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330.苦痛な時間
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そこへ香織が控室に飛び込んできた。
「お待たせー。ごめんね、待っててもらって。今日は萌に閉店作業頼んだから、私も一緒の上がりなんだ!」
「そう、だったんだね。じゃ、帰ろっか」
かおりんが萌たんに閉店作業頼むなんて。何か用事があるのかな?
香織は制服の上からコートをサッと羽織り、バッグを肩に掛けると歩き出した。
「さっ、いこー」
あれっ? 着替えなくていいのかな……
少し疑問に感じながらも店を出て、駅へ続く道へ向かう。すると、類に引き止められた。
「そっちじゃなくて、裏だよ」
「裏?」
裏には、レストランの駐車場がある。そこには、隼斗のランドクルーザー、浩平のミニクーパーの横に、もう1台……黒いヴォクシーが停まっていた。
「実は今日、納車だったんだ」
「類、車買ったんだ!」
美羽の驚いた顔を見て、香織が嬉しそうにフフッと笑った。
「実はね、今日休憩中に類くんから納車の話を聞いてたの。でも、美羽をビックリさせたいから黙っててって口止めされてたんだぁ。
ごめんねー、あの時話せなくて!」
「そう、だったんだね……」
類と香織の内緒話が自分に関することだったと分かってホッとしたし、類が美羽を驚かせるための演出をしたかったと知って嬉しかったものの、やはりどうしても香織が自分よりも先に類から納車の話を聞いていたこと、また二人だけの秘密を持っていたことにこだわってしまう。
つまらない嫉妬……ほんとに、自分が嫌だ。
美羽は気分を変え、類の購入した車を眺めた。
「類なら、もっと小さい車を選ぶかと思ってた」
意外な気持ちで呟くと、類が嬉しそうに答えた。
「またみんなでスノボ行く予定たててるし、夏になったら浩平がサーフィンやろうって言ってるから、大きい車の方がいいと思ってさ」
「そ、う……」
そのプランに、自分は含まれていないのだと思うと寂しくなる。
類がリモコンをポケットから出し、扉を開けた。
美羽が当然のように助手席側に回ろうとしたところ、類に止められた。
「あ、ミューは後ろ乗って。かおりん、助手席!」
「はいはーい」
香織は美羽を追い越し、助手席に乗り込んだ。美羽の躰が固まる。
類が日本で買った初めての車なのに。どうして、かおりんを助手席に座らせるの……
ショックを受けつつ、美羽は開いた扉から香織の後ろの席へと座った。
新しい車独特の匂いが鼻をつく。俯くと、涙が零れそうになる。頭越しに、ふたりの会話が聞こえてくる。
「ごめんねぇ、類くん。送ってもらっちゃって」
「気にしないで。浩平がいつも送ってたみたいだけど、浩平とかおりんの家って、離れてるんでしょ?」
「そうなんだよねー。だから、いつも申し訳なくって」
「今度から上がりが一緒の時は、僕が送ってくから遠慮しなくていいよ」
「うわー、助かる! ありがとう、類くん」
藤岡の妻の事件以降も、浩平は仕事が終わってから香織を家に送っていた。だが、浩平の家は店を挟んで香織とは真逆の方向になるため、帰りがかなり遅くなるのだ。
浩平が帰りの遅い香織を家まで送ってくれていることに安堵し、感謝もしていた。だが、それが類となると、どうしても拒絶の気持ちが湧いてくる。
たとえどんなに遠くても、浩平に香織を送ってほしいと薄暗く汚い思いに支配されてしまう。
扉が自動で閉まり、美羽はシートベルトを装着した。何もかも、まだ誰にも触れられていない真新しさに、居心地が悪くなる。
「あれっ。類くんて、眼鏡かけるんだ!」
「あぁ、運転する時だけね」
ボストン型の黒フレームの眼鏡を掛けながら答える類の背中を見つめながら、胸がキュッと縮まった。
香織は類の新車に興奮し、興味津々で色々な質問をしていた。類もそれに答え、ふたりの会話が弾む。時折、香織が後ろに座っている美羽に気を遣って話しかけてくれていたが、そんな優しい労りさえ煩わしく思えてしまう。
もう、嫌……ここから、逃げ出したい。
早く。早く、かおりんの家に着いて……
美羽はじっと黙り込み、ふたりが喋る姿を避けるようにして車窓へと視線を向けたが、涙で滲んだそこからは何も見えなかった。
「お待たせー。ごめんね、待っててもらって。今日は萌に閉店作業頼んだから、私も一緒の上がりなんだ!」
「そう、だったんだね。じゃ、帰ろっか」
かおりんが萌たんに閉店作業頼むなんて。何か用事があるのかな?
