上 下
26 / 498

25.遺言書

しおりを挟む
 弁護士が到着したのは、それからたっぷり2時間は過ぎてからだった。

 背の高い白人で、黒髪でありながら緑色の瞳と高い鼻が印象的だ。誠実そうな中年男性は、けれど遅れたことには全く触れず、3人に親しみを感じさせる笑顔を向けた。

「こちらはブラウン弁護士。彼は国際弁護士で、日本の法律にも詳しいんだ。
 Mr.Brown, This is my sister Miu and her husband Yoshiaki」

 夫である義昭も当然のように紹介され、美羽の中で少しずつ類に対する警戒心は解かれつつあった。

 ブラウン弁護士は葬儀の時の参列者と同様の反応を見せ、美羽と類がそっくりなことに驚愕し、一卵性双生児であることを説明すると感嘆した。

 リビングルームでブラウン弁護士を囲むように座る。

 葬儀の際には心情的にも落ち着いておらず、英語が話せないこともあって父の詳しい話を聞くことが出来なかったが、ここで初めてアメリカに渡ってからの父のことを伺うことが出来た。義昭がブラウン弁護士の話を訳してくれ、類がそれに補足し、美羽はそれを熱心に聞き入った。

 父である宏典ひろのりは大手の日本企業で働いていたのだが、その会社がアメリカに幾つか支社を持っていたため、美羽と暮らしていた時もアメリカ出張が多かった。3年間のサンフランシスコ支社赴任という辞令に伴って類を連れて渡米したのだが、その後ヘッドハンティングにより同じ研究職である日系ではない現地の会社で働くことになってLA郊外へ引っ越し、それに伴ってスキルドワーカーとしてグリーンカード(永住権)を申請して2年後に取得したらしい。

 たとえ父が長年アメリカに在住し、グリーンカードを保持していても国籍は日本になるため、遺産相続については日本の法律に従って分与される。そうブラウン弁護士は説明した上で、一枚の封筒を取り出し、テーブルに置いた。

「美羽のお父さんは遺言書を公正文書として遺し、ブラウン氏に預けていたそうだ」

 義昭の言葉に、美羽は頷いた。

 封が開封され、遺言書の内容が読み上げられる。

 すると、それまでリラックスした表情だった類の唇がわなわなと震え、絶望に打ちひしがれたように肩を震わせた。

「る、類……どうしたの!?」

 何が……書かれていたの?

 不安が胸に渦巻く中、義昭も信じられないといった表情で美羽に告げる。



「遺言書には……『遺産を全て、娘である美羽に譲る』と書かれていたんだ」



「ッッ……」

 どうし、て!?

 義昭の話では、生命保険の受取人も当初類だったのが、美羽に書き換えられたとのことだった。

 類は顔を手で覆い、低く呻いた。

「僕、は……父さんに、愛されていなかった。父さんが愛していたのは、母さんと美羽だけ。僕は……父さんに憎まれていた」
「る、い……」

 そんなことない。類はお父さんに愛されていた……

 そう言いたいけれど、空白の10年がその言葉を言わせてくれない。それは、自分と母の関係も変わってしまったという自身の経験もあったからだ。

 何もかも、あの日を境にして変わってしまったのだ。決して取り返すことの出来ない罪。償うことすら、許されない……

「財産譲渡の為、この家も売り払うとのことだ」
「そんなことしたら、類は住む家をなくしちゃうじゃない!」
「……それが、亡くなったお父さんの遺志なんだそうだ」
「嘘……」

 お父さん、どうしてこんな仕打ちを類に。この10年、ふたりはどんな暮らしをしていたの?
 類を……それほどまでに、憎んでいたの?
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...