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深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

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「ウィンストン、お兄様……」

 クリスティーナは兄であるウィンストンに壁際に追い詰められ、顔のすぐ横の壁に手を突かれていた。目の前には、輝くばかりのブロンドに淡いクリスタルブルーの瞳をたたえ、鼻筋が通った兄のウィンストンが美麗に整った表情を歪め、眉間に皺を寄せて迫っていた。

 足元にはウィンストンが持ってきて欲しいとクリスティーナに頼んだ書類がバラバラと落ちている。

 ど、どうなさったの、ウィンストンお兄様?
 わたくし、お兄様のご機嫌を損ねるようなことをしてしまったのかしら。

「クリスティー……」

 絞り出したような掠れた声で、ウィンストンがクリスティーナの名前を愛称で呼ぶ。

「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」
「えっ」

 どうして、お兄様がそれを知っていらっしゃるの!?

 クリスティーナの顔がたちまち色を失っていく。

 仕方のないことですけど、ウィンストンお兄様にだけは知られたくありませんでしたのに……

 ウィンストンは、子供の出来なかった両親が孤児院から引き取り、養子にした、血の繋がらない5歳上の兄だ。ウィンストンを養子にとった後、ほどなくして母が妊娠、クリスティーナが生まれた。

 幼い頃は自分と兄が血が繋がっていないことなど知る由もなかったが、両親の兄と自分に対する態度が明らかに異なることは感じていた。

 眉目秀麗、学力優秀で剣術もたち、何もかも完璧にこなすウィンストンは誰からも憧れ、崇拝される存在だったが、両親はそんな彼を一度も褒めたことも誇りに思うこともなかった。

 一方、クリスティーナは両親から溺愛され、望んだもの、望まないもの関わらずなんでも与えられ、溺愛されて育ってきた。

 どうしてお父様もお母様も、ウィンストンお兄様に冷たくなさるの?
 同じ、子供ですのに……

 その疑問は、クリスティーナが12歳の時に明かされることとなった。ずっと慕っていた兄と血が繋がっていなかったという事実にクリスティーナは衝撃を受けた一方で、どうして兄だけが両親のどちらとも似ていないのか、そして彼らの態度が冷たかったのかという疑問が解けた。

 この地方で眩いブロンドの髪にクリスタルブルーの瞳をもつ者は滅多にいない。父にも母にも、祖父母にもそのような特徴は持ち合わせていなかった。クリスティーナはこの地方ではよく見られる母親譲りの栗色の髪の毛、父親譲りのヘーゼルグリーンの瞳をしていた。

 両親に辛辣な態度をされても尚、バトワール財閥の御曹司の名に恥じぬよう、努力し、研鑽し続ける兄に対して、クリスティーナは深い尊敬の念を抱いた。そして、血が繋がっていないと知っていたにも関わらず、クリスティーナを妹として受け入れ、愛してくれたウィンストンに一層思慕が増した。

 そんなウィンストンを慕っていたはずの気持ちが、クリスティーナの中でいつからかひとりの男性に対する恋愛の感情へと変わっていた。

 兄妹での恋愛など、許されるはずありませんわ。

 クリスティーナは、兄への恋情を胸の奥に閉じ込め、バトワール財閥が所有する鉱山と鉄鋼会社、宝石業を経営する多忙な日々を送るウィンストンを陰ながら支えることに、喜びを見出していた。

 そんなある日、クリスティーナと学友である貴族院議員、ノルウェールズ侯爵の三男であるコンラッドとのお見合い話が持ち上がった。結婚してもクリスティーナを外に嫁がせたくないと思っていた両親にとって、入婿にさせてもいいというノルウェールズ侯爵からの申し入れは願ってもないものだった。

 貴族院議員でもあり、侯爵家でもある名家からの婚姻話であり、両親たっての願いを、クリスティーナが断れるはずがない。

 兄との恋が叶わないのなら、コンラッドと婚姻を交わすことによりバトワール財閥、ひいては兄のウィンストンに貢献することが自分の役目だと覚悟した矢先だった。
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