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436.落胆

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 ハイヤーが停止した。それから暫くして、後部座席の扉がしずしずと開けられる。

「お待たせ致しました」

 類が先に降り、美羽の手を取ってエスコートする。

「ありがとうございました」

 車内でふたりが何をしていたのか、気づかないはずないのに……運転手は顔色ひとつ変えることなく、こちらに視線をちらりとも投げかけることなく、深くお辞儀をした。

 美羽も、軽くお辞儀を返す。乱れた髪は既にきっちりと整い、服にも乱れた形跡はなく、乗る前となんら変化はない。ふたりを纏う空気が、ほんのりピンクに染まっている以外は……

 走り去っていくハイヤーの音を聞きながら、類が美羽を見つめて口角を上げた。

「ミュー、そんな潤んだ瞳で僕を見てたら……僕たちがどんな関係なのか、今まで何をしてたのか、暴かれちゃうよ?」

 愉しげな口調で言われ、美羽はグッと気を引き締めた。

「分かってる、よ。
 ねぇ、類……どうか義昭さんの前では、変なことしないでね」

 美羽が念を押すと、少し先を歩いていた類がくるりと振り返る。

「変なことって、どんなこと?
 ミューは、僕がどんな人間か……僕よりも分かってるでしょ?」

 答えになっていない答えに、不安が募っていく。美羽の緊張が一気に増し、背筋を冷たい汗が流れた。

 美羽と類が降り立ったのは、義昭の働くオフィスの最寄駅近く、居酒屋やバー、風俗店等が入った雑居ビルが多く建ち並ぶ繁華街だった。

 夜のとばりが下り、賑やかな通りには風俗店の客引きや、行く当てもなく酔っ払ってフラフラと歩く年配の男性を見かける。赤や黄色やオレンジ、紫のネオンの灯りが目にギラギラと眩しく映り、都会独特の喧騒が不快に耳に響いた。

 魅惑的な幻想世界から急に現実社会へと投げ出され、心細く感じていると、類に手を引かれた。

「ミュー、こっちだよ」

 類が美羽を、すぐ目の前に建つ雑居ビルの中へと案内した。酒と油の混じる湿気たコンクリートの壁と床の臭いが鼻を突き、汚れて淀んだ空気が漂う。天井からぶら下がった蛍光灯は時々暗く点滅し、あと僅かの命であることを訴えていた。

 エレベーターの前には、既に飲み会らしき若い男女6人のグループが待っていた。

「ねぇー、今日飲むのってどんなとこぉ?」
「2時間3000万円な」
「ツマンネー。それって食べほ入ってんの? 腹減ったぁ」
「コースで、飲みほで3000円だってば。がっつきすぎだろっ!」
「入ったらまず、全員でイッキな」
「ハハッ、絶対やんねーし」

 わいわいと盛り上がる彼らに引け目を感じ、少し離れて後ろに立つ。

 大学でのサークルやゼミの飲み会に参加することが滅多になかった美羽には不慣れだし、元々こういったノリは苦手だ。たとえ彼らが同年齢だったとしても、この輪の中には加われそうにない。

 いつも、そういった時に助けてくれていたのが香織だった。自分に代わって橋渡しをしてくれ、美羽も他の友人も気を悪くしないように、うまく取り持ってくれた。

 重い気分に浸食されそうになり、類の手をギュッと握り締める。

 考えちゃ、ダメ……
 かおりんのことは、考えない。
 
 エレベーターの到着を知らせる案内音と共に扉が開くと、喋りながらぞろぞろと彼らが中に入っていく。ひとりがボタンを押し、それぞれの定位置を見つけて前に向き直ると、後ろに続く美羽と類の顔を見比べてハッとした。

 続いて視線がふたりの繋いでいる手へと移り、更に驚愕の表情を露わにする。美羽は、慌てて類の手を振り解いた。



 この感覚、久しぶりに感じる……



 美羽は彼らに背を向けて立ちながら、ピリピリとした視線を感じた。

 どうしたって双子の私たちは、世間の目を引いてしまう。恋人らしいことなんて、できるわけない。

 先ほどまで賑やかだった彼らが、一様に黙り込んでいる。だが、何か言いたくて堪らないという雰囲気がエレベーター内の空気に蔓延していた。

 チーン

 小気味良い音と共に、扉が開く。彼らの目的地である、居酒屋だった。類と美羽が一旦おりて彼らを通し、再びエレベーターへと戻る。

 扉があと少しで閉まる……という時に、隙間から大声が入り込んできた。

「ねぇ、今のふたり見たー?? 超そっくりなんですけど!! 男女で双子であんなに似るものなの!? しかも超絶美形だしっっ!!」

 美羽は肩をビクッと揺らし、全身を硬直させた。扉が完全に閉まり切る前のほんの一瞬、彼らの視線がこちらに突き刺さる。

「それな。しかも、手ぇ繋いでたのヤバくない!? ガン見しちゃったし!!」
「もしかして、なんかの撮影だったりしてー」
「え。俺、映っちゃてた? 芸能界デビュー?」
「アハハー、バーカ」

 彼らの笑い声が、遠くなっていく。

「あーあ、ほんとウザいよね。人のこととか、どうでもいいのに」

 類は興味なさそうに言ったが、美羽にとっては違う。他人の突き刺さる視線が、胸に抱いている好奇と嫌悪が、ひそやかに囁かれる言葉が、怖い。

 どうして、外になんて出ちゃったんだろう……

 後悔していると、エレベーターの案内音が響く。

「ミュー、着いたよ」

 扉が開くとすぐに、和風な佇まいの小洒落た居酒屋の引き戸が見えた。類が引き戸を開けて、美羽を店内へといざなう。

「いらっしゃいませ」

 薄暗い店内に溶け込んでしまいそうな、濃紺の作務衣に前掛けを着た女性の店員が立っていた。

「3名で予約してる内山ですが」
 
 美羽の心臓がコトリと音を立てる。



 3名。やっぱり、義昭さんも来るんだ……



 そのつもりで来たというのに、落胆している自分がいた。
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