香織は制服の上からコートをサッと羽織り、バッグを肩に掛けると歩き出した。
「さっ、いこー」
あれっ? 着替えなくていいのかな……
少し疑問に感じながらも店を出て、駅へ続く道へ向かう。すると、類に引き止められた。
「そっちじゃなくて、裏だよ」
「裏?」
裏には、レストランの駐車場がある。そこには、隼斗のランドクルーザー、浩平のミニクーパーの横に、もう1台……黒いヴォクシーが停まっていた。
「実は今日、納車だったんだ」
「類、車買ったんだ!」
美羽の驚いた顔を見て、香織が嬉しそうにフフッと笑った。
「実はね、今日休憩中に類くんから納車の話を聞いてたの。でも、美羽をビックリさせたいから黙っててって口止めされてたんだぁ。
ごめんねー、あの時話せなくて!」
「そう、だったんだね……」
類と香織の内緒話が自分に関することだったと分かってホッとしたし、類が美羽を驚かせるための演出をしたかったと知って嬉しかったものの、やはりどうしても香織が自分よりも先に類から納車の話を聞いていたこと、また二人だけの秘密を持っていたことにこだわってしまう。
つまらない嫉妬……ほんとに、自分が嫌だ。
美羽は気分を変え、類の購入した車を眺めた。
「類なら、もっと小さい車を選ぶかと思ってた」
意外な気持ちで呟くと、類が嬉しそうに答えた。
「またみんなでスノボ行く予定たててるし、夏になったら浩平がサーフィンやろうって言ってるから、大きい車の方がいいと思ってさ」
「そ、う……」
そのプランに、自分は含まれていないのだと思うと寂しくなる。
類がリモコンをポケットから出し、扉を開けた。
美羽が当然のように助手席側に回ろうとしたところ、類に止められた。
「あ、ミューは後ろ乗って。かおりん、助手席!」
「はいはーい」
香織は美羽を追い越し、助手席に乗り込んだ。美羽の躰が固まる。
類が日本で買った初めての車なのに。どうして、かおりんを助手席に座らせるの……
ショックを受けつつ、美羽は開いた扉から香織の後ろの席へと座った。
新しい車独特の匂いが鼻をつく。俯くと、涙が零れそうになる。頭越しに、ふたりの会話が聞こえてくる。
「ごめんねぇ、類くん。送ってもらっちゃって」
「気にしないで。浩平がいつも送ってたみたいだけど、浩平とかおりんの家って、離れてるんでしょ?」
「そうなんだよねー。だから、いつも申し訳なくって」
「今度から上がりが一緒の時は、僕が送ってくから遠慮しなくていいよ」
「うわー、助かる! ありがとう、類くん」
藤岡の妻の事件以降も、浩平は仕事が終わってから香織を家に送っていた。だが、浩平の家は店を挟んで香織とは真逆の方向になるため、帰りがかなり遅くなるのだ。
浩平が帰りの遅い香織を家まで送ってくれていることに安堵し、感謝もしていた。だが、それが類となると、どうしても拒絶の気持ちが湧いてくる。
たとえどんなに遠くても、浩平に香織を送ってほしいと薄暗く汚い思いに支配されてしまう。
扉が自動で閉まり、美羽はシートベルトを装着した。何もかも、まだ誰にも触れられていない真新しさに、居心地が悪くなる。
「あれっ。類くんて、眼鏡かけるんだ!」
「あぁ、運転する時だけね」
ボストン型の黒フレームの眼鏡を掛けながら答える類の背中を見つめながら、胸がキュッと縮まった。
香織は類の新車に興奮し、興味津々で色々な質問をしていた。類もそれに答え、ふたりの会話が弾む。時折、香織が後ろに座っている美羽に気を遣って話しかけてくれていたが、そんな優しい労りさえ煩わしく思えてしまう。
もう、嫌……ここから、逃げ出したい。
早く。早く、かおりんの家に着いて……
美羽はじっと黙り込み、ふたりが喋る姿を避けるようにして車窓へと視線を向けたが、涙で滲んだそこからは何も見えなかった。
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