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恋しい……
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ホーフブルク王宮ミヒャエル門へとたどり着くと、以前に通った際には人通りがなく、寂しい雰囲気すら漂っていたのに、昼間のこの時間には大勢の観光客が押し寄せ、長蛇の列が出来ていた。
秀一が事前に「シシィチケット」という前売り券を3人分購入しておいて渡してくれたため、混み合っている正面入口ではなく、王宮中庭にあるカフェの隣の入口からスムーズに入ることが出来た。
「さすが、秀一だな」
美姫も、秀一がチケットを購入していたことは知らなかったため、その手際のよさに驚いた。
外観からもかなり広いとは感じていたが、中にはたくさんの建物や広場があり、想像以上の広大さだった。宮廷銀器コレクションを見学した後、階段を登り、シシィ・ミュージアムへ。フランツ・ヨーゼフ1世の妃エリーザベト、愛称シシィはその類稀なる美貌によって人々から賞賛され、今や宗教的な崇拝の対象にまでなっている程だ。そんな彼女をめぐる伝説と史実を対比した展示品は非常に興味深かった。
マリア・テレジアも住んでいたレオポルト宮をまわり、そこからスイス門へ。左側にある階段を上ったところに王宮礼拝堂があった。
美姫はガイドブックを片手に両親に話しかけた。
「ここで毎週日曜と祝祭日のミサには世界でも有名な少年合唱団が賛美歌を歌うそうですよ。聴いてみたいなぁ......」
「『天使の歌声』と称される程ですものね。近くで聴いたらどんなに美しいんでしょうね」
凛子も美姫の言葉に頷いて微笑んだ。観光している間、美姫は両親のすぐ後ろ、または凛子の隣に並んで歩くようにしていた。
もし、少しでも父に触れてパニックを起こすことのないように。
そんな気遣いをしなければならないことを美姫は心苦しく思い、誠一郎の笑顔を見るたびに胸が締め付けられるように痛んだが、あくまでも自然に見えるように振る舞った。
数々の観光名所をまわるのに両親は夢中で、美姫は建物や美術品についての感想や意見などをふたりと話すことに終始し、秀一の話題が上がることはなかった。だが美姫は、両親と一緒にいても秀一のいない寂しさが常に付き纏い、今頃何をしているのだろう...と、ことあるごとに考えずにはいられなかった。
両親とディナーを済ませ、ホテルに帰ってきた時にはもう10時を回っていた。
「では、また明日の朝......」
美姫は両親よりも先にエレベーターを降り、上階の部屋に滞在する両親を見送った後、再びエレベーターのボタンを押した。一刻も早く秀一に会いたい気持ちでいっぱいだった。
秀一さん、帰ってきてるかな......
明日はクリスマスイブで、秀一はモルテッソーニの主催するクリスマスコンサートに特別ゲストで出演すると聞いていた。
不安と期待で緊張が高まっていると、エレベーターが到着する音が響いた。誰もいないエレベーターに一人乗り、最上階へと向かう。電子キーで扉を開けると、真っ暗な部屋の奥に煌めくウィーンの夜景が美しく浮かび上がって見えた。秀一とふたりでみれば、それは胸を踊らせる光景だが、ひとりで見つめる美姫にとっては物哀しい光景でしかなかった。
秀一さん......まだ、帰ってきてないんだ。
美姫が落胆した途端、ガチャッと扉が開く音が後ろで響いた。
秀一が事前に「シシィチケット」という前売り券を3人分購入しておいて渡してくれたため、混み合っている正面入口ではなく、王宮中庭にあるカフェの隣の入口からスムーズに入ることが出来た。
「さすが、秀一だな」
美姫も、秀一がチケットを購入していたことは知らなかったため、その手際のよさに驚いた。
外観からもかなり広いとは感じていたが、中にはたくさんの建物や広場があり、想像以上の広大さだった。宮廷銀器コレクションを見学した後、階段を登り、シシィ・ミュージアムへ。フランツ・ヨーゼフ1世の妃エリーザベト、愛称シシィはその類稀なる美貌によって人々から賞賛され、今や宗教的な崇拝の対象にまでなっている程だ。そんな彼女をめぐる伝説と史実を対比した展示品は非常に興味深かった。
マリア・テレジアも住んでいたレオポルト宮をまわり、そこからスイス門へ。左側にある階段を上ったところに王宮礼拝堂があった。
美姫はガイドブックを片手に両親に話しかけた。
「ここで毎週日曜と祝祭日のミサには世界でも有名な少年合唱団が賛美歌を歌うそうですよ。聴いてみたいなぁ......」
「『天使の歌声』と称される程ですものね。近くで聴いたらどんなに美しいんでしょうね」
凛子も美姫の言葉に頷いて微笑んだ。観光している間、美姫は両親のすぐ後ろ、または凛子の隣に並んで歩くようにしていた。
もし、少しでも父に触れてパニックを起こすことのないように。
そんな気遣いをしなければならないことを美姫は心苦しく思い、誠一郎の笑顔を見るたびに胸が締め付けられるように痛んだが、あくまでも自然に見えるように振る舞った。
数々の観光名所をまわるのに両親は夢中で、美姫は建物や美術品についての感想や意見などをふたりと話すことに終始し、秀一の話題が上がることはなかった。だが美姫は、両親と一緒にいても秀一のいない寂しさが常に付き纏い、今頃何をしているのだろう...と、ことあるごとに考えずにはいられなかった。
両親とディナーを済ませ、ホテルに帰ってきた時にはもう10時を回っていた。
「では、また明日の朝......」
美姫は両親よりも先にエレベーターを降り、上階の部屋に滞在する両親を見送った後、再びエレベーターのボタンを押した。一刻も早く秀一に会いたい気持ちでいっぱいだった。
秀一さん、帰ってきてるかな......
明日はクリスマスイブで、秀一はモルテッソーニの主催するクリスマスコンサートに特別ゲストで出演すると聞いていた。
不安と期待で緊張が高まっていると、エレベーターが到着する音が響いた。誰もいないエレベーターに一人乗り、最上階へと向かう。電子キーで扉を開けると、真っ暗な部屋の奥に煌めくウィーンの夜景が美しく浮かび上がって見えた。秀一とふたりでみれば、それは胸を踊らせる光景だが、ひとりで見つめる美姫にとっては物哀しい光景でしかなかった。
秀一さん......まだ、帰ってきてないんだ。
美姫が落胆した途端、ガチャッと扉が開く音が後ろで響いた。
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