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晴天の霹靂(へきれき) ー大和回想ー
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俺の両親に会いに行く為、車を走らせる。
その助手席には、緊張でガチガチになっている美姫。そして、後部座席には凛子おばさんが座っていた。美姫とふたりで挨拶に行こうとしてたところ、凛子おばさんが自分も俺の両親に挨拶をしたいからと申し出て、一緒に会いに行くことになったのだった。
美姫が来栖秀一のマネージャーと話し合っている間、俺はひろ兄に連絡していた。俺は親父と折り合いが悪いから、秘書を務めているひろ兄を介して話を通してもらう方がスムーズにいくからだ。
ひろ兄には、美姫との婚約を家族に報告したいからと説明しておいた。
それから夕方に連絡がきて、午後8時に顔を合わせることになった。
呼び出されたのは実家ではなく、赤坂の料亭。一見お断りの店で、親父が大物政治家との懇親とかでよく使う店だ。小さかった頃、俺も何回か連れてきてもらったことがある。それはもちろん会合とか懇親会目的ではなく、ただ親父の芸者遊びに付き合わされただけだ。
俺はそこで出される子供向けの会席弁当が好きだった。
料亭には親父やひろ兄だけでなく、お袋と大兄も来るとのことだった。家族全員揃うことなんて後援会とか特別なパーティーぐらいでしかないから、俺も緊張が高まってくる。
赤坂駅すぐの飲食街にあるその料亭には駐車場がないので、駅の近くのコインパーキングに停めてから歩く。
俺の記憶にあった街並みは一新され、料亭やナイトクラブ、キャバレーなどの店が姿を消し、代わりに韓国料理店や中華料理店、エスニック料理店なんかが目立っていた。そんな中、その料亭だけはまるで周囲とは無関係のように昔ながらの佇まいを残していた。
墨のように深い黒壁に、淡い白黄色の電灯に照らされた看板。壁と同じ炭黒色の大暖簾がかかり、白抜きで入った店の屋号が際立って見える。
暖簾をくぐり、短いながらも美しく整えられた中庭の石畳を抜ける。格子戸を開けた途端、眩しいくらいの光に包まれる。
目をギュッと瞑ると、懐かしい店の女将の和やかな声に迎え入れられた。
「羽鳥の大和坊っちゃまですね。
まぁまぁ、立派な男性になられましたこと」
わわっ、女将......
こんな歳になっても「坊っちゃま」と呼ばれ、美姫の手前恥ずかしくて顔が熱くなって思わず顔を俯かせながら「ご無沙汰しています......」と言った。後ろで美姫がクスッと笑ったのが分かって、ますます恥ずかしくなって居た堪れない。
「こちらは来栖美姫様とお母様の凛子様でございますね。羽鳥様より伺っております。
ささ、こちらへどうぞ」
女将が、美しい所作で腰を折った。
真新しい畳から匂い立つい草と上品な木の香りのする廊下を、女将の案内に従って歩く。女将の止まった先には、和の雰囲気に合わせて黒塗りのエレベーターがある。
ここは、平屋造りではなく、地下1階、地上6階となっている。情緒がないって言ってしまったらそうだが、赤坂という立地を考えれば仕方のないことだ。
5階で降り、「浮舟」と書かれた提灯が吊り下げられている部屋の前で女将が立ち止まった。優美に着物を膝の後ろに巻き込んで座り、障子に手を掛ける。
「お連れ様がお着きになりました」
障子が開いた先には親父が踏ん反り返って肘掛けに肘を凭れさせ、芸妓に酒を注がせていた。
こんな時まで芸妓呼ぶなよ、親父......
呆れながらその隣を見ると、お袋も他の芸妓たちと話し込み、盛り上がっている様子だった。そんな両親を気にも留めることなく、ひろ兄と大兄は久しぶりの兄弟の再会を祝うかのように、寛いだ雰囲気で酒を酌み交わしていた。
なんなんだ、この緊張感のなさは......
