上 下
67 / 498

63.子供のいない夫婦でいること

しおりを挟む
   いつものバッグに加えてLAのスーパーマーケットで購入した頑丈な不織布ふしょくふ製の大きなショッピングバッグを肩に掛けて玄関を出ると、ちょうどパンダの顔をした可愛らしい幼稚園バスが目の前を通り過ぎ、すぐ脇で停車した。その前には紺色の帽子にセーラー服を着て、革製の茶色の斜め鞄を掛けた4人の園児が並び、その後ろに小綺麗な格好をした母親たちが立っている。

 あぁっ、タイミングまずった……

 美羽の足が止まる。いつもなら、これを避けるために早く家を出るのに、時差ぼけとそれに伴う寝不足と頭痛によって、すっかり忘れてしまっていた。

『せんせー、おはよーございまーす!!』

 バスの入口で迎え入れるエプロンを掛けた若い女の先生に、キラキラした瞳で元気に挨拶したり、ふざけあったりしながら園児たちがバスに乗り込んでいく。先生に注意されながらようやく全員が座り終えると、今度は窓から見送りのお母さんに向かって手を大きく振ったり、何か叫んでいる。

 母親たちはそれぞれ自分の子供たちに笑顔で目線を送り、手を振りながらも、もうママ同士の会話が始まっていた。その器用さに驚かされる。

 幼稚園の先生が、「では、行ってまいります」とお辞儀をすると、母親たちも軽く頭を下げ、運転手がそれを合図にバスを出発させる。

 バスはゆっくりと発車して道から遠ざかったものの、美羽の足取りが軽くなることはなかった。

 子供を見送った後も、彼女たちは最低30分はそこに居座るので、一旦家に戻ってから出直すことも出来ない。

 しかも、駅に向かうには、彼女たちの前を通り過ぎなくてはならないし、別方向に歩いて遠回りをすると電車の時間に間に合わなくなる。

 仕方なく美羽はそちらに向かって歩き出し、「おはようございます」と小さく挨拶をしてお辞儀すると、そそくさとその場を立ち去った。

 バスの停車した家の前、美羽の隣宅に住む吉田だけが「おはようございます」と高らかに挨拶し、他はつられたようにお辞儀をしただけだった。 吉田を含む3人は美羽より5つから10ぐらいは上に見えたが、1人は美羽と同じくらいの年齢のようだ。

 けれど、そこには見えないけれど超えられない壁が立ちはだかっているのだ。

 通り過ぎると、背後から突き刺さるような視線を感じる。

「ねぇ、今の人って……」

 囁くような声が耳に入ってきた。噂話をされることに慣れているせいか、この手の声は嫌でも耳が捕らえてしまう。

 美羽が住む新興住宅地は幼稚園から小学生の子供を持つ家族が殆どで、既に子供を通じた強固なネットワークが敷かれていた。美羽の知る限り、子供がいない夫婦は自分たちの他にあと1家族だけ。けれど、そこの奥さんはバリバリのキャリアウーマンで忙しいため、町内会の行事に参加することすらなく、代わりに旦那さんが参加していた。

  子供がいない自分は、例え専業主婦として家にいても、そのコミュニティーに入ることは出来ないのだと痛感する瞬間だった。

 義昭とはセックスレス気味であるどころか、アメリカで類と再会してからは夫に対して嫌悪感すら芽生えているというのに、このコミュニティーに入るために子供が欲しいという馬鹿げた考えすら浮かんでしまいそうになる。

 それほどに、美羽は仲良さそうに話している彼女らを見ていると疎外感を感じずにはいられなかった。

 ママ友同士の付き合いは大変だと話には聞くし、友人からそのたぐいの愚痴を聞かされることだってある。けれど、同じ年代の子供を持つ親同士、悩みを打ち明け合い、時には旦那の愚痴を零し、ドラマやワイドショー、近所の噂話で盛り上がれる彼らを羨ましく思ってしまうのだ。

 話し相手もなく、1日中家で家事をして、愛してもいない夫の帰りを虚しく待っているより、よっぽどいい。

 世間では『ママカースト』や『マウンティング』なんて言葉が持て囃され、いかにママ友の付き合いが大変か取り沙汰されているが、子供が欲しいのにできず、近所のコミュニティに置いていかれている主婦のことなんて理解どころか話題にもしてくれない。

 子供がいるかいないかというだけで、こんなにもはっきりと線引きされてしまうことを、美羽は結婚して初めて知った。

 美羽が今の時点で妊娠したとしても、子供が幼稚園に入る頃にはここに住む近所の子供達は小学生や中学生になっているので、また美羽は疎外感を味わうことになるかもしれない。

 それでも、夫と二人きりの生活よりはマシだ。

 もし、子供がいないままここでずっと暮らしていくことになったら……そう想像すると、空恐ろしさを感じずにはいられなかった。

 美羽は彼らの視線から逃れるように、速足で駅へと向かって歩いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...