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第一章
第二話 魔王、驚く
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次に青年は、エリスと対峙するモンスターを視認し、再び驚きに目を見開いた。
「こいつは……まさか、マンティコア!?」
マンティコアは姿形が特徴的であるため、比較的有名なモンスターだ。
故に、その脅威も広く知れ渡っており、準備無しで遭遇した場合は『脇目も降らず即逃げろ』が正しい対処とされる。逃げ切れるかどうかは別として。
事実、青年の後に続いていた二人の騎士は、マンティコアの姿を見て一瞬足を止めていた。
だが青年は。
足を止めるどころかさらに加速し、エリスとマンティコアの間に割って入る。
そのスピードは、魔王であるエリスが思わず目を見張るほどだった。
「お嬢様、ここは私が食い止めます!隙をみてお逃げください!」
青年はエリスを背にし、マンティコアと対峙する。
少し遅れて、後ろの二人の騎士もエリスを庇うように飛び込んできた。剣を構える手が、両名とも僅かに震えている。
――お嬢様……のぅ。こやつら、わらわを誰かと勘違いしておるのか?
人間の騎士がお嬢様、と言う以上、それは人間の令嬢かなにかだろう。
間違っても敵対する王に使う言葉ではない。
――何を慌てているのか知らんが、わらわのこの美しいツノを見ればすぐ気が付くじゃろうに……愚か者どもめ。
エリスには、魔王の象徴たる魔力の塊、魔王のツノが額から二本生えていた。
鏡に映る自分の姿で、エリスが一番気に入っていたのは、その艶やかな漆黒のツノだった。
眼前の三人に背後から嘲りの視線を送りつつ、エリスは自らの額あたりに手をやった……のだが。
「ん?……あれ?」
……ツノに触れる感覚が無い。本来ならば硬く、つるりとした触感があるはずなのだが……今は、手がスカスカと空を切るばかりであった。
――なんで?なんでじゃ?わらわのツノが無い!?
エリスは両手でデコ周辺をシャカシャカと探り始める。
しかし、何度やっても望んだ手応えは返ってこない。
「お嬢様!早くお逃げください!!」
その声に、エリスは意識を引き戻される。
眼前では、まさに騎士たちとマンティコアの睨み合いが最高潮に達そうとしていた。
――ま、まぁツノは後でゆっくり確認するとして……まずは、目の前の茶番を楽しむとするかのぅ。
気を取り直したエリスは、口元に悪い笑みを浮かべた。
勘違いで人間の宿敵たる魔王を庇い、勝てるはずのないモンスターに挑む騎士。これほどの喜劇があろうか。
一流の劇作家ですら、いや、一流であればなおさら、こんな愚か者どもの話など考えもつかないだろう。
決着がついた後、死の間際の騎士どもに自分の正体を告げてやるのも悪くない。どんな顔をするだろう。
――まぁ、もっとも……。
その前に逃げ出すだろうがな、とエリスは思った。
所詮人間は我が身が最も可愛いもの。例え自らの仕える相手とて、命をかけてまで守ろうとすることなどありえない。
――じゃが、逃がすつもりは毛頭無いぞ。
エリスはこっそりと指先に魔力を集中させる。無詠唱であっても、ただの人間を鎧ごと貫くなどエリスにとっては造作もない。
だがその魔力の流れに、マンティコアが鋭く反応した。
マンティコアは突如毛を逆立て、威嚇するように羽を大きく開く。
そして、巨大な顎を最大限に拡げ、耳をつんざく猛烈な咆哮を放った。
木々が、大地が、ビリビリと悲痛な叫びを上げる。
その直後。
マンティコアの眼前に、赤黒い光で描かれた魔法陣が浮かび上がった。
――ほう、魔光弾を操るか。なかなか賢い個体のようじゃのう。
魔法陣の中心から放射状に、無数の光弾が放たれる。
