『お前がいるかぎり誰も俺に傷ひとつ傷つけられんさ、永遠にな。お前は一生俺を守り続けるのだから』
くつくつと才津は笑っていた。
一生、永遠、呆然と空は口の中で反芻し、我に返る。
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