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第一章
第四十五話 魔王、俯く
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不穏な笑みを浮かべて、カイエが、エリスへと向かって歩き出す。
「……うん?」
しかしすぐに、その動きが止まった。
カイエが身にまとう常駐型防御魔法【風神壁】。
それが、足元で反応したからだ。
「なんだよ、キミ……まだ生きてたの?」
血溜まりに伏せながら……その男は、カイエの足首を掴もうと必死に腕を伸ばしていた。
「お嬢様……お逃げ……くださ……」
【風神壁】に阻まれ、コウガの指はズタズタに裂かれる。
それでも、コウガの手は、何度も、もがき続けた。
「コウガ……」
――なにを、しておるのじゃ。
――もういい、もう動くな。死んだフリでもしておれ。本当に、殺されてしまうぞ。
――もう、やめるのじゃ……。
「はぁ……見上げたもんだね。美しい主従関係ってやつ?そういうの見ると、ホント……虫酸が走るんだよ!!」
ガゴォッと、重い音が響く。
カイエが、コウガの頭を踏みつけにした。
「何の力も無いクセに!……虫ケラは虫ケラらしく、黙って潰れてろよ!」
何度も何度も、カイエは執拗にコウガを足蹴にする。
コウガはもはやなんの抵抗も反応も示さなくなり……
「これでトドメだ!」
カイエが、風の刃をコウガの首筋に突きつけた、その時。
「やめい」
それは、感情の見えない無機質な声。
特に大声でも、威圧的でも無い。
ただ、言葉の持つ不思議な力が、カイエの動きを押し留めた。
「……なんだい。せっかく部下が時間を稼いでくれてたんだ。逃げる支度でもしていれば良かったのに」
コウガを蹴り飛ばし、カイエがエリスに向き直る。
その時初めて、カイエの表情が変わった。
「?キミは……さっきまでいた子だよね?」
少女の全身から感じる、不可解な力。
先ほどまでとはまるで別人の雰囲気に、カイエが眉をしかめた。
「そういえば、キミは聖女なんて言われてるんだっけ。それなりに力はあるってことかな?……で、その聖女サマは、奇跡を起こしてこの状況をひっくり返そうとでも言うのかい?」
少女の口が、ゆっくりと動いた。
「わらわは、聖女などではない」
「……ふぅん。まぁ、どーだっていいけど。じゃあ、そろそろ死んでおくかい?」
カイエが酷薄な笑みを浮かべるが、エリスは特に反応を示さなかった。
ほんのわずか、沈黙が続き。
「わらわはのぅ……」
俯きながら、少女は呟いた。
「人間が嫌いじゃ」
カイエが首を傾げる。
「……?なんだい?突然、何を語り出したのかな?」
「……人間は、傲慢で、自分勝手で、怠惰で……他人を裏切り傷つける。実に愚かな生き物じゃ。だから、わらわは人間が嫌いじゃ」
少女がゆらりと歩き出す。
俯くその顔は、カイエからは見えない。
「じゃが……この身体になってから、人間にも、少しはマシなやつがいると分かった」
少女が、首を動かした。
「他人のために……戦える奴がいると分かった。今なら、かつてわらわに物申した奴らの言い分も……全てが偽りなわけでは無いと、分かる」
くるりと、眼前の光景を見渡しているようだった。誰も、動くことのなくなった光景を。
「しかし、じゃ。……それでもわらわは、人間を滅ぼすじゃろう。わらわが、わらわである限り……その誓いが、揺らぐことはない」
カイエが、呆れたように肩をすくめる。
「……いよいよ、何を言っているのか分からなくなってきたよ?恐怖で頭がおかしくなったのかな?」
しかしそこで、彼は気づいた。
身体が、重い。
「その時が来たら……こやつらにも、きっと消えてもらうのじゃろう。所詮、わらわと人間とは相容れぬのじゃ」
これは……プレッシャー?
