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I am a living thing which kneels down to you.
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しおりを挟む「しっぽ、痛くないか」
そこは妙に優しく訊ねられ、喉を干上がらせながらモモセは答える。
「だいじょ……ぶ、です……」
なにが正しい答えなのか、モモセには分からなかった。
「そうか、それはよかった」
絨毯はふかふかで心地よくて、ウルドが心配しているようなことはまったくなかった。彼は返答に、ゆったりと口元を緩めた。
だからそう言われたとき、嘘でも痛いと言えばよかったのだ、と気付いた。答えは我慢しろ、かもしれなかったが、ひとつ機会を逃したことは、間違いない。
「だったらこのまま続けても構わないな。ソファでは少々、狭すぎる」
質問ではない、自分自身に対する確認のように、言葉は呟かれた。
モモセの額へと当然のように口づけが落とされ、こめかみ、頬と伝ってくる。
「ん……っ、や……」
いやいや、と顔を背けると、軽く鼻先に咬みつかれる。それに驚いてウルドを見上げると、今度は唇同士が合わさった。
あまりの衝撃に、モモセはそのまま固まった。ウルドはそんなモモセに構う様子もなく、何度も啄ばむようなキスを繰り返した。
触れる、離れる、舐める。じわじわと行為が脳に沁みてくる。もう何度目かも分からなくなるほど、それは男がモモセに繰り返した行為だった。
我に返って撥ね退けようとするけれど、ウルドはモモセの頭をすっかり抱え込んでしまって、離れられない。なだめるように黒く染まった髪を撫でられ、耳の先を擽られる。
ウルドは舌先でモモセの唇をやわらかく押しつぶした。そうしてそこで囁くのだ。
「モモセ、舌、べえっしてみな?」
吹き込まれる息に、奥歯がじぃんと痺れた。頭が熱を持ったようにぼうっとしてくる。それでもモモセはそれがいけないことだと分かっていた。
だめ、モモセは拒絶しようと口を開けた。それが間違いだった。ゆるく指先を咥内に差し込まれ、閉じられないように固定される。
渡したままだった小瓶のコルクを、男は器用に片手で引き抜くのを視界の端で認めた。
「ぁに、を……」
無理矢理声を絞り出そうとして、男の指に触れてしまう舌の感触に慄く。
まだ三分の二ほど残っていた中身を、ウルドは一気に呷った。
目を見張るモモセを前にして、男はそれを飲み込むでもなくそのままモモセに覆いかぶさった。
「ふ……、ン……っ」
かすかに開いた隙間から、ウルドの舌が口内に滑りこんでくる。男は薬の粒すべてを喉奥まで押し込んで、すべてを無理に嚥下させた。
「ぅ、ンン――」
胸を喘がせ、モモセはそれを促されるまま必死で腹の中に落とし込んだ。すぐさま粒は形を失い、腹から身体の隅々まで熱を送り込もうとしている。
粒は全部でいくつあったのだろう? 一度にひとつ以上を飲んだことなどない。一粒でさえ気が滅入っていたのに、それ以上を強要されるのは苦痛でしかなかったし、飲まなくて済むのなら全力で避けたかったのだ。
他者に身体の内部をいじられるのはモモセにとっておぞましいことでしかなかった。それが必要な処置であるから受け入れていただけだ。見も知らぬ男の熱が、いつも以上の激しさでもって体内で燃えている。
縋る場所のない手がたまらずに腹をさすり、制服をくしゃくしゃに握りしめた。
「ひ――っ」
「あーあーあー、……すっかり気持ちよさそうな顔して」
身体を起こしたウルドは、うっそりと呟いた。
「この御仁のベゼルはお前と相性がいいのかな。――胸糞悪い光景だ」
自分でモモセに大量の薬を飲ませたくせに、そんな理不尽なことを言って男はモモセを蔑むように見下ろしてくる。まるでモモセが悪いかのように視線で詰ってくるのだ。彼の身勝手さには憤りしかないはずなのに、こうなってしまう自分の方が申し訳ない気持ちになってしまう。
「しかしもう薬はない。お前の素性を隠すには、俺に頼るしかない……」
「ら、ラシャードせんせいに……新しく薬をもらえば……」
「これはそう簡単に生成できるものではない。それまではどうするつもりだ? 身分が割れたら困るだろう?」
追い詰めるような物言いにモモセは思わず目を潤ませた。そのような状況に追い込んだのはすべてこの男なのに。
「ひどい。あなたが全部飲ませたのに。あなただって困るでしょう……?」
「そうだ。俺はたとえこんな薬一粒の影響だろうと俺のものに他の男の臭いが着くのは耐えられん。俺の推薦で入学したはずのお前に、たとえ偽りであろうと別の男の手もついていると思われるのも屈辱だ。だがお前の身元がばれるのも困る。だから」
もはやこうするしかあるまいよ、と。
まるで仕方がないことのように言って、けれどそれが予定調和なことくらいモモセだって知っているのだ。
男の顔が伏せられて、逃げるまもなくまた唇がしっとりと重なる。
温かい唾液を纏った舌が、モモセのものを容易に捕まえる。ざらりとした味蕾が擦れあうと、背骨がぞくそくと震えて、薬とは比べ物にならないほど下腹から熱がせり上がってきた。
たまった唾液はモモセの方ばかりに流れ込み、続くキスにモモセがそれをどうにもできないでいると、ウルドはそれをさらに奥まで押し込めてモモセの顎を反らせ、また喉を開かせた。ウルドの味が、喉の奥まで流れてくる。素直に男のものを受け入れてこくこくと飲み干す様に、男は嬉しそうに笑ってまだすべらかな喉を甘咬みする。
そしてそれはまたモモセを燃やす燃料になるのだ。
こわい、きもちいい、躯の中まで、
――――このひとが。
無理矢理与えられているのは同じなのに、薬とは違ってどうしてこの男のベゼルはこんなにもたまらない気持ちになるのだろう――?
「ん……、ン――――」
「……きもちいーか? なあ、俺も悪くないだろう」
そう訊かれ、モモセははっとした。涙で潤んだ瞳には、理知と、恐怖が戻ってくる。
「……なん、で……」「お前を守るため」
うっそりと男は言いやった。やはりあらかじめ用意されていたような、軽薄な物言いだった。「言っただろう? あんな方法でいいのなら俺の方がもっと深くお前のベゼルを隠してやれる。お前もまんざらじゃないなら、抵抗するな」
「まんざら……なんて、」
「薬はもうない。俺に迷惑をかけたくないのなら、大人しく任せとけ。誰もお前を不可触民だと気付かない。気づかなければ罪などない」
「あなたと……おれがいる……」
モモセは震える声で言い募った。
他の誰が知らなくても、ウルドとモモセだけは知っている。触れあったこと。罪のこと。
「不可触民だという理由で俺を拒絶するなら、きかない。その理由を剥いで、お前が俺に触れられるのが嫌だというなら……これ以上は――考える」
ウルドは制服の下に、手を滑らせた。
「……っ」
モモセは肌を強張らせ、唇を噛む。
「これ以上……なにを……、する、つもりですか」
「変態的で、いやらしいコト」
具体的にどんなことなのか、ウルドはモモセの耳元でたくさんささめいてくる。それだけで躯の芯が火照るようなのに、思わせぶりに脇腹を撫でられ、徐々に這い上がってくる掌の感触に、敏感な皮膚はあっけなく陥落した。
「だめ、だめです……、ぜったいに、だめ……」
口だけは弱弱しい声で抵抗するも、ウルドには逆効果だった。
「嫌がっているように聞こえないな。本気で拒絶したいなら、嫌いだから触るな、くらいは言ってみろ。俺に触れられるのは気持ち悪いと。なあ、どうだ、モモセ?」
「あなたを、嫌えっていうの……?」
モモセはすすり泣いた。
「そう。嫌いだ、大っ嫌い。そんなことを俺とする趣味はないし、俺に触られるのなんて気持ちわるいから止めろって言えるなら、解放してやる。薬を緊急で融通するようにラシャードに言いつけてやろう」
きっと、ウルドはそうやって本気で彼を拒絶したら、モモセを赦してくれるのだろう。手を止めて、これ以上、ひどいことはしない。
けれどモモセにとって問題なのは、決してウルドのすることが、『嫌い』ではないのだ。そして、ウルド自身のことも。
むしろすきだ。ウルドも、ウルドに触られることもすきで、心地いい。
言えばいい、言え、触れられるなんて御免だと。それだけで、このひとが罪から救われる。
理性では分かり切ったことなのに、身体が言うことを聞いてくれない。
もし本当にウルドが止めてしまったら、と自分が考えていることに気づいて、あまりに冒涜的なその考えに眩暈がした。
なんて、自分は浅はかなのか。
絶望的なまでの、この愚かさ。
たった一言で最悪は回避されるのに、こんな男に求められてしまえば王族に従うよう運命づけられた獣の部分はどうしたって悦んでしまう。
「そんなこと言えない……っ」
泣き言を漏らしたモモセに、おさない獣を組み敷いている男は眼差しを滾らせた。男の隠しもしない肉欲に、ぎらぎらと瞳はいっそう青く燃えている。
「――ぁ、」
頭よりも先に躯が予感して、モモセはぶるりと震えた。
「――だったら大人しく、俺に躯を預けていろ」
モモセよりよっぽど獣らしい、ざらりと低く喉奥で掠れる声で男は命じた。
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