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恋の自覚

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 ガラス細工に触れるように柔らかく彼女の手を包み込むと、僕たちはアパルトマンへと向かった。

 街灯の先にある道を過ぎて右に曲がると、赤や黄色や緑の色鮮やかな屋根が連なるアパルトマンが建ち並ぶ。その一番端にある赤の屋根が僕の住むアパルトマンだ。

 モントリオールの冬は雪深い。積雪で扉が開かなくなるのを避けるため、どの家の扉も高い位置にあり、扉まで階段が伸びていた。

 今朝雪掻きしたばかりなのに、もうこんなに積もってる……

 滑らないようにアンジュをしっかりと支えながら階段を昇る。

 築100年を超える古い造りの家は扉もかなり年季が入っていて、鍵を開けるのにもちょっとしたコツがいる。錆び付いた扉を開けると家の中は真っ暗で、全く人の気配がなかった。

 いつもは学生達で賑わうリビングルームが、クリスマスホリデーで僕以外はみな家族の元へと帰省している為、暗然としていた。

 玄関マットで雪を払うと、革靴とジャケットを脱ぐ。アンジュもそれに従って部屋履き用のブーツを脱いだ。

 リビングルームのソファを通り過ぎながら指を指す。

「ここに座ってて。今、コーヒー入れるから」

 アンジュは物珍しそうに周りをきょろきょろと窺いながらソファに腰を下ろした。

「ここ、シェアハウス? 私、こういう所来たの初めて!」

 嬉しそうに少し興奮気味に話すアンジュが可愛くて、思わず笑みが溢れる。

「大学にも近いし、部屋は狭いけど家賃は安いから、ほとんどの学生は寮に住むよりもこんな感じのアパルトマンに住んでるよ。」

 普通、これぐらいの年なら知っていそうなことだけど……どこかよそから来たのかな。

 気付くと、アンジュがキッチンまで来ていた。

「座ってたらいいのに……」

 そういう僕に、

「嬉しくて仕方ないんですもの。私、誰かの家に招待されたのも初めてだから」

 招待、っていうのかな、これは……

 そう思いつつも、アンジュの無邪気な笑みを見ていると何も言う気がおきなくなってしまう。

「コーヒー、インスタントしかないけどいいかな? 今、お湯沸かすから」

 そう言った僕に、アンジュが首を振る。

「私、コーヒー飲めないの。
 ね、ミルクある? あったかいミルクに蜂蜜入れて飲みたいな」

 その言葉に、ふと昨日食料品店で目にしたエッグノッグを買っていたのを思い出した。

「だったらさ、エッグノッグがあるけど、飲む?」

 アンジュの顔がパアッと明るくなる。

「飲みたいっ! この時期にしか飲めないものね」

 12月になると出回り始めるエッグノッグは、クリスマスの時期だけの特別な飲み物だ。濃厚な甘さのミルクシェーキにラム等のお酒を入れて飲むのだが、僕はこの喉まで絡み付くような甘さが苦手で、ここ何年か飲むことはなかった。

 なのに、なぜか昨日ふと思い立って買ってしまったのだった。

 彼女との出会いを予感して……なんてことじゃないよな。

 エッグノッグをシナモンスティックと一緒に鍋にかけ、仕上げにナツメグとオールスパイスを散らした。これは僕が育った孤児院の院長からの直伝のレシピだ。

「アンジュはいくつ?」
「えっ、年? 18だけど……」
「ならお酒は飲める年だね。ラム酒入れる?」

 ケベック州では18歳からお酒を飲むことができる。ちなみに隣のオンタリオ州は19歳からと州により異なっている。

「私お酒飲んだことないの……でも、飲んでみたい」

 18歳になってから、というよりも、それ以前にお酒を飲んでる人も多いのに珍しいな……

「じゃ、少しだけ入れるよ」

 キッチンの食器棚の上にあるラム酒を取ると、勢いがつかないように慎重に入れた。

「ルネは飲まないの?」

 僕はいいよ…そう言おうと彼女に目を向けると、その表情から一緒に飲みたいという意思がありありと窺える。

「じゃ……僕も飲むよ」

 ちょうど鍋にはあと一人分のエッグノッグが残っていた。ふたりで、マグカップに注いだエッグノッグをソファまで運んだ。

 セントラルヒーティングのお陰で部屋は暖まっていたが、彼女の冷えきった身体を早く温めてあげたくて暖炉に火をつけることにした。本当は禁止されているんだけど、僕だけがこの家にいる間、面倒くさいので薪を暖炉の隣に積んでいた。

 太い木で土台を作り、細い木を効率よく組んでいき、マッチで新聞紙に火をつけると投げ込む。その一連の作業をアンジュは注意深く見守った。

「暖炉の火って、見てるだけで身体も心も温かくなるのね」

 アンジュは柔らかく微笑んだ。

 それからアンジュは、薪と反対側に置いてある大きなクリスマスツリーに目をやった。アパルトマンのオーナーがここに本物の樅の木を持ち込み、住人である僕たちがオーナメントなどの飾り付けをするのが毎年の恒例となっていた。

 アンジュがソファから立ち上がってオーナメントのひとつひとつをゆっくりと眺めると、クリスマスツリーをぐるぐると取り巻いているライトを見つめる。

「ねぇ、これって灯りがつくの?」
「あぁ、できるけど……」

 学生達が賑わっている間は毎晩誰かが思いついたように灯りをつけていたが、ひとりになってからは面倒くさくてそのままにしていた。

「わぁっ! つけてもいい?」

 アンジュは僕の返事を待たず電源はどこかと辿っていた。

「待って。つけるから」
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