カイエが眉を顰めた、その時。
「……じゃがな?」
少女が前を向く。
「いずれ消えてもらうことになろうとも。今は、わらわのモノなのじゃ」
空気が、変わった。
「わらわが要らぬと思うまで。わらわが棄てると決めるまで。今、こやつらは、わらわのモノなのじゃ」
大地が、ビリビリと震え出す。
まるで、すぐにこの場から逃げ出したいとばかりに。
「何人たりとも、わらわのモノに触れる権利はない……。わらわのモノを、壊すことなど許されぬ!」
言葉と共に発せられた瘴気が、衝撃波のようにカイエに叩きつけられる。
その重圧、濃厚な闇の気配に、カイエは驚きを隠せない。
「え……ちょっと待ってよ!なんだよ、この魔力は!?こんなの、人間がまとえる力じゃないぞ!?」
カイエは、エリスと眼が合った。
少女の眼は、焔のように、血のように、紅蓮だった。
「小僧……貴様が今日この場で、しでかしたこと。わらわは、絶対に許しはせぬ!!」
――絶対に!!
「魔王のモノに手を出したこと!地獄で後悔するがいい!!」
――【魔神鎧】!!
――【黒翼天翔】!!
――【雲散霧消】!!
「はああああああ!!!!」
エリスの背から、巨大な漆黒の翼が現れる。
直後、エリスは黒い稲妻となって飛翔した。
「速っ……!?」
岩が砕けるような音が響く。
エリスの拳が、カイエの顔を抉るように撃ち抜いていた。
「がっ、はっ!!」
鼻から血を噴きながら、カイエは混乱した。
「風神壁が発動しない!?いや、これは……キャンセルされた!?」
続け様に放たれた一撃が、カイエの腹に深々と突き刺さる。
「うぐぁ!」
口から、胃液が飛び散った。
カイエは力の抜けた足で、よろよろと後ずさる。
さっきまでの余裕の表情は、あっという間に消え失せた。
「う、うそだ……!僕の魔法を打ち消すなんて……あり得ない!!」
【雲散霧消】は、対抗魔法の一種である。主に常駐型魔法を無効化する際に用いられるが、その効果は、『自分より低レベルの相手』による魔法に限定される。
「この、僕が……こんな人間の小娘より、格下だとでも……!?」
大きく空へと飛び上がり、距離をとったカイエの目に、怒りの色が現れる。
「ふざけるなよ!そんなことがあってたまるか!!」
カイエが両腕を持ち上げると、エリスを囲うように無数の風の刃が出現した。
全ての切先が、エリスを狙い澄ましている。
「これだけの量を打ち消し切れるか!?やれるものならやってみろ!!」
カイエが吼えると同時、全ての刃が一斉にエリスに襲いかかった。
しかし先程の超速連撃から一転、エリスは微動だにしていない。
「串刺しだ!!」
ドドドド、と、土砂崩れが起きたような連続音が、あたりに響く。
全ての刃がエリスに命中し、余波で一帯の土や瓦礫が巻き上げられた。
立ち込める土煙が収まり、現れたのは……
全く無傷の、エリスだった。
怒りの双眸が、カイエを捉え続けている。
「なっ……!?」
【魔神鎧】は、強化系の極大魔法であり、術者本人の周囲に超絶強固な魔法障壁を展開する。
今のエリスには、ドラゴンの群れが襲いかかったとて毛ほどの傷も負わせることはできないだろう。
また、同時に術者の身体能力を大幅に高めることで、極めて高い戦闘力を発揮させる。
「はああああああ!!」
飛翔したエリスが、右拳でカイエの顎を撃ち上げた。
視界が飛んだカイエを、今度は上から強烈な蹴りで叩き落とす。
「うがあああっ……!?」
全身を強烈に地面に打ちつけて、カイエは息を吐き出した。
なんとか、よろよろと身体を持ち上げる。
「……な、なにが、一体何が起きてる!?人間の小娘に、こんなことができるはず……!」
