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11.父との別れ

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 葬儀はプロテスタント式で行われる。教会の入口の正面の先頭に牧師が立ち、棺を背負った係の者たちが続く。そして喪主である類、その後ろに美羽と義昭が遺族として並んで立った。

 扉の向こうからオルガンのレクイエムが響き、ガタッと椅子が鳴る音が一斉に響いた。

 扉が開き、牧師を筆頭にしずしずと入場する。伏し目がちに歩いているため、整然と並んだ長椅子の前に立つ参列者たちの顔ははっきりとは見えないものの、自分たち以外にも参列者がいたことに安堵し、異国の地で父が交流関係を築いていたことに誇りを感じた。

 絨毯が敷かれたその先の祭壇の上に棺が静かに置かれ、その上に立派な赤と白の生花が飾られる。その脇にも同じような生花が大きな花器に生けられていた。

 美羽は未だ、これが父の葬儀である実感が沸かずにいた。もしかしてあの棺には別の遺体が入っているのではないかという疑念すら、浮き上がってくる。

 牧師の言葉により参列者が席に着き、美羽も類と義昭に挟まれる形で席に座った。

 入場によって離れていた類の手が再び美羽の手を捉え、上から重ねられる。牧師が聖書を朗読して祈祷を捧げるが、美羽はとても神聖な気持ちになどなれず、黙祷に入ってようやく逃れた手に大きく息を吐いた。それなのに、離れた手をもう寂しいと求めてしまいそうになる自分がいる。

 賛美歌を奏でるオルガンの音が、教会に美しく響き渡る。美羽や義昭はただ聞き入るだけだったが、隣の類は歌詞を見ることなく賛美歌を歌っていた。喋っている時とは違う響きの、耳に心地いいテノールの類の歌声に細胞が乱され、揺さぶられる。今すぐにでもここから逃げ出したくなる気持ちを、美羽は必死に抑えた。

 その後、牧師が故人の略歴や人柄を紹介した。もちろん英語で説明がされるため、美羽には詳細は分からないが、『Mr. Uchiyama』という言葉だけは耳に届き、それが父の説明であること、やはり父は亡くなったことを思い知らしめ、哀しみの色がどんどん濃くなっていく。

 葬儀が進むにつれ、父との思い出話が語られ、参列者の中から啜り泣きが聞こえてくると、本当に父を失ったのだという哀しみがいよいよ現実のものとして押し寄せ、美羽の心が大きく波立つ。

 再びオルガン演奏が流れ、牧師が祈りを捧げて全員で賛美歌を斉唱する頃には、美羽は父との楽しかった思い出に浸り、涙を流していた。

 祭壇の棺が開けられ、先ほどの入場の時のように、牧師を先頭にして棺に向かって歩く。異なるのは、美羽たちの後ろにも一般参列者がずらっと並んでいることだった。類が献花を捧げると、チラッと振り返る。頷くと、一歩前に踏み出した。

 お父、さん……

 棺に横たわる黒いスーツを着た父は、美羽の記憶にある姿とは随分違っていた。頬がこけ、目の下が落ち窪み、白髪もところどころに生えている。それでも、これが父であることに変わりはなかった。

 お父さんっ……

「ウッ……ッグ……ウゥッ……」

 献花を握る美羽の手が震え、視界が溺れていく。

『美羽と類は、大切な宝物だよ。二人とも、愛してる……お前たちの母さんの次に、ね』

 そう微笑んだお父さんはもう、いない。
 いなくなってしまったんだ……

  突然襲われた喪失感に為すすべもなく立ち尽くしていると、「美羽、お父さんにお別れを……」と義昭に促され、ようやく美羽は父に献花を捧げた。

 退いた先には、類が瞳に涙を湛えて立っていた。

「僕がいる。僕が、いるから……ミュー」

 類に両手を広げられ、美羽は唇を震わせ、耐え切れずその胸に縋ってしまった。

「ウッ……ウゥッッ……類……」
「ミュー」

 ふたりしか知らない、父との思い出。それは、類としか共有できない。
 誰もこの哀しみを理解出来ない。類、じゃなければ……

 美羽は類に濡れた頬を擦りつけ、嗚咽を漏らした。類の鼓動が頬から伝わり、自分のそれと共鳴しているのを感じる。懐かしい、類の匂いと感触……戻るべき場所に戻ってきたという安堵がどうしようもなく広がっていく。欠けていたピースを、再び取り戻した。

 そう感じた瞬間、罪悪感という名のインクが落とされ、染みが急速に広がっていく。先ほどは類からしがみつかれて思わず抱き締めてしまったけれど、今のはそれとは違う。自分から、この胸に飛び込んでしまった。

「あ、ありがとう……もう大丈夫、だから……」

 美羽はバッと類から離れ、背を向けた。背中に視線が突き刺さる。
 類のものと、義昭のものが……
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