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ジュリエッタは、私なんですの。

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「お待たせしまして、申し訳ありませんな」

 ニコラスが少し頬を引き攣らせながら、応接間の扉を開けた。

「いえ、構いませんよ」

 ソワール子爵が、にこやかに笑みを浮かべて答える。

 細面で頬がこけていて、目の下にくっきりとくまがあり、髪の殆どが白髪で苦労が滲み出ているが、若い頃は美男子だったであろう面影が残っている。その隣に座っている子爵夫人は逆にふくよかな体型で肌艶が良く、子爵の栄養分を全て吸い取ってしまったのではないかと思わせるぐらいだった。

 ジュリエッタが応接間に入る前に父に確認したところ、アーロンの両親は今日、息子の婚約者となるジュリエッタの顔を知らずに来たとのことだった。

 ジュリエッタの方でも、両親はアーロンに会ったこともなければ、どんな容姿なのか知らないままに、両家の利害が一致していることから婚約の取り決めを交わしていた。

 婚約の準備が整わないうちに顔合わせを決めてしまうなんて、よほど両家とも早急に婚約を進めたかったのだろう。

「失礼します」

 ジュリエッタが父と母に続いて座り、その隣に女装のままのミッチェルが座る。

 ジュリエッタが少し身を乗り出し、父に視線を送った。ニコラスの額から汗が噴き出る。

「じ、実はですな……誤解が、ございまして……」
「誤解、と申しますと?」

 ソワール子爵が怪訝な表情を浮かべた。

 話が続かないニコラスに業を煮やし、ジュリエッタが話を切り出す。


「実は……ジュリエッタは、私なんですの」


 ジュリエッタが、父と母に対して絶対に譲らなかった条件。

 それは、ジュリエッタがミッチェルであるという誤解を解くということだった。

 名前を偽ったところで、いつまでも隠し通せるものではない。ジュリエッタとて目立つ存在ではないものの社交界に出ているし、婚姻だって偽の名前で神の前で誓うことなど許されない。

 ジュリエッタがミッチェルではないと知ってもアーロンがジュリエッタを受け入れ、その暁には実はミッチェルは弟で、事情により女装していたのだと告白して丸く収まるというのが、ジュリエッタの描いている理想の形だった。

「ぇ……」

 ジュリエッタの告白に、アーロンの鼻がひくついた。美しい顔が歪み、顔全体でジュリエッタを拒絶している。

 それでもジュリエッタは負けずに、再度宣言した。

「アーロン様。
 貴方の婚約者となるのは、この私……ジュリエッタです!」

 すると、アーロンが立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待ってください!
 そ、そんな……」

 今度は膝をガクリと曲げ、頭を抱えている。

「あぁ、なんてことだ……」

 ほんと、失礼な男ね。先ほどまであんなに浮かれていたのに、私がジュリエッタだと知った途端にそんな態度をとるなんて。

 そう思いつつも、アーロンを逃したらもう自分に縁談は望めないかもしれない。30、40になっても母親に付き添わされて社交界やサロンに出て、若い令嬢たちの蔑みの視線を浴びながら結婚相手を探すなんて、死んでも嫌だ。

 たとえアーロンが自分を愛してくれなくても、もう結婚相手探しをしなくてもいいのなら、それで構わない。

「アーロン様。私と結婚すれば、お父様が資金援助をくださいますのよ。豪邸を建ててくださるし、こちらから使用人も連れて行きますし、今までよりも贅沢な暮らしができますわ。
 ハームズワース家を救うことが出来ますのよ」

 こんなことは言いたくなかったが、背に腹はかえられない。

 その時、アーロンがボソッと呟いた。

「他にも、資金援助を申し出てくださっていた相手はいたというのに……」

 それを聞き、ジュリエッタの両親が耳をピクピクッと震わせ、顔を見合わせた。

 アーロンが顔を上げ、ミッチェルに視線を向ける。

「あの、こちらのご令嬢は妹君なのですよね? 妹君と婚約することは出来ないのでしょうか。
 ジュリエッタには大変申し訳ないのですが……私は、彼女に一目惚れをしてしまったのです。もう、彼女以外に婚約者は考えられません」

『えーっと、こちらは妹ではなく弟ですの。
 ですから、アーロン様。弟とは婚約できませんのよ?』

 そう言いたい気持ちをグッと押し殺し、ここは父に判断を委ねる。

 アーロンがもしジュリエッタとの婚約を拒絶し、ミッチェルとの婚約を希望した際の判断は父に任せるというのが、プランBの作戦だった。

 お父様……どうか冷静になって。
 取り返しのつかないことになる前に……

 ジュリエッタは祈りながら父の出方を待った。
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