215 / 1,014
嘘 ー美姫回想ー
3
しおりを挟む
すると、秀一さんがほんの僅かパソコンの画面へと顔を近づけた。
「兄様、美姫は最近体調を崩して大学を休んでいたのですから、大学のことなんて何も話すことはないですよ。美姫が困っているでしょう?」
「おぉ、そうだったな。すまん、すまん」
「申し訳ないのですが、これから所用でして。美姫の新居の契約に際して本人に確認して頂かなくてはならない事項がありましたので、こちらに来て頂いていたのですよ」
す、凄い……こんなに淀みなくスラスラと……
秀一さんの咄嗟の機転に感謝しつつ、なんの躊躇いもなく嘘をつけてしまう秀一さんを感動にも似た気持ちで見つめていた。
「そうか、年明けに引っ越しだったな。悪いな、何もかも秀一に任せてしまって」
「私は構いませんよ。可愛い姪の為ですから…」
『可愛い姪の為』そう言った後、秀一さんの重なった手に力がこもる。
私を安心させるために......
「ではお父様、お母様、また後ほど……
旅行、楽しみにしていますね」
にこやかな笑みを見せると、両親へ別れを告げた。
Skypeを終えた途端、どっと疲弊が押し寄せてきた。
「大丈夫ですか?」
秀一さんが背中を優しく撫でてくれる。
「えぇ、驚きましたけど…大丈夫です。
......それにしても、ちょうどこの時期にドイツで大きな商談が入ったなんて、すごい偶然ですよね」
私の言葉に、秀一さんの眼鏡の奥の切れ長の目が細められた。
「えぇ、ほんとに……」
え…もしか、して……これって実は……
一つの考えが頭を過るけれど、それ以上追求することはせず、これは偶然だと自分に言い聞かせた。
「本当はずっと美姫とふたりで過ごしたいのですが、あちらでの仕事のスケジュールが23日以降は立て込んでまして。美姫を一人にして寂しい思いをさせるよりは、兄様たちと家族水入らずで過ごせた方がよいかと思ったのですよ。
それに……余計な疑いをかけられなくて済みますしね」
秀一さんはいつも私のことを気遣っていてくれる。一緒にいたいという感情だけで動いてしまっている私とは違い、ちゃんと周りの状況も考えて行動してくれている……
それは、ふたりの関係を大切にしたいからなのだ、という秀一さんの思いが伝わってきた。
「ありがとうございます。とても、嬉しいです。
ふふっ…お父様たちと旅行なんて、本当に久しぶり...…」
けれど、胸に渦巻く不安もあった。
先程skypeした時には話すことが出来なかったけれど......
「あの事件のことは…」
躊躇いがちに切り出した私に、秀一さんがはっきりと言った。
「兄様たちには、話す必要はないかと」
「え……」
「兄様たちは美姫が日本で楽しい大学生活を送っていると信じています。美姫もあの事を話すのは思い出して辛いでしょうし、お互いの為にも話さない方がよいのではないでしょうか」
「美姫の決めることですが」と、最後に付け加えて秀さん一が言った。
そう、なの? 話さなくても、いいの?
…確かに私がその話をしたら、お父様もお母様も私以上に悲しみ、傷ついてしまうに違いない。
私は……
「そうですね……話すのは、やめておきます」
幸せな娘を、演じていたい。
秀一さんが私の手を引き寄せた。
「貴女の辛さや苦しみは、全て私が受け止めますから……私にだけ、本当の貴女を見せてください」
包み込まれていた手が握られ、秀一さんの温かい熱が私の不安を和らげていくようだった。
「兄様、美姫は最近体調を崩して大学を休んでいたのですから、大学のことなんて何も話すことはないですよ。美姫が困っているでしょう?」
「おぉ、そうだったな。すまん、すまん」
「申し訳ないのですが、これから所用でして。美姫の新居の契約に際して本人に確認して頂かなくてはならない事項がありましたので、こちらに来て頂いていたのですよ」
す、凄い……こんなに淀みなくスラスラと……
秀一さんの咄嗟の機転に感謝しつつ、なんの躊躇いもなく嘘をつけてしまう秀一さんを感動にも似た気持ちで見つめていた。
「そうか、年明けに引っ越しだったな。悪いな、何もかも秀一に任せてしまって」
「私は構いませんよ。可愛い姪の為ですから…」
『可愛い姪の為』そう言った後、秀一さんの重なった手に力がこもる。
私を安心させるために......
「ではお父様、お母様、また後ほど……
旅行、楽しみにしていますね」
にこやかな笑みを見せると、両親へ別れを告げた。
Skypeを終えた途端、どっと疲弊が押し寄せてきた。
「大丈夫ですか?」
秀一さんが背中を優しく撫でてくれる。
「えぇ、驚きましたけど…大丈夫です。
......それにしても、ちょうどこの時期にドイツで大きな商談が入ったなんて、すごい偶然ですよね」
私の言葉に、秀一さんの眼鏡の奥の切れ長の目が細められた。
「えぇ、ほんとに……」
え…もしか、して……これって実は……
一つの考えが頭を過るけれど、それ以上追求することはせず、これは偶然だと自分に言い聞かせた。
「本当はずっと美姫とふたりで過ごしたいのですが、あちらでの仕事のスケジュールが23日以降は立て込んでまして。美姫を一人にして寂しい思いをさせるよりは、兄様たちと家族水入らずで過ごせた方がよいかと思ったのですよ。
それに……余計な疑いをかけられなくて済みますしね」
秀一さんはいつも私のことを気遣っていてくれる。一緒にいたいという感情だけで動いてしまっている私とは違い、ちゃんと周りの状況も考えて行動してくれている……
それは、ふたりの関係を大切にしたいからなのだ、という秀一さんの思いが伝わってきた。
「ありがとうございます。とても、嬉しいです。
ふふっ…お父様たちと旅行なんて、本当に久しぶり...…」
けれど、胸に渦巻く不安もあった。
先程skypeした時には話すことが出来なかったけれど......
「あの事件のことは…」
躊躇いがちに切り出した私に、秀一さんがはっきりと言った。
「兄様たちには、話す必要はないかと」
「え……」
「兄様たちは美姫が日本で楽しい大学生活を送っていると信じています。美姫もあの事を話すのは思い出して辛いでしょうし、お互いの為にも話さない方がよいのではないでしょうか」
「美姫の決めることですが」と、最後に付け加えて秀さん一が言った。
そう、なの? 話さなくても、いいの?
…確かに私がその話をしたら、お父様もお母様も私以上に悲しみ、傷ついてしまうに違いない。
私は……
「そうですね……話すのは、やめておきます」
幸せな娘を、演じていたい。
秀一さんが私の手を引き寄せた。
「貴女の辛さや苦しみは、全て私が受け止めますから……私にだけ、本当の貴女を見せてください」
包み込まれていた手が握られ、秀一さんの温かい熱が私の不安を和らげていくようだった。
0
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡
雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる