上 下
30 / 43

第三十話 強盗団

しおりを挟む
「……!何事ですか!?」

 ナナミさんが素早く反応する。
 俺も、少し遅れて音のした方を振り返った。

 ……!なんだあれは!?

 駅前通りの向かい側にあるビルの一つから、大きく煙が上がっていた。そこから人々が蜘蛛の子を散らすように逃げてくる。
 
 遠目に分かるのは、一階にある店舗の入口が無茶苦茶に破壊され、そこに妙な格好をした連中が複数人、走り込んでいく様子。
 その連中の手に、刃物や鈍器のようなものが握られているのが見えた。

 あそこの店は確か、宝石店だったはずだ。
 てことは……

「宝石強盗!?こんな昼間っから!?」
 
 ここは駅の側だぞ?すぐに交番から警察が来る。とても正気の沙汰とは思えない。

 ほら、銃を構えた警官が二人、駆けていって……


 ――ズッガアアアアアアン!!

「うわああああああーーー!?」


 再度の爆発音に、警官の叫び声が重なる。一瞬遅れて、周囲から悲鳴と車の急ブレーキの音が上がった。
 
 おい、マジか。
 あいつら、警官に攻撃しやがった!

 店の方から、拳大の何かが飛んできて爆発したようだった。もしかして手榴弾??冗談じゃないぞ。

 こんな強引なやり方で宝石を奪ったところで、逃げ切れるはずがないじゃないか。

「……あれは、怪樹斑ですね」

 目をキツく細めてビルの方を凝視していたナナミさんが、呟いた。

「ビル内部と周辺にいる不審者は、確認できる限りで六人……奥の一人は分かりませんが、他は全員、顔に怪樹斑が見られます」

 顔に……って、こんな離れたところから顔見えるの?
 ベースギフトは身体能力を底上げするらしいけど、眼まで良くなるんだな。

「怪樹斑……マンドラゴラじゃの」

 やれやれといった様子で、黒峰先生が肩をすくめる。

 そうか、連中は……マンドラゴラ中毒者か。
 
 マンドラゴラは、一般の人でも知っている有名なダンジョン産のアイテムだ。比較的低層階で入手できる根菜のような植物で、口にすると空を飛ぶような高揚感と万能感が得られ、また常人でもギフト持ち並の身体能力が得られる。
 
 ただし、マンドラゴラが市場に流通することはない。法で、売買が徹底的に禁止されているからだ。

 マンドラゴラには重度の依存性がある。また、服用を繰り返すことで徐々に精神に異常をきたし次第に凶暴性が生まれる。
 末期になると『怪樹斑』と呼ばれる、樹の根っこのような紋様が顔に浮かぶ。そうなると、もう手遅れだ。人格は破壊され、欲望のままに犯罪に手を染めるようになってしまうのだ。

「一時期は大問題になったものだが……マンドラゴラが採れるダンジョンに規制がかかってからは、めっきり見なくなっていたがのう」
 

 その時、一際大きな悲鳴が上がり、野次馬の輪がばらりと崩れた。
 それだけに終わらず、連続して助けを求める声が上がる。何か先ほどまでよりもさらにマズい事態が起きたようだ。

「いけない……!連中、周囲の人を襲い始めました!!」

 おいおいおい、ウソだろ!?
 破壊衝動が抑えられなくなるって話は聞いてたけど、これはさすがに無茶苦茶だ!

「行きます!」

「ナナミさん!?」

 ナナミさんがヒールを跳ね上げるように脱ぐと、次の瞬間、彼女の姿がかき消える。
 
 ナナミさんのユニークギフト【時渡り】だ。

 とても目で追えない速度で、ナナミさんは強盗団に一気に肉薄していた。

 まさに間一髪、通行人に斬りかかろうとしていた男の手首を蹴りあげているのが見えた。

「流石ナナミさん!」

 ……いやまて、感心している場合じゃないぞソータ。
 
 いくらナナミさんでも、真装具も身につけていない状態であんなイカれた連中の相手をするのは無茶だ。
 
 マンドラゴラは常人でも身体能力アップ効果があるというし、もし取り囲まれでもしたら……!
 