そのカイエの眼前に、エリスが立っていた。
「さぁ、死ぬ覚悟はよいな」
「ま、待って……!!」
カイエの言葉を待つことなく……その顔面に向けて、エリスが渾身の一撃を放った。
「……うん?」
しかしすぐに、その動きが止まった。
カイエが身にまとう常駐型防御魔法【風神壁】。
それが、足元で反応したからだ。
「なんだよ、キミ……まだ生きてたの?」
血溜まりに伏せながら……その男は、カイエの足首を掴もうと必死に腕を伸ばしていた。
「お嬢様……お逃げ……くださ……」
【風神壁】に阻まれ、コウガの指はズタズタに裂かれる。
それでも、コウガの手は、何度も、もがき続けた。
「コウガ……」
――なにを、しておるのじゃ。
――もういい、もう動くな。死んだフリでもしておれ。本当に、殺されてしまうぞ。
――もう、やめるのじゃ……。
「はぁ……見上げたもんだね。美しい主従関係ってやつ?そういうの見ると、ホント……虫酸が走るんだよ!!」
ガゴォッと、重い音が響く。
カイエが、コウガの頭を踏みつけにした。
「何の力も無いクセに!……虫ケラは虫ケラらしく、黙って潰れてろよ!」
何度も何度も、カイエは執拗にコウガを足蹴にする。
コウガはもはやなんの抵抗も反応も示さなくなり……
「これでトドメだ!」
カイエが、風の刃をコウガの首筋に突きつけた、その時。
「やめい」
それは、感情の見えない無機質な声。
特に大声でも、威圧的でも無い。
ただ、言葉の持つ不思議な力が、カイエの動きを押し留めた。
「……なんだい。せっかく部下が時間を稼いでくれてたんだ。逃げる支度でもしていれば良かったのに」
コウガを蹴り飛ばし、カイエがエリスに向き直る。
その時初めて、カイエの表情が変わった。
「?キミは……さっきまでいた子だよね?」
少女の全身から感じる、不可解な力。
先ほどまでとはまるで別人の雰囲気に、カイエが眉をしかめた。
「そういえば、キミは聖女なんて言われてるんだっけ。それなりに力はあるってことかな?……で、その聖女サマは、奇跡を起こしてこの状況をひっくり返そうとでも言うのかい?」
少女の口が、ゆっくりと動いた。
「わらわは、聖女などではない」
「……ふぅん。まぁ、どーだっていいけど。じゃあ、そろそろ死んでおくかい?」
カイエが酷薄な笑みを浮かべるが、エリスは特に反応を示さなかった。
ほんのわずか、沈黙が続き。
「わらわはのぅ……」
俯きながら、少女は呟いた。
「人間が嫌いじゃ」
カイエが首を傾げる。
「……?なんだい?突然、何を語り出したのかな?」
「……人間は、傲慢で、自分勝手で、怠惰で……他人を裏切り傷つける。実に愚かな生き物じゃ。だから、わらわは人間が嫌いじゃ」
少女がゆらりと歩き出す。
俯くその顔は、カイエからは見えない。
「じゃが……この身体になってから、人間にも、少しはマシなやつがいると分かった」
少女が、首を動かした。
「他人のために……戦える奴がいると分かった。今なら、かつてわらわに物申した奴らの言い分も……全てが偽りなわけでは無いと、分かる」
くるりと、眼前の光景を見渡しているようだった。誰も、動くことのなくなった光景を。
「しかし、じゃ。……それでもわらわは、人間を滅ぼすじゃろう。わらわが、わらわである限り……その誓いが、揺らぐことはない」
カイエが、呆れたように肩をすくめる。
「……いよいよ、何を言っているのか分からなくなってきたよ?恐怖で頭がおかしくなったのかな?」
しかしそこで、彼は気づいた。
身体が、重い。
「その時が来たら……こやつらにも、きっと消えてもらうのじゃろう。所詮、わらわと人間とは相容れぬのじゃ」
これは……プレッシャー?
