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118.期待に高鳴る胸

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 大抵シャワーを浴びるだけだった美羽が、最近浅めに湯を張って半身浴をするようになった。義昭が入ったお風呂のお湯を全て抜いた後、入れ直すことも忘れない。

 お風呂から上がった美羽の全身から、高貴でいて官能的な匂いが立ち上る。それは、懐かしい薔薇の香りだった。

 今、浴室には美羽が以前愛用していたシャンプーやコンディショナー、ボディーシャンプーが揃っていた。それらは、類が購入して置いておいてくれたものだ。

 アメリカの類のゲストルームでそれを見た時は恐くて使えなかったが、浴室でこれらを見た時、美羽の手は自然と伸びていた。後ろめたさを感じつつも、それらを使うことで類に肌を撫でられているような感触がして高揚してしまう。

 バスタオルで濡れた躰を丹念にふき取ると、戸棚から薔薇のボディークリームを手に取り、肌を潤す。

 頸から鎖骨、腰のくびれ、腕、指から爪の先、そして内腿まで愛撫するかのようにゆっくりと丁寧に手で撫でていく。

 肌に艶が増している。
 内側から、女性としての潤いが満ちていくのを感じる。
 鏡に映る自分を覗き込む。

 陶器のような白い肌がピンク色に染まり、長く濃い睫毛に彩られた魅惑的な黒曜石の瞳が濡れて潤んでいる。濡羽色の美しい髪が艶やかに乱れながら顎から頸のラインへと下り、真っ赤な唇が誘うように妖しく輝きを放つ。

 それは、ずっと忘れていた『女』としての顔だった。

 今夜も類は……私を愛すのかな。

 そう考えるだけで、形のよい豊満な胸の先端の紅い蕾がキュンと硬くなり、蜜壺からジュンと愛蜜が溢れ出す。

 古い細胞が剥がれ落ち、新しい細胞へと生まれ変わっていく。『類に愛されたい』と願う、細胞へ。
 
 鏡に映る欲情の籠った自分の顔に、ゾクリと震えた。

 部屋の扉をパタンと閉めると、鍵をかける。

 もうこれは類を拒絶するためではなく、類を拒絶しているのだと自分に言い訳するための体裁を保つための儀式となっていた。

 もうひとつの理由は、義昭に行為を邪魔されないためだ。

 とはいえ、類と再会してからというものの、義昭との夜の夫婦生活はパッタリとなくなっていたので、鍵をかけていても気づかれることはない。

 以前は、夫との情事を類に知られたくないが、冷めきった夫婦生活を知られたくもないというジレンマに襲われていたが、今は完全に義昭とのセックスなど考えられなかった。



 あ。来た……



 階段を上る音が響き、トクトクと心臓が小刻みに跳ねる。

 美羽の部屋とは反対側に足音が遠ざかっていき、浴室の扉が開いて閉まる音が響いた。大抵お風呂は義昭、美羽、類の順番だった。義昭は既に自分の部屋で寝ていることだろう。


 類がシャワーを浴び始めたのを合図にドレッサーの前に座り、ドライヤーで髪を乾かし、梳かしていく。薔薇の香りに包まれながら、類からも同じ匂いがしているのだと想像すると、胸の深いところが擽られた。

 以前はそのまま寝ていたが、最近は眉を描き足し、色のついた潤い効果のあるリップを塗ってからベッドに入るようになっていた。唇同士を擦り合わせていると、シャワーの音が止まり、浴室の扉が開く音が聞こえてきた。

 ベッドに足を潜り込ませ、ライトを暗くすると横になる。美羽の緊張が高まっていく。

 それから暫くして、扉に気配が近づいた。

 類……

 この扉を開ければ、愛しい人が立っている。その胸に飛び込めば、深く愛され、再び女性としての極上の快楽と悦びを与えられる。

 強大な誘惑が美羽を捉えようと覆いかぶさってくる。

 美羽は息を潜め、じっと耐え忍んだ。

「ミュー、おやすみ……」

 類の声が聞こえると、すぐにでも追いかけたくなる。遠ざかる足音に、階段を下りていくそのステップに、寂しさを覚える。

 こんなに近くにいるのに。
 手を伸ばせない。伸ばしてはいけない。

 お互いに、強く求めあっているのに……

 美羽の理性の楔は、何かの刺激によって簡単に外れてしまいそうな程に脆くなっていた。
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