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足枷
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テーブルの前に座り込む美姫の目の前に紅茶の入ったティーカップが置かれた。
「落ち着いた?」
加代子が優しく声を掛け、美姫は小さく頷いた。
「は、い...ありがとうございます......」
今回の一連の出来事で、加代子に秀一との関係のことを気づかれてしまったかもしれないという不安があったが、時間を取り戻すことは出来ない。
おずおずと手を伸ばし、ティーカップを両手で受け止め、ゆっくりと口に含んだ。その温かさが喉を伝って胃まで浸透していく感触が、美姫の波立っていた心を穏やかにしていく。
「なんか...すみません。取り乱してしまって」
加代子は深刻な美姫とは対照的なほどカラッとした様子だった。
「まぁね、生きてりゃ色々あるわよ」
その強さが美姫には眩しく、そして羨ましく思えた。
「私も...加代子さんみたいに強くなりたいです」
「ふふっ、そうなるにはあと20年は修行が必要ね。うーん、結婚して、子供産んで、離婚したらそれぐらい強くはなれるかも」
そんな加代子の慰めも、結婚や子供を産むことを考えられない美姫には笑えない冗談だった。
「来栖さんと美姫さんって、よっぽど強い絆があるのね」
加代子の言葉に美姫はドキリと心臓が跳ねた。
どこまで話していいのか迷いつつも、自分の胸の内を誰かに聞いて欲しくて......ポツリ、ポツリと話し出した。
「しゅ...いち、さんは、両親が仕事で忙しくて不在がちだった私の面倒を幼い頃から見てくれてて......一番近い存在なんです。だ、から...秀一さんがウィーンに行くことが、寂しくて......」
私はちゃんと、説明できているだろうか。加代子さんに変な疑いをかけられていないだろうか......
強い不安に襲われ、顔を上げることができない。
それでも誰かに頼りたくて仕方ない、なんて......私は本当に弱くて、我儘な人間だ。
「まぁ、モルテッソーニにしても美姫さんにしても、それぞれの言い分は分からないではないけどさ。結局、決めるのは本人なのよ。
来栖さんが高校生の時に留学しないって決断したのは美姫さんのことを考えてのことかもしれないけれど、それが彼の意思だった。だから、それで美姫さんが悩む必要なんてこれっぽっちもないわ。
それに、将来もし来栖さんがこっちに住む決断をしたとしても、それは彼の意思だから、美姫さんは辛いかもしれないけど、反対することはできない。人の意見を聞いたりして考えを変えることはあるかもしれないけれど、自分の未来を切り開くことが出来るのは自分自身でしかないんだから。
来栖さんは昔の自分の決断を後悔するような人とはとても思えないけど。どう?」
そう言われて、美姫はコクンと首を下げた。
「そういう人では...ないと思います」
「ね?」加代子の励ますような笑顔に、ようやく美姫は顔を上げることが出来た。
「落ち着いた?」
加代子が優しく声を掛け、美姫は小さく頷いた。
「は、い...ありがとうございます......」
今回の一連の出来事で、加代子に秀一との関係のことを気づかれてしまったかもしれないという不安があったが、時間を取り戻すことは出来ない。
おずおずと手を伸ばし、ティーカップを両手で受け止め、ゆっくりと口に含んだ。その温かさが喉を伝って胃まで浸透していく感触が、美姫の波立っていた心を穏やかにしていく。
「なんか...すみません。取り乱してしまって」
加代子は深刻な美姫とは対照的なほどカラッとした様子だった。
「まぁね、生きてりゃ色々あるわよ」
その強さが美姫には眩しく、そして羨ましく思えた。
「私も...加代子さんみたいに強くなりたいです」
「ふふっ、そうなるにはあと20年は修行が必要ね。うーん、結婚して、子供産んで、離婚したらそれぐらい強くはなれるかも」
そんな加代子の慰めも、結婚や子供を産むことを考えられない美姫には笑えない冗談だった。
「来栖さんと美姫さんって、よっぽど強い絆があるのね」
加代子の言葉に美姫はドキリと心臓が跳ねた。
どこまで話していいのか迷いつつも、自分の胸の内を誰かに聞いて欲しくて......ポツリ、ポツリと話し出した。
「しゅ...いち、さんは、両親が仕事で忙しくて不在がちだった私の面倒を幼い頃から見てくれてて......一番近い存在なんです。だ、から...秀一さんがウィーンに行くことが、寂しくて......」
私はちゃんと、説明できているだろうか。加代子さんに変な疑いをかけられていないだろうか......
強い不安に襲われ、顔を上げることができない。
それでも誰かに頼りたくて仕方ない、なんて......私は本当に弱くて、我儘な人間だ。
「まぁ、モルテッソーニにしても美姫さんにしても、それぞれの言い分は分からないではないけどさ。結局、決めるのは本人なのよ。
来栖さんが高校生の時に留学しないって決断したのは美姫さんのことを考えてのことかもしれないけれど、それが彼の意思だった。だから、それで美姫さんが悩む必要なんてこれっぽっちもないわ。
それに、将来もし来栖さんがこっちに住む決断をしたとしても、それは彼の意思だから、美姫さんは辛いかもしれないけど、反対することはできない。人の意見を聞いたりして考えを変えることはあるかもしれないけれど、自分の未来を切り開くことが出来るのは自分自身でしかないんだから。
来栖さんは昔の自分の決断を後悔するような人とはとても思えないけど。どう?」
そう言われて、美姫はコクンと首を下げた。
「そういう人では...ないと思います」
「ね?」加代子の励ますような笑顔に、ようやく美姫は顔を上げることが出来た。
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