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思い知らせて
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美姫はカラオケBOXを出て、フラフラとした覚束ない足取りで歩いていた。よろけた躰がガードレールにぶつかった。前から歩いてきたカップルが美姫を凝視し、大袈裟に避けて通り過ぎて行く。
頭が……重い。
さっきからガンガンと耳鳴りがするような激しさを頭の中に感じていた。
大和にだけは…知られたくなかった……
そんな思いが浮かび上がる。
でも……なぜ?
大和を好きになろうとして……それでも、秀一さんへの想いを絶ち切ることが出来ず、大和と別れたはず、なのに……
『美姫……あの人と付き合ってるのか?』
そう聞かれた時……私は、それが、秀一さんのことではないといい、と願っていた。
『あいつ…あの人は……美姫を幸せにはできない……』
『これは……許される関係じゃ、ないんだ……』
世間やお父様やお母様より、誰よりも……大和から、その言葉を聞きたくなかった。
美姫は、右手で頭を庇うように抑えた。
秀一さんに、逢いたい。今すぐ、逢いたい。
私が好きなのは秀一さんで、秀一さんは私にとって絶対の存在で、秀一さんしか私の心の領域に入ってこられないのだと思い知らせて欲しい……
道路の端に立ち止まり、頭を抑えていた右手を軽く上げるとタクシーを止めた。
早く、秀一さんのもとへ……
タクシーに乗っている間に、秀一にもうすぐ会えるのだという気持ちが美姫をようやく落ち着かせ、頭の重みが軽減された。
タクシーから降りて、コンサートホールのロビーに足を踏み入れる。重い扉の奥からは何も聞こえて来ず、ロビーは不思議な程に静まり返っていた。時計を見るともう既に終演時間だが、まだ誰も会場から出てくる気配はなかった。
ここまで来てしまったけど、どうしよう……
会場の扉の前で美姫は立ち竦んだ。もし演奏中なら、今扉を開けると観客に迷惑がかかる。
「チケットはお持ちですか?もう開演してからだいぶたっているので、中に入ることが出来るか分からないですが……」
後ろを振り向くと、警備の制服を着ている。だが、いつもの顔見知りの男ではなかった。警備員もまさかこんな時間に客が入ってくるとは思っていなかったようで、困惑しているのが見て取れた。
チケット……今日ここに来る予定じゃなかったから、持ってない……
美姫は警備員に言われて、自分がチケットすら持っていなかったことに初めて気がついた。いつもなら顔見知りの警備員が顔パスで通してくれるが、ここで新入りの男に来栖秀一の姪だと説明して中に入れるまでには相当時間がかかる。
「あ、あの…」
言うべき言葉を探しあぐねていた美姫に、遠くから声が掛かった。
「あれっ、来栖さんの姪子さんじゃないですか!」
昨日コンサートホールで秀一に話しかけていたスタッフが、手を振りながら美姫の方へと近付いてきた。知り合いに声を掛けてもらえたことで緊張が緩み、美姫はホッと息を吐いた。
「こんにちは……」
軽くお辞儀をして挨拶する。
「これからアンコールで、ザッカリーと来栖さんの連弾が始まるところですよ。さぁ、急いで、急いで!」
スタッフが軽く美姫の背中を押して、扉へと誘導しようとする。
「あ、でも私…チケットを持っていなくて……」
焦る美姫に、スタッフの男はハハハ……と、明るく笑った。
「来栖さんの可愛い姪子さんが会場までいらしたのに、これで中に入れなかったから俺が来栖さんからどんな仕打ち受けるか分からないですからね」
秀一さんならやりかねないかも……
美姫は男のように明るく笑うことが出来ず、曖昧な笑みを返した。
頭が……重い。
さっきからガンガンと耳鳴りがするような激しさを頭の中に感じていた。
大和にだけは…知られたくなかった……
そんな思いが浮かび上がる。
でも……なぜ?
大和を好きになろうとして……それでも、秀一さんへの想いを絶ち切ることが出来ず、大和と別れたはず、なのに……
『美姫……あの人と付き合ってるのか?』
そう聞かれた時……私は、それが、秀一さんのことではないといい、と願っていた。
『あいつ…あの人は……美姫を幸せにはできない……』
『これは……許される関係じゃ、ないんだ……』
世間やお父様やお母様より、誰よりも……大和から、その言葉を聞きたくなかった。
美姫は、右手で頭を庇うように抑えた。
秀一さんに、逢いたい。今すぐ、逢いたい。
私が好きなのは秀一さんで、秀一さんは私にとって絶対の存在で、秀一さんしか私の心の領域に入ってこられないのだと思い知らせて欲しい……
道路の端に立ち止まり、頭を抑えていた右手を軽く上げるとタクシーを止めた。
早く、秀一さんのもとへ……
タクシーに乗っている間に、秀一にもうすぐ会えるのだという気持ちが美姫をようやく落ち着かせ、頭の重みが軽減された。
タクシーから降りて、コンサートホールのロビーに足を踏み入れる。重い扉の奥からは何も聞こえて来ず、ロビーは不思議な程に静まり返っていた。時計を見るともう既に終演時間だが、まだ誰も会場から出てくる気配はなかった。
ここまで来てしまったけど、どうしよう……
会場の扉の前で美姫は立ち竦んだ。もし演奏中なら、今扉を開けると観客に迷惑がかかる。
「チケットはお持ちですか?もう開演してからだいぶたっているので、中に入ることが出来るか分からないですが……」
後ろを振り向くと、警備の制服を着ている。だが、いつもの顔見知りの男ではなかった。警備員もまさかこんな時間に客が入ってくるとは思っていなかったようで、困惑しているのが見て取れた。
チケット……今日ここに来る予定じゃなかったから、持ってない……
美姫は警備員に言われて、自分がチケットすら持っていなかったことに初めて気がついた。いつもなら顔見知りの警備員が顔パスで通してくれるが、ここで新入りの男に来栖秀一の姪だと説明して中に入れるまでには相当時間がかかる。
「あ、あの…」
言うべき言葉を探しあぐねていた美姫に、遠くから声が掛かった。
「あれっ、来栖さんの姪子さんじゃないですか!」
昨日コンサートホールで秀一に話しかけていたスタッフが、手を振りながら美姫の方へと近付いてきた。知り合いに声を掛けてもらえたことで緊張が緩み、美姫はホッと息を吐いた。
「こんにちは……」
軽くお辞儀をして挨拶する。
「これからアンコールで、ザッカリーと来栖さんの連弾が始まるところですよ。さぁ、急いで、急いで!」
スタッフが軽く美姫の背中を押して、扉へと誘導しようとする。
「あ、でも私…チケットを持っていなくて……」
焦る美姫に、スタッフの男はハハハ……と、明るく笑った。
「来栖さんの可愛い姪子さんが会場までいらしたのに、これで中に入れなかったから俺が来栖さんからどんな仕打ち受けるか分からないですからね」
秀一さんならやりかねないかも……
美姫は男のように明るく笑うことが出来ず、曖昧な笑みを返した。
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