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悪魔のように美麗な執事に恋に堕ちてしまった私は、悪役令嬢となって婚約者をヒロインに差し出すことにいたしました

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「契約の印が働き、上手くいくかのように思われましたが……ここでも貴女は、何度も魔力に抗おうとしました。貴女の純粋で清らかな力が、私の与えた印を押し返すのです。どんなに躰を使って誘惑し、貴女の心を奪っても……その芯にある清らかさまで奪うことは出来ませんでした。
 しかもアンソニーまで、せっかくハナへと気持ちが傾いていたというのに、彼女への思いを封印し、婚約者である貴女との関係を大切にしようとしました。

 まったく……ここまで手こずらされるとは、思いもよりませんでした」

 そう言いながらも、リチャードは困らされたというよりも、愉しんでいるかのような雰囲気を醸し出していました。

「貴女がハナを殺すのは無理だと言い出し、その意思の強さに辟易しました。これほどまで抵抗した人間は初めてでした。私は悪魔の呪文を発動し、なんとか貴女の思考をコントロールしようとしました。そして、毒薬の入った瓶を渡したのです」

 毒薬……

 脳裏に、ガラスの小瓶が浮かび上がりました。

「あの毒薬は……本物だったのですか?」

 そう、私には分からないことがありました。

 リチャードから毒薬を受け取り、ティーポットに垂らし、それを飲んだハナ嬢は確かに半死したはずだったのに……どうしてあの後、毒薬の瓶をハナ嬢が持っていたのか。その中身が水になっていたのか。

 私が垂らした時にはとろりとした液体でした。絶対に水ではありません。

 リチャードが、炎のような真っ赤な瞳を揺らめかせました。

「えぇ。あれは魔界で調合した、本物の毒薬ですよ」

 そう言いながら、彼は小瓶をテーブルに置きました。ガラスの小瓶です。

「これは……」
「これが、本物の毒薬の瓶です。貴女がティーポットに毒薬を仕込んだ後、私のポケットに忍ばせました」
「では、ハナ嬢が持っていたのは……」
「偽物の毒薬の瓶ですよ。私がハナに渡したものです。もちろんハナはお茶会に呼ばれた時点で、貴女がティーポットに毒薬を仕込むことを知っていました。そして、それが躰を麻痺させて半死させたのちに生き返らせることも。
 彼女は貴女を追い込むための証拠を欲していたので、ベッドに寝かせられていた時にこっそり彼女のポケットに偽物の瓶を入れておいたのですよ」

 ハナ嬢は全て知っていた上で毒薬を飲んだと知り、私自身憤りを感じましたが、なによりアンソニー様に対して不憫な気持ちになりました。アンソニー様はハナ嬢を愛し、彼女が死んだと思って激怒し、深く悲しみ、絶望したというのに……それは、全て捏造されたものだったのです。

「なぜ、ハナ嬢に本物の瓶を渡さなかったのですか?」

 リチャードにとってハナ嬢は契約者、いわば主人ではないのですか。そんな彼女をなぜ欺いたのでしょうか。

「魔界のものが人間に渡るのは、こちらにとっても都合が悪いですので」

 リチャードの答えを聞き、落胆の気持ちが広がっていきました。

 もしかしたらリチャードが、私を救うために毒薬と水の入った小瓶を入れ替えたのでは……なんて期待した私が愚かでした。

「貴女はハナ嬢を追い込む間際になっても躊躇い、計画を水に流そうとしましたね。正直、焦りましたよ。遠くから見つめているだけのつもりだったのに、私としたことが、つい手を出してしまいました」

 リチャードが私に艶やかな視線を向けると、長い睫毛を揺らしました。



「ですが、最後には……契約通りになりました。

 ビアンカは婚約者の心を奪われた嫉妬によりハナを殺人未遂し、それに激怒したアンソニーがビアンカを婚約破棄し、それを双方の両親も認める。
 そして……ハナは、望み通りアンソニーを手に入れる」 



 私は俯き、唇をきつく噛みしめました。

 そう……私は、この世界ではヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢ということなのですね。

 全身が震え、暗い暗い絶望の暗闇の底に引き込まれていきます。

 監獄に入る前にリチャードに会えれば、ひとめ見ることができれば幸せだと思っていたのに……彼がハナ嬢との契約のためだけに私に近づき、誘惑し、貶めたのだという事実を知り、会わなければ良かったという後悔の念が深く突き刺さります。

 知らなければ、リチャードとの幸せな思い出を胸に生きていけたかもしれないのに。
 既に悲しみと絶望に打ちのめされている私に、更に追い討ちをかけるなんて……

 本当に、貴方は……悪魔、なのですね。
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