ひとつひとつが人の頭ほどの大きさのそれは、直前の咆哮ですくみ上がっていた騎士たちの身体を直撃した。
「ぐわあああ!!!!」
一流魔導士が行使するレベルの魔法と、モンスターの強大な魔力。
掛け合わされた破壊力は甚大であり、青年から半歩後ろで構えていた二人の騎士はなす術もなく吹き飛ばされる。
二人はエリスの左右を抜け、後ろの崖に痛烈に叩きつけられた。
「ぐふ……」
そのまま、力なくズルズルと地面に崩れ落ちる。どうやら二人とも気を失ったようだった。
――ふん、まったく他愛無い。
元々相手になるとも思っていないが、それにしても弱すぎる。エリスは小さくため息をついて肩をすくめた。
その直後。
「はあああああああ!!」
突如聞こえた気合の叫び。
エリスは思わずギョッとして、目線を前方に戻した。
青年が、剣を振り上げマンティコアに斬りかかる瞬間だった。
力強い踏み込みに、地面が爆ぜる。
――こやつ、あの魔法を無傷で防いだのか?……ふむ、人間にしてはなかなかじゃ。
体重の乗った振り下ろしを、マンティコアは大蛇ほどもある、長く太いサソリの尾でガッチリと受ける。
青年は間をおかず、マンティコアの顔を狙って立て続けに鋭い剣撃を放つ。
数度の瞬きの間に、数十合もの撃ち合いが繰り広げられた。
マンティコアはたびたび咆哮を上げ威嚇するが、青年はまったく怯まない。
「喰らえ!」
青年が放った突きが、魔獣の肩口に突き刺さった。
苦悶の叫びを上げ、身体をぐらつかせるマンティコア。
しかし……。
――残念。少し、浅いのじゃ。
体勢を崩していたマンティコアが、突如眼を見開く。
大振りで放たれた尾の一撃が、肩に刺さったままの剣の横っ腹を痛打し、根本から破壊した。
「しまった!?」
青年が一瞬見せた動揺を、獰猛な獣は見逃さなかった。
返す刀で振り下ろされた尾の先端にある針が、青年の左手のひらを切り裂いた。
「ぐっ!」
血を散らしながら、青年は後ろへ飛んで間合いを取った。そして、すぐに自分の左手を凝視する。
僅かな時間にも関わらず、その傷口は黒く変色を始めていた。
――勝負あり、じゃな。
マンティコア最大の脅威。それは、尾の針に含まれる猛毒である。
傷口から少しでも毒が入ったら最後、徐々に身体の自由が奪われ、死に至る。
もっとも、動けなくなった時点で、先にその鋭い牙にかかり絶命することがほとんどだが。
――さぁ、足が動いているうちにとっとと逃げた方が良いぞ?生きたまま喰われるのは恐怖じゃろう?
またしても悪い笑みを浮かべるエリス。
――人間にしてはよく頑張ったが……これ以上、他人を庇って命を削ることに価値はあるまい?さっさと……。
だが。
青年は躊躇う様子を一切見せず、腰につけた短剣を引き抜くと……。
スパッ
と、自分の左腕を肘の上から切断した。
――え?
長年の主人から離れた腕は、どさり、と無機質な音を立てて地面に落下する。
「……うひえええええ!?」
エリスは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
――ななななななな、なにをしておるのじゃこやつは!?
さしもの魔王エリスも、自らの腕を躊躇なく切り落とす奴にはなかなかお目にかかったことがない。
それが、他人を守るため、となれば尚更だ。
毒の憂いを断った青年は、残った手で短剣を構え、すぐさまマンティコアへと挑みかかった。
再び尾との撃ち合いが展開される。
しかし、片手、かつリーチで大きく劣る青年は徐々に防戦一方となり……。
「がふっ……!」
ついに、毒針の一撃が青年の腹部に突き立った。
青年の全身から力が抜け、糸の切れた人形のようにどさりと膝をつく。
――よ、ようやく終わったか……。なんという奴じゃ……。
とエリスが思うや否や。
短剣を握る青年の腕がブルブルと震えながら、しかし確実に持ち上げられ……。
――えええええ!?まだ動くのか!?
ズバッ
と、腹部に刺さったままだった尾の先端を切断した。
奇声を上げ後ずさるマンティコア。
そして青年は、そのまま顔を上げることなく、地面に倒れ伏した。
「お嬢……様。どうか……逃げ……」
その微かな呟きを最後に、青年はぴくりとも動かなくなる。
その様子を、半ば呆然としながらエリスは眺めていた。
――こやつ……。
「こいつは……まさか、マンティコア!?」
マンティコアは姿形が特徴的であるため、比較的有名なモンスターだ。
故に、その脅威も広く知れ渡っており、準備無しで遭遇した場合は『脇目も降らず即逃げろ』が正しい対処とされる。逃げ切れるかどうかは別として。
事実、青年の後に続いていた二人の騎士は、マンティコアの姿を見て一瞬足を止めていた。
だが青年は。
足を止めるどころかさらに加速し、エリスとマンティコアの間に割って入る。
そのスピードは、魔王であるエリスが思わず目を見張るほどだった。
「お嬢様、ここは私が食い止めます!隙をみてお逃げください!」
青年はエリスを背にし、マンティコアと対峙する。
少し遅れて、後ろの二人の騎士もエリスを庇うように飛び込んできた。剣を構える手が、両名とも僅かに震えている。
――お嬢様……のぅ。こやつら、わらわを誰かと勘違いしておるのか?
人間の騎士がお嬢様、と言う以上、それは人間の令嬢かなにかだろう。
間違っても敵対する王に使う言葉ではない。
――何を慌てているのか知らんが、わらわのこの美しいツノを見ればすぐ気が付くじゃろうに……愚か者どもめ。
エリスには、魔王の象徴たる魔力の塊、魔王のツノが額から二本生えていた。
鏡に映る自分の姿で、エリスが一番気に入っていたのは、その艶やかな漆黒のツノだった。
眼前の三人に背後から嘲りの視線を送りつつ、エリスは自らの額あたりに手をやった……のだが。
「ん?……あれ?」
……ツノに触れる感覚が無い。本来ならば硬く、つるりとした触感があるはずなのだが……今は、手がスカスカと空を切るばかりであった。
――なんで?なんでじゃ?わらわのツノが無い!?
エリスは両手でデコ周辺をシャカシャカと探り始める。
しかし、何度やっても望んだ手応えは返ってこない。
「お嬢様!早くお逃げください!!」
その声に、エリスは意識を引き戻される。
眼前では、まさに騎士たちとマンティコアの睨み合いが最高潮に達そうとしていた。
――ま、まぁツノは後でゆっくり確認するとして……まずは、目の前の茶番を楽しむとするかのぅ。
気を取り直したエリスは、口元に悪い笑みを浮かべた。
勘違いで人間の宿敵たる魔王を庇い、勝てるはずのないモンスターに挑む騎士。これほどの喜劇があろうか。
一流の劇作家ですら、いや、一流であればなおさら、こんな愚か者どもの話など考えもつかないだろう。
決着がついた後、死の間際の騎士どもに自分の正体を告げてやるのも悪くない。どんな顔をするだろう。
――まぁ、もっとも……。
その前に逃げ出すだろうがな、とエリスは思った。
所詮人間は我が身が最も可愛いもの。例え自らの仕える相手とて、命をかけてまで守ろうとすることなどありえない。
――じゃが、逃がすつもりは毛頭無いぞ。
エリスはこっそりと指先に魔力を集中させる。無詠唱であっても、ただの人間を鎧ごと貫くなどエリスにとっては造作もない。
だがその魔力の流れに、マンティコアが鋭く反応した。
マンティコアは突如毛を逆立て、威嚇するように羽を大きく開く。
そして、巨大な顎を最大限に拡げ、耳をつんざく猛烈な咆哮を放った。
木々が、大地が、ビリビリと悲痛な叫びを上げる。
その直後。
マンティコアの眼前に、赤黒い光で描かれた魔法陣が浮かび上がった。
――ほう、魔光弾を操るか。なかなか賢い個体のようじゃのう。
魔法陣の中心から放射状に、無数の光弾が放たれる。
ひとつひとつが人の頭ほどの大きさのそれは、直前の咆哮ですくみ上がっていた騎士たちの身体を直撃した。
「ぐわあああ!!!!」
一流魔導士が行使するレベルの魔法と、モンスターの強大な魔力。
掛け合わされた破壊力は甚大であり、青年から半歩後ろで構えていた二人の騎士はなす術もなく吹き飛ばされる。
二人はエリスの左右を抜け、後ろの崖に痛烈に叩きつけられた。
「ぐふ……」
そのまま、力なくズルズルと地面に崩れ落ちる。どうやら二人とも気を失ったようだった。
――ふん、まったく他愛無い。
元々相手になるとも思っていないが、それにしても弱すぎる。エリスは小さくため息をついて肩をすくめた。
その直後。
「はあああああああ!!」
突如聞こえた気合の叫び。
エリスは思わずギョッとして、目線を前方に戻した。
青年が、剣を振り上げマンティコアに斬りかかる瞬間だった。
力強い踏み込みに、地面が爆ぜる。
――こやつ、あの魔法を無傷で防いだのか?……ふむ、人間にしてはなかなかじゃ。
体重の乗った振り下ろしを、マンティコアは大蛇ほどもある、長く太いサソリの尾でガッチリと受ける。
青年は間をおかず、マンティコアの顔を狙って立て続けに鋭い剣撃を放つ。
数度の瞬きの間に、数十合もの撃ち合いが繰り広げられた。
マンティコアはたびたび咆哮を上げ威嚇するが、青年はまったく怯まない。
「喰らえ!」
青年が放った突きが、魔獣の肩口に突き刺さった。
苦悶の叫びを上げ、身体をぐらつかせるマンティコア。
しかし……。
――残念。少し、浅いのじゃ。
体勢を崩していたマンティコアが、突如眼を見開く。
大振りで放たれた尾の一撃が、肩に刺さったままの剣の横っ腹を痛打し、根本から破壊した。
「しまった!?」
青年が一瞬見せた動揺を、獰猛な獣は見逃さなかった。
返す刀で振り下ろされた尾の先端にある針が、青年の左手のひらを切り裂いた。
「ぐっ!」
血を散らしながら、青年は後ろへ飛んで間合いを取った。そして、すぐに自分の左手を凝視する。
僅かな時間にも関わらず、その傷口は黒く変色を始めていた。
――勝負あり、じゃな。
マンティコア最大の脅威。それは、尾の針に含まれる猛毒である。
傷口から少しでも毒が入ったら最後、徐々に身体の自由が奪われ、死に至る。
もっとも、動けなくなった時点で、先にその鋭い牙にかかり絶命することがほとんどだが。
――さぁ、足が動いているうちにとっとと逃げた方が良いぞ?生きたまま喰われるのは恐怖じゃろう?
またしても悪い笑みを浮かべるエリス。
――人間にしてはよく頑張ったが……これ以上、他人を庇って命を削ることに価値はあるまい?さっさと……。
だが。
青年は躊躇う様子を一切見せず、腰につけた短剣を引き抜くと……。
スパッ
と、自分の左腕を肘の上から切断した。
――え?
長年の主人から離れた腕は、どさり、と無機質な音を立てて地面に落下する。
「……うひえええええ!?」
エリスは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
――ななななななな、なにをしておるのじゃこやつは!?
さしもの魔王エリスも、自らの腕を躊躇なく切り落とす奴にはなかなかお目にかかったことがない。
それが、他人を守るため、となれば尚更だ。
毒の憂いを断った青年は、残った手で短剣を構え、すぐさまマンティコアへと挑みかかった。
再び尾との撃ち合いが展開される。
しかし、片手、かつリーチで大きく劣る青年は徐々に防戦一方となり……。
「がふっ……!」
ついに、毒針の一撃が青年の腹部に突き立った。
青年の全身から力が抜け、糸の切れた人形のようにどさりと膝をつく。
――よ、ようやく終わったか……。なんという奴じゃ……。
とエリスが思うや否や。
短剣を握る青年の腕がブルブルと震えながら、しかし確実に持ち上げられ……。
――えええええ!?まだ動くのか!?
ズバッ
と、腹部に刺さったままだった尾の先端を切断した。
奇声を上げ後ずさるマンティコア。
そして青年は、そのまま顔を上げることなく、地面に倒れ伏した。
「お嬢……様。どうか……逃げ……」
その微かな呟きを最後に、青年はぴくりとも動かなくなる。
その様子を、半ば呆然としながらエリスは眺めていた。
――こやつ……。
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