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プライド

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白浜 瓜(しらはま うり)
27歳、契約社員は入社数年にして、仕事が遅い上に態度も最悪だった。

『おい、コピー用紙切れてんぞ。』

「…気がついた方が補充すれば良いと思います。」

『これは総務部の立派な仕事だ。学校で習わなかったのか?(笑)』

「知ってますけど…今この話してる間に準備されたらどうですか。
私。営業部の方はもっと能率的なのかと思ってました。」

いつも仏頂面で人を不快にさせる態度をとり、失敗しても軽いお辞儀で、謝罪の言葉もない。
お礼は無視。挨拶も自主的とは言えない。

本人は申し訳なさもあるつもりらしいが、当然、周囲に伝わらない。
社長の娘でなければ、とっくにクビだろう。

コネで入社できたにも関わらず無謙虚で無気力な姿に上司や若い社員たちもイライラしていた。
さすがに社長令嬢に退職を迫れるような社員はおらず、署名運動をしようかと悩んだあげく聞こえるように陰口や嫌味を言い精神面を削る作戦を実行中である。

アラサーにして正社員にもなれず、自暴自棄になっているのか、見ているだけで呪い殺されそうな淀んだ瞳だ。
影のあだ名は早い段階で「特級呪物」に決定した。
だが、自意識過剰で人からどう見られるか物凄く気にする。全くわけがわからん。

小学校の時、藤原昌也は白浜瓜の5年後輩だった。
彼女は6年、オレは1年。不穏なオーラを纏っていたので近寄らないようにし、遠巻きに観察していた。
笑顔が無く口が悪い。人任せなのは父親によく似ていた。

もう、お互い大人だし話せるだろうと思っていたが、小学校当時から変わっていないらしい。
たまに話せば憎まれ口を叩き、社内で使う専門用語すら覚えようとしない。
オレが此処に入社するまでの数年間、まるで成長していないようである。(情報屋の先輩調べ)

謙遜と謝罪と、ついでに個性的でもあれば、社内でキャラ付けされていくらか過ごしやすくなると思っていたが。
新入社員(研修期間中)の藤原昌也は、屋上で電子タバコを吸いながら考えていた。
激怒した顔と真顔しか見たことがない。(オレは白浜の笑顔が見てみたい…。)

自分で思って気分が悪くなった。誰も居ない屋上を見わたし肺に溜めておいた煙を思いっきり吐き出す。
「…はぁ~、なんでニワトリ相手に、こんなモヤモヤしなきゃいけないんだ。」

入社面接は人事の他に、娘大好きな社長が飛び込むように参加しオレを見るなり嬉しそうに話し出した。

『私の娘もこの会社で働かせて貰っていてね、人間関係を学ばせたいんだ。昌也くん友達になってやってくれ!』

子を心配するのは親として当然かもしれんが…すいません瓜ちゃんパパ、オレには無理だと思う。
それに人間関係は会社で学ぶものではありません。と思わず吐きそうになった言葉を無理やり飲み込んだ。



まだ入社していないのに、瓜ちゃんパパから既にパワハラのような仕打ちを受けたオレの嫌な予感は的中。
娘自慢を散々。聴かせられ返事しかしていないのに面接に合格してしまった。
これはオレが彼女の後輩兼教育係に任命されたという前代未聞の事態を意味する。

第2面接すっ飛ばしてオレまでコネ入社できたのは何もかもバカ社長のせいだ。
だが、福利厚生の整った給与もそれなりに貰える会社に正社員として入社できたのは奇跡に近い。
幸い期待されてるようだし、オレの能力を生かす時がやってきたのかもしれない。

久しく見なかった白浜瓜に挨拶をしに行くと、あからさまに嫌な顔をされた。

『どうせパパに言われたんでしょ。私のことは放っておいて下さい。』

「学年は違ってもせっかく再会できたんです。喜びましょう。
経理にいる加藤って人、あの人も同じ小学校なんですよ。ご存じでしたか?
受付の吉田先輩や不破さんも。なんかこの会社、同じ学校出た人多いですよね!」

先に入社した先輩方はみな社長にオレと同じことをされ挫折して行ったのを彼女は知っているのだろうか。

『私…あなたのこと見たことも聞いたことも無いわ。』

「私は陰ながらですが、貴方を応援していました。
常に周囲へ気を遣い、努力を惜しまないと先輩方から伺っております。」

瓜は急須に入った熱いお茶に水道水を足すと、『嘘はいらない』と言い、ティーバッグの紐を縦に揺らしながら闇に飲み込まれた瞳でじっとオレを見た。
そして下から上までなめるように全身を見まわし、鼻で笑った。

『でも、どうしてもというなら傍に居てもいいわよ』

なんだ?ファッションチェックか?スタイルとセンスの良さには自信があるぞこら。
こんな少女漫画に出てくるような嫌な奴の教育係だなんて死んでも御免だね。

瓜パパ兼、社長は何を見て来たのだろう。
あ、娘の素行不良を心配して、悩みに悩んだあげくのコネ入社だったのか。

オレが思うに、お金持ちと結婚させた方が娘さんも幸せになれると思いますよ。



午後1:00。お昼休憩中の瓜は広場でスマホに集中していた。
外気は3℃でかなり寒いというのに悴む親指を物凄いスピードで動かしている。

『藤原って子がね、私の下に付くことになったの』

瓜はスマホのメモ帳に行く当てのない言葉を打ち込んでいた。
自己分析も、失敗も、嬉しかったことを日記のように綴っていた。
中には悪口など、根も葉もない書き込みもあったが。

『先輩として仕事を色々と教えてあげたいわ…って藤原君は企画部だった。』

広場のベンチに座り、瓜は顎に人差し指を添えるとボソッと言った。

『今度はどれだけ持つのか楽しみね。』


メモ超

「私は復讐のため皆に迷惑をかけている。
パパもママも明るいけど私のことは放たらかし。
私の本性なんて知りもしない。

-中略-

私はもうすぐ無敵になる。

あの事務所へ行けば、叶えてくれる…!!」


文字が二重に見えて、瓜は目を擦った。
自分がメイクをしていたことを忘れて、アイシャドーが目に入り痛かったが、それどころではなかった。

瓜は今、自身への怒りを感じていた。
イジメられてると思い込み、周囲を無差別に攻撃する自分にはつくづく嫌気が差す。
自分が使えない人間なのを差し置いて、何の努力もせずちっぽけなプライドを守るために「負け犬の遠吠え」を繰り返す。そうやって何年も生きて来た。社長の娘なのに情けない。

もう限界だ。

「死ななきゃ!」
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