 ――ズッドオオオン!!
 

「……あ」

 次に俺が見たのは、真横に足を蹴り出したポーズで静止しているナナミさんと、体をくの字に折り曲げながら派手に吹っ飛ばされていく男の様子だった。

 そのまま街路樹に叩きつけられた男は、ズルズルと地面に滑り落ちて動かなくなる。

 ……そうだった。【時渡り】は【脚力超強化】系統の最上位ギフトだった。

 その超移動速度にばかり目がいくけど、キック力も超人レベルなんだな。
 これ、心配ないかも。
 

 そして、ナナミさんの大立ち回りが始まった。
 
 武器を持った男たちが奇声を上げながらナナミさんに襲いかかるが、彼女はワンピース姿のまま超速で身を翻し、次々と連中を薙ぎ倒していく。

 再び集まった野次馬から、大きな喝采が上がる。

「ネェちゃんすごいぞ!やっちまえ!!」
「ねぇ、あの人、もしかして有名な探検者の人じゃない?!」
「あっ!そうだよ!櫻井ナナミ!!【氷剣姫】だ!!」
「やばっ!ホンモノめちゃ美人!!」

 そこにもはや緊迫感などはなく、人々の様子はまるで映画の撮影現場にでも居合わせたかのようだ。

 実に一分もたたないうちに、ナナミさんは五人の男を地面に沈めていた。
 先程のナナミさんの観察が正しければ、残るは一人のはず。本当にあっという間だった。

 

「颯爽と駆けつけて悪を倒す……まさにヒーローだなぁ、ナナミさん」

「――『探検者たるもの、常に人々のヒーローであれ』。あの子の父親が、よく言っていたセリフじゃ」

 黒峰先生が、俺の呟きに応えてくれた。
 ナナミさんの父親――櫻井ゲンマか。
 
「……あの子は小さい頃から、そんな父親の背中を見て育ってきたからのう。人一倍、人助けに重きを置いた探検者に育ったようだわぃ」

「そう、だったんですね」

 人を助ける探検者、か。
 探検者って、良くも悪くも自分の欲に忠実な人が多いイメージだけど、そんな信念を持ってる探検者もいるんだな。

 ――俺も、ヒーローになりたいと思って探検者を目指してたけど、純粋に他人のためにって考えてたかというと……多分、そんなことはない。
 承認欲求というかなんというか。そんなものだったんじゃないかな。
 
 本当のヒーローってのは、まさに今回みたいな時に、躊躇せずに飛び出していける人なんだろうな。
 とても、俺には真似できな……


 
 ……ん?

 その時、ふと俺の目に、妙なものが映った。

 壁にめり込むようにして気絶していた男の身体が、さっきまでは無かった『色』を発していた。
 
 『色』は全身に広がっていたが、胸の辺りが特に濃い。
 トゲトゲがついた、ちょうどウニのような形に見えた。

 俺はその形に、見覚えがあった。
 たしかダンジョン図鑑の、『トラップ』の項目に……
 

 ――まさか!?


「黒峰先生!!」

「!なんじゃ、どうした!?」

 先生に説明してる時間はない。
 俺は咄嗟に、先生が引いていたキャリーバッグに手をかけていた。
 

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

俺達ダン!ジョン!創作隊

霧ちゃん→霧聖羅
ファンタジー
憧れの冒険者。 冒険者になったら、魔物をガンガンぶっ倒して。 そうして成り上がって綺麗な姉ちゃん達にラブラブもてもて! …そんな夢、みたっていいよな? そんな俺を襲う悲しいチート。 モンスターホイホイってなんなのさ!? ハーレムの一つも作れない、そんな俺の冒険譚。 こちらの作品は隔日更新になります。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

処理中です...