上 下
11 / 156

10.余韻

しおりを挟む
「よく眠れましたか?」

 甘い口づけの余韻に浸りながらステファンの胸に頭を預けるサラの髪を一束指に絡め、ステファンが優しくそれに口づけて尋ねた。

 壁掛けのクリスタル時計に目をやると、既に時刻は4時を回っていた。

「はい、そうみたいです。起きたら、一瞬どこにいるのか分かりませんでした」

 ステファンは、クスリと笑みを溢した。

「えぇ。あの濡れたシーツで寝かせるのはと思い、ゲストルームに運んだのですよ」

 そ、そうでしたわ! 私、なんてことを!!

 昨夜の秘事が急速に頭の中で再現されて、逃げ出したいほどの恥ずかしさに襲われる。

「す、すみません、私……」
「謝ることではありませんよ。サラと私の愛の交わりの残痕を愛おしいと思いこそすれ、不快に思う気持ちなどありませんから」

 ステファンは完璧な笑みを浮かべて、ニコリと微笑んだ。

 愛の交わりの、残痕……

 その言葉にカーッと熱くなった顔を隠すように、サラは俯いた。

「わ、たくし……シャワーを浴びてきますね」

 ステファンの膝から下りようとすると、下半身がズキッと痛み、蹌踉めきそうになった。そのサラの躰を、ステファンの逞しい腕が抱き留める。

「昨日は無理をさせてしまい、申し訳ありませんでした。美しい貴女の姿を前に、欲情を抑えることが出来ませんでした。
 まだ、躰が痛むのでしょう? 私がお手伝いしましょうか?」
「い、いえ……ひとりで、大丈夫ですので」

 サラはステファンの腕から逃れ、そそくさとバスルームへと向かった。

「はぁーーーっ」

 浴室の扉を閉めると、サラは盛大に息をついた。

 ステファンといると、心臓がいくつあっても足りなさそうです……

 ドレスに手を掛けようとすると、浴室の扉がノックされた。

「はい......」

 扉を開けると、ステファンがドレスを手に立っていた。

「こちらを。気に入って頂けるといいのですが」

 渡されたのは、ラベンダー色のイブニングドレスだった。ノースリーブで胸元がハート形になったセクシーなスタイルでありながら、オーガンジー素材のドレープが胸元の裾から腕を通って背中までかかってあり気品にも満ちていた。背中は肩甲骨が美しく見えるように計算しつくされたデコルテで裾のV字を埋めるようにスワロフスキーがあしらわれていた。

「同じシリーズでバッグと靴もついでに買っておきましたので、それも後で見てみて下さい」
「あ、ありがとうございます……」

 あまりにもスマートなステファンの対応に、サラはただ単純に御礼を言うことしかできずにいた。

 もっと、気の利いたことを言えたらいいのに……

「では……」

 そんなサラを気にすることなく、ステファンは静かに扉を閉めた。

 なんだか......まだ、夢の中にいるみたいです。

 シャワーを浴び終えると、ステファンの用意してくれたイブニングドレスに身を包んだ。胸元は空きすぎず、きつすぎず、ウエストのラインもピッタリしていて、ドレスの裾もまるでサラの身長に合わせたかのような、美しさを際立たせるのに最適な長さだった。

 まるで、オートクチュールみたいにドレスが躰に馴染んでます。
 ステファンがこのドレスを購入したのは肌を合わせる前でしたのに、それ以前から私の躰を知られてしまっていたみたい……

 そう思うだけで、サラの躰は熱く疼いた。

 ピアノの譜面に向かってペンを走らせるステファンの背中に、サラは遠慮がちに声をかけた。

「ステファン……」

 僅かに緊張して立ち尽くすサラを、ステファンがゆっくりと眺める。視姦されているかのように頭の先から足の爪先までが緊張し、サラの躰が熱くなった。

 息をつき、ステファンは瞳を揺らめかせた。

「サラ、とても美しいですよ。私の見立てに間違いはなかったようですね」

 嬉しい……

 ステファンの言葉にサラは頬を緩め、はにかんだような笑顔を見せた。まるで少女のような無垢なその笑顔は、昨夜彼に見せた色香漂う表情とはまるで別人のようだった。

 だから、こんなにも貴女に惹かれてしまうのでしょうか。貴女の、どんな表情も私が独り占めしてしまいたい。

 ステファンは立ち上がり、サラに近付くと頬を優しく包み込んだ。もう片方の手をサラの細い腰に回し、ぐっと引き寄せる。

 切ない表情で見上げたサラに、ステファンが愛情の籠った瞳で見つめ返した。

「では、出かけましょうか」
「これから、どこに行くのですか?」

 ステファンの唇がサラの綺麗な鎖骨のラインをなぞり、首筋を這い上がると耳朶を甘く噛み、腰に響く低く蕩けるような声で囁いた。

「まずは食事に……それからのことは、ご想像にお任せします」

 そんな言い方をされたら、何かを期待せずにはいられません……

 速まる鼓動を感じながらサラはステファンを見上げ、熱っぽく見つめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...