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The sweet little thing that everyone has a hunger to have
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しおりを挟む――カナン
音にはならなかった声が、そんな言葉を落とす。モモセは多分、そう言ったのだろうと推測できた程度だ。人の名前だろうか、誰だろう――そんなことを思う暇すら与えられずに、気づけばモモセは攫うようにして、男の腕の中に閉じ込められていた。小柄なモモセはすっぽりと男に納まる。
モモセがこの異常な事態を現実と認識できたのは、男の腕力があまりに強かったせいだ。二尾がぼわりと膨れ上がった。
抱きしめられてる。
理解した途端純度の高い恐怖がモモセを襲った。
あっていいことではない。貴族ともあろう人が、たとえ直接手を触れてはおらずとも奴隷以下の不可触民を抱き寄せて、その腕の中で囲うなんて。
「離ッ」
逃れようとするモモセに、ますます腕の力が強まった。
「やっと、見つけた」
掠れた声が、安堵に湿って呟く。
「やっと――……」
男を振り払おうとしていたモモセは、それ以上行動が起こせなかった。あまりにもいとおしげに、男がモモセを抱きしめるからだ。
やがて腕は背中から離され、手袋を嵌めた長い指がモモセの濡れた輪郭を辿った。何度も、慈しむように。男の手はもうゆるりと腰にあてがわれているだけなのに、モモセはまだ固まったままだった。布越しのくせに触れられた箇所が熱を持つ気がして、伏せた耳の毛が細かく震えた。
顎を掬われ、真っ直ぐに黒曜の瞳を覗きこまれる。逸らせなかった。向けられる視線は熱く、滾るような暴力的なまでの強さをはらんでいる。こんな風に自分を見る誰かを、モモセは今まで知らなかった。涙でけぶった視界でも、男がどれほどの熱情を自分向けているかが分かる。
ただひとつの呼吸すらも、この男に奪われてしまった。
嗚呼、と男は深く息をつく。ただはらはらと泣くモモセの目元を拭い、長く白いまつげに宿る水滴のきらめきがこれほど心を揺さぶるのだと感じている。
「……お前、名は?」
「……――モモセ、」
放心したまま、モモセは半ば無意識に自身の名を奏上する。男の瞳が、ゆっくりと柔らかな色をたたえて笑った。
「いい名だ。俺はウルド。――やっと、逢えたな」
「ウル、ド……?」
散らばった思考のまま、舌ったらずに訊ねる。その瞬間、男の目には歓喜の色が灯り、モモセの腰を抱いた腕に力が篭った。男はまた、肺の中身をすべて吐き出すような息をする。
「……そう、ウルドだ。――一緒に帰るぞ、モモセ」
「帰……?」
みなまで言い切る前にぐいと身体を引き寄せられ、全身に浮遊感が広がった。モモセはいきなり上がった目線の高さと安定感のなさにようやっと夢見心地から脱し頬をひきつらせたが、目の前の首にすがりつくことも出来ずただ落ちないよう大人しくするしかない。
不意にウルドはモモセの手に触れた。
『com vitol cele w tavnilh』
そして呟かれるのは耳慣れない詞だ。そう言えば似た言葉をホヅミが言っていた、そう思う間に身体の気を塞ぐ不快が取り除かれる。ベゼル封じの枷が外されたのだ。我慢できず、モモセはくったりとウルドの肩に額をつけた。ほう、と深く脱力した声が喉の奥から漏れる。
「大丈夫だ、」
あやすように軽くモモセの背を叩くと、ウルドは扉のほうへと足を向けた。
「――もう何の心配もない」
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