カイエが眉を顰めた、その時。
「……じゃがな?」
少女が前を向く。
「いずれ消えてもらうことになろうとも。今は、わらわのモノなのじゃ」
空気が、変わった。
「わらわが要らぬと思うまで。わらわが棄てると決めるまで。今、こやつらは、わらわのモノなのじゃ」
大地が、ビリビリと震え出す。
まるで、すぐにこの場から逃げ出したいとばかりに。
「何人たりとも、わらわのモノに触れる権利はない……。わらわのモノを、壊すことなど許されぬ!」
言葉と共に発せられた瘴気が、衝撃波のようにカイエに叩きつけられる。
その重圧、濃厚な闇の気配に、カイエは驚きを隠せない。
「え……ちょっと待ってよ!なんだよ、この魔力は!?こんなの、人間がまとえる力じゃないぞ!?」
カイエは、エリスと眼が合った。
少女の眼は、焔のように、血のように、紅蓮だった。
「小僧……貴様が今日この場で、しでかしたこと。わらわは、絶対に許しはせぬ!!」
――絶対に!!
「魔王のモノに手を出したこと!地獄で後悔するがいい!!」
――【魔神鎧】!!
――【黒翼天翔】!!
――【雲散霧消】!!
「はああああああ!!!!」
エリスの背から、巨大な漆黒の翼が現れる。
直後、エリスは黒い稲妻となって飛翔した。
「速っ……!?」
岩が砕けるような音が響く。
エリスの拳が、カイエの顔を抉るように撃ち抜いていた。
「がっ、はっ!!」
鼻から血を噴きながら、カイエは混乱した。
「風神壁が発動しない!?いや、これは……キャンセルされた!?」
続け様に放たれた一撃が、カイエの腹に深々と突き刺さる。
「うぐぁ!」
口から、胃液が飛び散った。
カイエは力の抜けた足で、よろよろと後ずさる。
さっきまでの余裕の表情は、あっという間に消え失せた。
「う、うそだ……!僕の魔法を打ち消すなんて……あり得ない!!」
【雲散霧消】は、対抗魔法の一種である。主に常駐型魔法を無効化する際に用いられるが、その効果は、『自分より低レベルの相手』による魔法に限定される。
「この、僕が……こんな人間の小娘より、格下だとでも……!?」
大きく空へと飛び上がり、距離をとったカイエの目に、怒りの色が現れる。
「ふざけるなよ!そんなことがあってたまるか!!」
カイエが両腕を持ち上げると、エリスを囲うように無数の風の刃が出現した。
全ての切先が、エリスを狙い澄ましている。
「これだけの量を打ち消し切れるか!?やれるものならやってみろ!!」
カイエが吼えると同時、全ての刃が一斉にエリスに襲いかかった。
しかし先程の超速連撃から一転、エリスは微動だにしていない。
「串刺しだ!!」
ドドドド、と、土砂崩れが起きたような連続音が、あたりに響く。
全ての刃がエリスに命中し、余波で一帯の土や瓦礫が巻き上げられた。
立ち込める土煙が収まり、現れたのは……
全く無傷の、エリスだった。
怒りの双眸が、カイエを捉え続けている。
「なっ……!?」
【魔神鎧】は、強化系の極大魔法であり、術者本人の周囲に超絶強固な魔法障壁を展開する。
今のエリスには、ドラゴンの群れが襲いかかったとて毛ほどの傷も負わせることはできないだろう。
また、同時に術者の身体能力を大幅に高めることで、極めて高い戦闘力を発揮させる。
「はああああああ!!」
飛翔したエリスが、右拳でカイエの顎を撃ち上げた。
視界が飛んだカイエを、今度は上から強烈な蹴りで叩き落とす。
「うがあああっ……!?」
全身を強烈に地面に打ちつけて、カイエは息を吐き出した。
なんとか、よろよろと身体を持ち上げる。
「……な、なにが、一体何が起きてる!?人間の小娘に、こんなことができるはず……!」
そのカイエの眼前に、エリスが立っていた。
「さぁ、死ぬ覚悟はよいな」
「ま、待って……!!」
カイエの言葉を待つことなく……その顔面に向けて、エリスが渾身の一撃を放った。
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