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365.大作の奮闘

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 どうして、断れなかったんだろう……

 そんな思いが渦巻く中、美羽は重い足取りで大作の後を歩いていた。ガラガラと引き戸の音が鳴る。

 玄関には、芳子の家よりも酷い状態でゴミ袋が重なり合っていた。透明のゴミ袋の中には、不燃、可燃、資源ゴミがいっしょくたになっているのが見えた。夏であれば、更に酷い悪臭を放っていたことだろう。

 美羽の視線を感じ取り、大作が頭を掻きながらぶっきらぼうに言った。

「……ゴミの出し方を……教えてくれ、んか」
「あっ、は、はい!」

 そう答えたものの、ゴミの仕分けは地域によって異なる。琴子と一緒に台所にいる時に彼女の指示を受けて仕分けすることはあったが、詳細まで覚えていなかった。

「ゴミ出しのルールについての紙、とか家に置いてありませんか?」
「そんなもの……どこにあるか、知らん」

 そう、だよね。

 今までゴミ出しなどしたことなかったであろう大作に尋ねること自体、間違いだった。

 ふと、大作の手にしている回覧板に目が止まった。もしかしたらここに、ゴミ出しについて書かれているかもしれない。

「あの、お義父さん……その回覧板、見せていただいてもいいですか?」

 回覧板を開くと、太く大きな文字が目に飛び込んできた。

『最近、ゴミを分けずに夜中に投棄している人がいます。ゴミのルールをしっかり守り、回収日当日の朝7時から8時までに出すようにお願いします!』

 それと共に、ゴミの種類ごとの回収日やゴミの出し方についての説明が詳細にイラスト共に張り出されていた。

「あ、あのぉ……」

 美羽は言い出しにくそうに、大作を見上げた。

「もしかして……今まで、ゴミを夜中に出されてましたか?」

 大作が罰の悪そうな表情を浮かべる。

「……ぁ、あぁ。今までどうやって出したらいいか分からんからずっと溜めてたんだが、さすがに臭いがキツくなってきてな。それで、捨てた」

 やはり、このゴミについての苦情は大作に対してのものだった。

「じゃあ、まずリサイクルできる資源ゴミについて説明しますね。まず資源ゴミは、びん、かん、ペットボトル、新聞・段ボール、紙パック、雑誌・雑紙……こちらは紙って意味ですが、布類に分けられます」

 大作が目を剥いた。

「全部、分けなきゃいかんのか?」
「は、はい……そうです」

 大作は分別しないまま入れたゴミ袋に視線を落とすと、美羽へと向き直った。

「茶を入れる。もう一度、説明してくれ」

 荒れ放題の庭や玄関のゴミの状態を見て、さぞや家の中はゴミ屋敷と化しているのだろうと思っていたが、埃っぽくはあるものの、意外とゴミは散らばっていなかった。

 だが、部屋の片隅にチラシが挟まれたままの新聞が重なっているのを見て、いかに生活が荒んでいるかが垣間見えた。義昭と同じく毎朝欠かさず新聞を読んでいた大作が、新聞を読まずにそのまま放置しておくなんて、今までだったら考えられないからだ。

「座っとれ」

 そう言われて居間に座ったものの、落ち着かない。台所からは食器棚を開けたり閉めたりしている音が響いているが、一向にその音は止まない。

 ガシャーンッ!!

 食器の割れる音が響き、美羽は台所へと向かった。大作が、手で割れた湯呑みを拾っていた。

 美羽は素早く箒とちりとりを手にし、「危ないですから……」と大作を制して片付けた。

「茶葉を入れる容器が見つからんのだ」
「急須、ですか? でしたら、ここに……」

 美羽は食器棚を開け、割れた湯呑みが収まっていた隣に置いてある急須を手に取った。どうしてこんなに目立つ場所に置いてあるのに、視界に入らないのか、不思議だ。
 
「それで、茶葉は、どこだ?」
「ぁ、あの……もし良かったら、私がやりますよ?」
「そ、そうか」

 大作は大人しく引き下がったが、台所から出ていく様子はない。美羽は大作に後ろから見つめられ、居心地の悪さを感じながらも手際良くお茶の用意をし、持って来た茶菓子と共にお盆に載せた。

 台所には玄関以上のゴミ袋が大量に置いてあり、これも仕分けされずに全ていっしょくたにされていた。

 居間へと戻った美羽はお茶と茶菓子を出すと、回覧板を開いた。

 ゴミ出しのルールと共に描かれた図を示しながら、ひとつずつ丁寧に説明していく。

 まさか自分がここで、大作にゴミのルールについて教えることになるなど、思ってもみなかった。だが、ご近所トラブルを回避するためにも、しっかりと学んでもらわなくてはならない。

 その後、玄関から台所のシンク横にゴミ袋を運んだ。瓶や缶、ペットボトル、プラスチック容器は洗わずにそのまま入れられているので、袋を開けた途端に悪臭が漂った。やはり自炊はしていないらしく、大量のペットボトルや弁当の容器が入っている。

「これを、使ってください」

 美羽は掃除道具入れから二人分のビニール手袋を取り出し、ひとつを大作に渡した。

「こんな面倒なことをせんといかんのか……」

 大作はぼやきながらも、ペットボトルのラベルを剥ぎ、蓋を取り覗き、中身を水で洗い、乾かすといった作業を素直にこなしていった。

 今までこんな大作の姿など見たこともなかった美羽は驚きながらも、彼がこれからひとりで生きていくためには、今まで琴子にやらせていた家事や細かな作業をやっていかなくてはならないのだと改めて感じた。

 今まで、お義母さんがどれだけ尽くしてくれていたか気付いて、感謝と申し訳なさに繋がればいいんだけど……

 そんなことを思いながら、作業をこなしていく。

 美羽の手伝いもあり、全てのゴミの仕分け作業を終わらせることができた。

「可燃ゴミは月曜と木曜、不燃ゴミとプラスチック資源ゴミは水曜、プラスチック以外の資源ゴミは金曜になります。資源ゴミは資源ごとに箱が置かれてるので、そこに入れてください。段ボールは月に1回、第二火曜日が回収日になります」

 回覧板を確認しながら美羽が読み上げると、大作がそれを覗き込みながら頷いた。

 義昭の実家に半年に1回訪れていたが、いつも話をするのは琴子とで、大作とまともに話をしたことなどなかった。そのため、ゴミ出しについての説明が終わると、何を話していいのか分からなかった。
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