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25.遺言書
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弁護士が到着したのは、それからたっぷり2時間は過ぎてからだった。
背の高い白人で、黒髪でありながら緑色の瞳と高い鼻が印象的だ。誠実そうな中年男性は、けれど遅れたことには全く触れず、3人に親しみを感じさせる笑顔を向けた。
「こちらはブラウン弁護士。彼は国際弁護士で、日本の法律にも詳しいんだ。
Mr.Brown, This is my sister Miu and her husband Yoshiaki」
夫である義昭も当然のように紹介され、美羽の中で少しずつ類に対する警戒心は解かれつつあった。
ブラウン弁護士は葬儀の時の参列者と同様の反応を見せ、美羽と類がそっくりなことに驚愕し、一卵性双生児であることを説明すると感嘆した。
リビングルームでブラウン弁護士を囲むように座る。
葬儀の際には心情的にも落ち着いておらず、英語が話せないこともあって父の詳しい話を聞くことが出来なかったが、ここで初めてアメリカに渡ってからの父のことを伺うことが出来た。義昭がブラウン弁護士の話を訳してくれ、類がそれに補足し、美羽はそれを熱心に聞き入った。
父である宏典は大手の日本企業で働いていたのだが、その会社がアメリカに幾つか支社を持っていたため、美羽と暮らしていた時もアメリカ出張が多かった。3年間のサンフランシスコ支社赴任という辞令に伴って類を連れて渡米したのだが、その後ヘッドハンティングにより同じ研究職である日系ではない現地の会社で働くことになってLA郊外へ引っ越し、それに伴ってスキルドワーカーとしてグリーンカード(永住権)を申請して2年後に取得したらしい。
たとえ父が長年アメリカに在住し、グリーンカードを保持していても国籍は日本になるため、遺産相続については日本の法律に従って分与される。そうブラウン弁護士は説明した上で、一枚の封筒を取り出し、テーブルに置いた。
「美羽のお父さんは遺言書を公正文書として遺し、ブラウン氏に預けていたそうだ」
義昭の言葉に、美羽は頷いた。
封が開封され、遺言書の内容が読み上げられる。
すると、それまでリラックスした表情だった類の唇がわなわなと震え、絶望に打ちひしがれたように肩を震わせた。
「る、類……どうしたの!?」
何が……書かれていたの?
不安が胸に渦巻く中、義昭も信じられないといった表情で美羽に告げる。
「遺言書には……『遺産を全て、娘である美羽に譲る』と書かれていたんだ」
「ッッ……」
どうし、て!?
義昭の話では、生命保険の受取人も当初類だったのが、美羽に書き換えられたとのことだった。
類は顔を手で覆い、低く呻いた。
「僕、は……父さんに、愛されていなかった。父さんが愛していたのは、母さんと美羽だけ。僕は……父さんに憎まれていた」
「る、い……」
そんなことない。類はお父さんに愛されていた……
そう言いたいけれど、空白の10年がその言葉を言わせてくれない。それは、自分と母の関係も変わってしまったという自身の経験もあったからだ。
何もかも、あの日を境にして変わってしまったのだ。決して取り返すことの出来ない罪。償うことすら、許されない……
「財産譲渡の為、この家も売り払うとのことだ」
「そんなことしたら、類は住む家をなくしちゃうじゃない!」
「……それが、亡くなったお父さんの遺志なんだそうだ」
「嘘……」
お父さん、どうしてこんな仕打ちを類に。この10年、ふたりはどんな暮らしをしていたの?
類を……それほどまでに、憎んでいたの?
背の高い白人で、黒髪でありながら緑色の瞳と高い鼻が印象的だ。誠実そうな中年男性は、けれど遅れたことには全く触れず、3人に親しみを感じさせる笑顔を向けた。
「こちらはブラウン弁護士。彼は国際弁護士で、日本の法律にも詳しいんだ。
Mr.Brown, This is my sister Miu and her husband Yoshiaki」
夫である義昭も当然のように紹介され、美羽の中で少しずつ類に対する警戒心は解かれつつあった。
ブラウン弁護士は葬儀の時の参列者と同様の反応を見せ、美羽と類がそっくりなことに驚愕し、一卵性双生児であることを説明すると感嘆した。
リビングルームでブラウン弁護士を囲むように座る。
葬儀の際には心情的にも落ち着いておらず、英語が話せないこともあって父の詳しい話を聞くことが出来なかったが、ここで初めてアメリカに渡ってからの父のことを伺うことが出来た。義昭がブラウン弁護士の話を訳してくれ、類がそれに補足し、美羽はそれを熱心に聞き入った。
父である宏典は大手の日本企業で働いていたのだが、その会社がアメリカに幾つか支社を持っていたため、美羽と暮らしていた時もアメリカ出張が多かった。3年間のサンフランシスコ支社赴任という辞令に伴って類を連れて渡米したのだが、その後ヘッドハンティングにより同じ研究職である日系ではない現地の会社で働くことになってLA郊外へ引っ越し、それに伴ってスキルドワーカーとしてグリーンカード(永住権)を申請して2年後に取得したらしい。
たとえ父が長年アメリカに在住し、グリーンカードを保持していても国籍は日本になるため、遺産相続については日本の法律に従って分与される。そうブラウン弁護士は説明した上で、一枚の封筒を取り出し、テーブルに置いた。
「美羽のお父さんは遺言書を公正文書として遺し、ブラウン氏に預けていたそうだ」
義昭の言葉に、美羽は頷いた。
封が開封され、遺言書の内容が読み上げられる。
すると、それまでリラックスした表情だった類の唇がわなわなと震え、絶望に打ちひしがれたように肩を震わせた。
「る、類……どうしたの!?」
何が……書かれていたの?
不安が胸に渦巻く中、義昭も信じられないといった表情で美羽に告げる。
「遺言書には……『遺産を全て、娘である美羽に譲る』と書かれていたんだ」
「ッッ……」
どうし、て!?
義昭の話では、生命保険の受取人も当初類だったのが、美羽に書き換えられたとのことだった。
類は顔を手で覆い、低く呻いた。
「僕、は……父さんに、愛されていなかった。父さんが愛していたのは、母さんと美羽だけ。僕は……父さんに憎まれていた」
「る、い……」
そんなことない。類はお父さんに愛されていた……
そう言いたいけれど、空白の10年がその言葉を言わせてくれない。それは、自分と母の関係も変わってしまったという自身の経験もあったからだ。
何もかも、あの日を境にして変わってしまったのだ。決して取り返すことの出来ない罪。償うことすら、許されない……
「財産譲渡の為、この家も売り払うとのことだ」
「そんなことしたら、類は住む家をなくしちゃうじゃない!」
「……それが、亡くなったお父さんの遺志なんだそうだ」
「嘘……」
お父さん、どうしてこんな仕打ちを類に。この10年、ふたりはどんな暮らしをしていたの?
類を……それほどまでに、憎んでいたの?
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