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出逢い

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 聖夜のモントリオール。

 僅かに吐き出す温かな息が次々と短く白い煙になって冷やされていく。大きく息を吸うと肺が痛くなるので、ゆっくりと口で浅い呼吸を繰り返す。

 見栄はって革靴にするんじゃなかった……

 革靴を履いた足先は硬く凍り付き、冷たいという感覚さえなくなっていた。

 クリスマスミサを終え、僕は家路を急いでいた。別に誰かが待っているからとかではなく、ただ単に寒さから逃れたいだけだ。

 教会で感じた熱気と喧噪はそこを離れるとともに遠く退いていき、今はただ革靴が雪に埋まりながらギュッギュッと出す足音だけが静寂の中に響いていた。いつもなら人で賑わう石畳の道もまばらに人が通り過ぎるだけ。

 チョコレートショップやクリスマスストア、アンティークショップ等の建ち並ぶ通りを、それぞれの窓を目の端で覗きながら歩いて行く。どの店も外観はツリーやリース、電飾で綺麗に飾られているが、窓の奥は暗く寒々とした雰囲気を醸し出していた。

 途中、パブの前を通り過ぎる時にちょうど扉が開き、中から人が出て来た。扉が開いた途端、ピアノのジャズを奏でる軽快な音と賑やかな笑い声が急に耳に入り込み、熱気がふわぁっと頬を撫でる。

 思わず足が止まった。まるでそこだけ別世界のようだ。

 だが、扉が閉まった途端僕は現実世界へと引き戻され、降り出した粉雪の中を再び足を速めて歩き出した。

 石畳の道を過ぎると途端に華やかさは影を潜める。伝統を感じさせる古めかしい国立総合病院の前を通り過ぎる。その先には住宅街に抜けるための近道となる、ただベンチがいくつか点在する広場とも呼べないほどの芝のスペースがある。

 遊歩道を無視して斜めに突っ切って歩く。だいたい、遊歩道なんて雪に隠れていてもう見えないのだ。雪に埋もれたベンチの中でただひとつだけ、人の形に雪の厚みが薄くなった場所があり、そこだけ僅かな温もりが感じられた。

 街灯の先にある道を過ぎればもうすぐ家に辿り着く……そんな思いで街灯に視線を向けた途端、

 僕の視線はそこに釘付けとなる。


 天使だ……


 両掌を天に翳し、雪を受け止めている少女がそこにいた。

 いや、この距離では彼女の年齢は分からないので少女と呼んでいいのか定かではなかったが、僕にはもう彼女が天使にしか見えず、きっと若いのだろうという意識が働いていた。

 真っ白なケープからは雪と同じくらい白い細い腕が覗いている。輝くばかりのブロンドの髪の毛が頭からすっぽり被ったフードの隙間から零れ落ちていた。

 だんだんと距離が近づくにつれ、彼女の顔がはっきりと見えてくる。腕と同じくらいに白く陶器のような肌に、寒さからか赤みのさした頬が映えてみえる。長くボリュームのある睫毛がくるんっと綺麗にカールしていて、瞬きする度に影を落としていた。まるでガラス玉のような透明感のあるアクアマリンの瞳は、もし直視されたら吸い込まれそうなほど濁りがなく澄んでいて、こちらの邪気を全て浄化してしまうのではないかと思わせる。

 彼女は人の気配に気付かないのか、未だ空を見上げたまま掌を天に翳していた。

 口元を見ると艶のある唇がクリスマスキャロルを口ずさんでいた。

「Les anges dans nos campagnes(天のみつかいの)」

 先ほど教会の聖歌隊も歌っていたことを思い出す。


 Les anges dans nos campagnes,
 天使たちが野辺で

 Ont entonne l'hymne des cieux ;
 天上の賛歌をうたい始めた


 Et l'echo de nos montagnes
 山々からの木魂こだま

 Redit ce chant melodieux :
 心地よい歌を繰り返す


 Gloria in excelsis Deo
 天においては神に栄光があるように

 Gloria in excelsis Deo
 天においては神に栄光があるように


 美しいソプラノの透き通った響きがしんしんと降り積もる雪に染み渡っていく。

 心が、震える……

 時が経つのも忘れ、立ち尽くして見つめていた。

 僕の意識はまるでこの世にはないような気がした。ここが死後の世界なのだと言われたとしても納得してしまうだろう。

 身体の細胞ひとつひとつが彼女の紡ぎ出す美しい歌声の響きに震え、気付いた時には涙が頬をゆっくりと伝っていた。
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