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29.煌めく世界

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 ふたりが滞在するホテルは、1876年創業以来、世界中の皇室貴族やセレブ等をゲストに迎えてきた由緒あるホテルだった。低い屋根の直方体のホテルは下から照らし出す幾つもの照明でライトアップされており、荘厳でありながらロマンチックな雰囲気を醸し出していた。大きなクリスマスツリーがライトアップして飾られており、より一層気分を盛り上げてくれる。

 ステファンのエスコートでサラはタクシーを降り、カフェ入口の先にあるエントランスへと向かった。赤い制服に身を包んだドアマンが明るい笑顔で迎えてくれる。ドアマンに笑顔を返し、エントランスを抜けてロビーへと入った。

 エントランスホールは意外にもこじんまりとしていた。ここにも大きなクリスマスツリーが置かれ、一際目を引いていた。星やサンタクロースを形どった装飾がほどこされ、ホテル内もクリスマス一色だ。中央には円形のテーブルが置かれ、天使のブロンズ像と分厚い本が置かれ、その横にはクリスマスらしく赤のポインセチアが飾られていた。

 街の中心であるにも関わらず、外からの喧騒が嘘のように静かで落ち着いた雰囲気が漂っていて、まるで別世界に踏み入れたようだった。

 サラとステファンの宿泊する部屋はフィルハーモニカー通りに面しており、ウィーン国立歌劇場ーー通称、オペラ座の真後ろに位置する高層階の角部屋のペントハウスだった。

 扉を開けてすぐに広大なリビングルームが広がり、そこには漆黒のグランドピアノが置かれていた。

「わぁっ、お部屋にピアノがあるのですね!」

 そう言ったサラに、ステファンが笑みを深めた。

「ある、というか……置いてもらったのですよ。一日でも指を動かさないと鈍りますからね」

 そう、でしたのね……

 考えてみれば、サラがステファンと一日中一緒にいる時は、必ず彼はピアノを弾いていた。プロフェッショナルのピアニストなのだから、当然といえば当然なのかもしれないが、大学生のサラにとってみれば、本当に凄い……と改めてステファンを尊敬した。

「まぁ、さすがに今日は本格的に弾くことは無理そうなので、指慣らしぐらいしか出来ませんが……
 それより、ここからの景色は素晴らしいのですよ、ほらこちらに来てみて下さい」

 ステファンがテラスの窓へと歩み寄り、サラを呼び寄せた。

「わぁ、すごいっ!!」

 テラスの窓から外を眺めると、オペラ座から遠くはラットハウスの塔まで望むことが出来た。まるで星屑を散りばめたように金色の光がキラキラと眩く街中に溢れている。

 ステファンが扉を開け、ふたりでテラスへと出た。

 窓越しに見ていた時よりも更に煌めきが増し、目に光が射し込んでくるようだ。だが、夜空の光を遮ることがないのは、ロンドンとは違い、高層ビルに囲まれていないせいだからだと気が付いた。

 ウィーン市内を一望できるここからの眺めを見る限り、建物は全て一定の高さ以上のものはない。国か市の条例により景観を害することのないよう決められているのだろう。

「お気に召して頂けましたか?」

 風が吹き付けて寒さで身震いしたサラの肩にステファンが手を回して引き寄せ、ブロンドの髪を一束掬って口づけを落とした。甘く温かなステファンの言葉と行為は、ホットチョコレートのようにサラの心の奥にじんわりと沁み込み温めてくれる。

「えぇ、とても……素敵です……」

 高層階から見える美しいウィーンの夜景を、こうして一緒にステファンと見られるなんて……幸せ。

 ステファンの愛情に包まれ、サラは胸が熱くなって涙が込み上げてきた。
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