「あ。あの......ご無沙汰、しております。
来栖、美姫です」
美姫が俺の後ろから顔を見せ、深くお辞儀をした。
その助手席には、緊張でガチガチになっている美姫。そして、後部座席には凛子おばさんが座っていた。美姫とふたりで挨拶に行こうとしてたところ、凛子おばさんが自分も俺の両親に挨拶をしたいからと申し出て、一緒に会いに行くことになったのだった。
美姫が来栖秀一のマネージャーと話し合っている間、俺はひろ兄に連絡していた。俺は親父と折り合いが悪いから、秘書を務めているひろ兄を介して話を通してもらう方がスムーズにいくからだ。
ひろ兄には、美姫との婚約を家族に報告したいからと説明しておいた。
それから夕方に連絡がきて、午後8時に顔を合わせることになった。
呼び出されたのは実家ではなく、赤坂の料亭。一見お断りの店で、親父が大物政治家との懇親とかでよく使う店だ。小さかった頃、俺も何回か連れてきてもらったことがある。それはもちろん会合とか懇親会目的ではなく、ただ親父の芸者遊びに付き合わされただけだ。
俺はそこで出される子供向けの会席弁当が好きだった。
料亭には親父やひろ兄だけでなく、お袋と大兄も来るとのことだった。家族全員揃うことなんて後援会とか特別なパーティーぐらいでしかないから、俺も緊張が高まってくる。
赤坂駅すぐの飲食街にあるその料亭には駐車場がないので、駅の近くのコインパーキングに停めてから歩く。
俺の記憶にあった街並みは一新され、料亭やナイトクラブ、キャバレーなどの店が姿を消し、代わりに韓国料理店や中華料理店、エスニック料理店なんかが目立っていた。そんな中、その料亭だけはまるで周囲とは無関係のように昔ながらの佇まいを残していた。
墨のように深い黒壁に、淡い白黄色の電灯に照らされた看板。壁と同じ炭黒色の大暖簾がかかり、白抜きで入った店の屋号が際立って見える。
暖簾をくぐり、短いながらも美しく整えられた中庭の石畳を抜ける。格子戸を開けた途端、眩しいくらいの光に包まれる。
目をギュッと瞑ると、懐かしい店の女将の和やかな声に迎え入れられた。
「羽鳥の大和坊っちゃまですね。
まぁまぁ、立派な男性になられましたこと」
わわっ、女将......
こんな歳になっても「坊っちゃま」と呼ばれ、美姫の手前恥ずかしくて顔が熱くなって思わず顔を俯かせながら「ご無沙汰しています......」と言った。後ろで美姫がクスッと笑ったのが分かって、ますます恥ずかしくなって居た堪れない。
「こちらは来栖美姫様とお母様の凛子様でございますね。羽鳥様より伺っております。
ささ、こちらへどうぞ」
女将が、美しい所作で腰を折った。
真新しい畳から匂い立つい草と上品な木の香りのする廊下を、女将の案内に従って歩く。女将の止まった先には、和の雰囲気に合わせて黒塗りのエレベーターがある。
ここは、平屋造りではなく、地下1階、地上6階となっている。情緒がないって言ってしまったらそうだが、赤坂という立地を考えれば仕方のないことだ。
5階で降り、「浮舟」と書かれた提灯が吊り下げられている部屋の前で女将が立ち止まった。優美に着物を膝の後ろに巻き込んで座り、障子に手を掛ける。
「お連れ様がお着きになりました」
障子が開いた先には親父が踏ん反り返って肘掛けに肘を凭れさせ、芸妓に酒を注がせていた。
こんな時まで芸妓呼ぶなよ、親父......
呆れながらその隣を見ると、お袋も他の芸妓たちと話し込み、盛り上がっている様子だった。そんな両親を気にも留めることなく、ひろ兄と大兄は久しぶりの兄弟の再会を祝うかのように、寛いだ雰囲気で酒を酌み交わしていた。
なんなんだ、この緊張感のなさは......
「あ。あの......ご無沙汰、しております。
来栖、美姫です」
美姫が俺の後ろから顔を見せ、深くお辞儀をした。
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