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卒業

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「お願い、開けて!! 今日はツアー最終日なんだよ?
 衣装担当の私がいなかったら、皆に迷惑がかかっちゃう!!」

 必死でドンドンと扉を叩きながら、美姫が訴える。

 大和はスマホを取り出して打ち込むと、ハァッと息を吐いた。

「島根さんにメール送って、美姫が急に体調が悪くなったから代わりに衣装担当に入るように頼んどいた」

 そ、んな……勝手に。

 美姫は開いた口が塞がらなかった。

「どう、して……」

 呆然とする美姫の言葉に、大和は震える拳を打ち付けた。

「んなの、お前を諦められないからに決まってんだろ!!」

 大和の両瞳からボロボロと涙が溢れ、それを手で押さえた。

「分かってんだよ、かっこ悪いって。こんなこと、するべきじゃねぇって分かってんだよ……
 けど、どうしても行かせたくない。こんなの意味ねぇって分かってても、少しでも俺の元にお前を引き止めておきたいんだ。

 誰にも、美姫を渡したくない……ック」

 美姫は精一杯体重を掛け、扉を押した。華奢な美姫が全体重を掛けて体当たりしようとも、扉はびくともしなかった。

「お、願い……お願いだから、開けて。
 大和ぉ、開けてぇぇ!!」

 何度も何度も扉を叩き、懇願する。

 扉を叩く音が、鼓膜を突き破るほどガンガンと響く。美姫の悲愴な叫び声が、大和の脳髄をジンジンと熱くさせる。

「ッッ……」

 それでも、ここを動けない。
 ここから前に、踏み出せない……

 大和は掠れた声で告げた。

「そんなに行きたいなら、何としてでも行けよ……あいつの元に、行ってみろよ」

 それを聞いた美姫は、バッと後ろを振り返った。

 その視線の先には、窓があった。

 美姫は、窓に駆け寄った。鍵を外し、窓をガラガラと開ける。2階なので、飛び降りたところで少し足を挫くぐらいだ。

 これなら、ここから逃げ出せる。

 この際、靴がないことも、スマホも財布も手にしていないことも関係ない。

 何としても、秀一さんの元に行かなければ……

 美姫は決意を胸に、窓のサッシに手を掛けた。下は芝生で、うっすらと霜がおりていた。

 大丈夫、いける。

 美姫はゴクリと唾を飲み込んだ。

 大和は扉の向こう側から聞こえる窓を開ける音を聞き、安堵と失望の混じった思いが胸の中に広がった。

 これで、いいんだ。
 美姫は何としてでも俺から逃げ、来栖秀一の元に行きたかったんだと、証明された。

 これで、いい……

 大和の躰から力が抜け、扉に凭れ掛かりながら尻を床についた。

「ッグ……ウッ、ウッ……」

 俺は、なんて諦めの悪い男だ。
 ほんと、かっこ悪すぎる……

 両手で頭を抱え、肩を大きく揺らした。

 その時、大和の耳に出て行ったはずの美姫の声が聞こえてきた。



「大和。行けない……
 このままじゃ、私……行けないよ」



 大和の動きが止まる。

「美姫、どうして……」

 美姫は、グッと喉を鳴らしてから、ゆっくりと答えた。


「大和に、前に進んで欲しいから。
 だから、大和が自らこの扉を開けて? ッグおね、がい……」
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