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苦悩 ー秀一sideー
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オフィスの扉を抜け、黒澤が表につけていた車に乗り込むと、秀一は乱暴に扉を閉めた。
ビクッと大袈裟なほどにビクついた黒澤に、秀一が苛々したように告げる。
「車を出して下さい」
「は、はいっ!」
秀一は後部座席に低く凭れ、物憂げに脚を投げ出した。
何を、しているのだ私は……
あんな男の挑発に乗せられて。
「警備会社へは?」
「はい、連絡済みです」
愛情がないと言いながらも大和に対してなんの躊躇いもなく会話が出来てしまう、無防備に口づけを許してしまう美姫に苛立ちを隠しきれず、強引に彼女の躰に火をつけ、放置してしまった。そのやり方はあまりにも自分勝手で利己的で、怒りと嫉妬に身を任せてしまった己を呪わずにはいられない。
美姫を、壊したいわけじゃない。
守りたい。幸せに、したいのに……
秀一は、思わずこめかみを押さえた。
美姫の甘く官能的な匂いが秀一の躰を纏い、蝕んでいた。下半身の中心は、その形が明らかに分かる程スラックスが高く盛り上がり、隠しきれない欲望を主張していた。ドクドクと血液が一点に向かって引っ張られながら流れ込んでくる。
「ッハァ……」
艶かしい苦悩の溜息を吐き、込み上がる肉欲をねじ伏せた。
欲望の島を出てからは、女の肌に触れていない。この二年間、禁欲的な生活の中で欲望を制御出来ているはずだったのに。
罠に嵌めたつもりでも、罠に嵌るのは私の方ですね......
あのまま美姫を奪い去ってしまいたいという衝動に駆られつつも、秀一はぎりぎりのところで押し留めた。
彼女と会う時は、いつもそうだ。
胸の中で独占欲が渦巻き、誰にも触れさせたくない、自分のものにしてしまいたいという欲望に呑み込まれそうになる。それをしないのは、そうやって無理やり奪っても、美姫自身が変わらなければ二人の未来はないと知っているからだ。
もし今の時点で美姫をウィーンに連れて行ったところで、夫や両親、財閥、そして世間への罪悪感と後悔に苛まれ、たとえ秀一と一緒にいたとしてもその罪の重さに押し潰されてしまうのは目に見えている。だからこそ、秀一はじわじわと美姫を攻め、追い込むつもりだった。
美姫にとって自分といることこそが一番の幸福だと気づかせ、何もかも捨ててもいいと覚悟させ、迷いを消させるつもりだった。
美姫自身がそう望むまで、セックスも、口づけすらしないと決めていた。それは、美姫と結婚しながら浮気した、羽鳥大和への当てつけでもあった。
3年間、触れずにいたのだ。
美姫を目の前にしても耐えられる。
そう、思っていたというのに。
現実は、得てして計画通りに進まないものです。
感情とは、実に厄介なものですね……
秀一は美しい顔を歪ませ、アンニュイな溜息を吐いた。
浮気されてもまだ形だけの夫婦関係に縋り付き、孫が欲しいという自分勝手な両親の願いを叶えようとし、財閥の信頼を失わないため、世間体を守るため自分を犠牲にすることで、皆が幸せになると信じている美姫。
彼女の躰も心も秀一を求めていながらも、そんな檻から抜け出せずにいる。
その檻を壊さなければならないのは、私ではない。
美姫、貴女なのですよ……
犠牲になることが『正義』だなんて、信じないで下さい。
秀一は瞼をギュッと閉じ、唇を震わせた。
明日からは彼女のいないウィーンで、自分は何に対して希望を持つべきかを考えた。
ビクッと大袈裟なほどにビクついた黒澤に、秀一が苛々したように告げる。
「車を出して下さい」
「は、はいっ!」
秀一は後部座席に低く凭れ、物憂げに脚を投げ出した。
何を、しているのだ私は……
あんな男の挑発に乗せられて。
「警備会社へは?」
「はい、連絡済みです」
愛情がないと言いながらも大和に対してなんの躊躇いもなく会話が出来てしまう、無防備に口づけを許してしまう美姫に苛立ちを隠しきれず、強引に彼女の躰に火をつけ、放置してしまった。そのやり方はあまりにも自分勝手で利己的で、怒りと嫉妬に身を任せてしまった己を呪わずにはいられない。
美姫を、壊したいわけじゃない。
守りたい。幸せに、したいのに……
秀一は、思わずこめかみを押さえた。
美姫の甘く官能的な匂いが秀一の躰を纏い、蝕んでいた。下半身の中心は、その形が明らかに分かる程スラックスが高く盛り上がり、隠しきれない欲望を主張していた。ドクドクと血液が一点に向かって引っ張られながら流れ込んでくる。
「ッハァ……」
艶かしい苦悩の溜息を吐き、込み上がる肉欲をねじ伏せた。
欲望の島を出てからは、女の肌に触れていない。この二年間、禁欲的な生活の中で欲望を制御出来ているはずだったのに。
罠に嵌めたつもりでも、罠に嵌るのは私の方ですね......
あのまま美姫を奪い去ってしまいたいという衝動に駆られつつも、秀一はぎりぎりのところで押し留めた。
彼女と会う時は、いつもそうだ。
胸の中で独占欲が渦巻き、誰にも触れさせたくない、自分のものにしてしまいたいという欲望に呑み込まれそうになる。それをしないのは、そうやって無理やり奪っても、美姫自身が変わらなければ二人の未来はないと知っているからだ。
もし今の時点で美姫をウィーンに連れて行ったところで、夫や両親、財閥、そして世間への罪悪感と後悔に苛まれ、たとえ秀一と一緒にいたとしてもその罪の重さに押し潰されてしまうのは目に見えている。だからこそ、秀一はじわじわと美姫を攻め、追い込むつもりだった。
美姫にとって自分といることこそが一番の幸福だと気づかせ、何もかも捨ててもいいと覚悟させ、迷いを消させるつもりだった。
美姫自身がそう望むまで、セックスも、口づけすらしないと決めていた。それは、美姫と結婚しながら浮気した、羽鳥大和への当てつけでもあった。
3年間、触れずにいたのだ。
美姫を目の前にしても耐えられる。
そう、思っていたというのに。
現実は、得てして計画通りに進まないものです。
感情とは、実に厄介なものですね……
秀一は美しい顔を歪ませ、アンニュイな溜息を吐いた。
浮気されてもまだ形だけの夫婦関係に縋り付き、孫が欲しいという自分勝手な両親の願いを叶えようとし、財閥の信頼を失わないため、世間体を守るため自分を犠牲にすることで、皆が幸せになると信じている美姫。
彼女の躰も心も秀一を求めていながらも、そんな檻から抜け出せずにいる。
その檻を壊さなければならないのは、私ではない。
美姫、貴女なのですよ……
犠牲になることが『正義』だなんて、信じないで下さい。
秀一は瞼をギュッと閉じ、唇を震わせた。
明日からは彼女のいないウィーンで、自分は何に対して希望を持つべきかを考えた。
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