戦争のない明日へ

朝海

文字の大きさ
上 下
16 / 20

第五章「刻む時間(とき)、明日(あす)への扉」1

しおりを挟む
「蓮か?」
『――はい』
 
 悟の低い声に蓮は意識を張り詰めた。携帯端末を握りしめる。携帯端末が軋む音がした。携帯端末越しだが、久しぶりの親子対面になる。避難していたアンドロイド戦争中も、ずっと仕事をしていたという。
 
 仕事をしている姿をみせることで、悟なりに家族を守っていたと考えられる。
 
 数分間の沈黙が続く。
 
 その沈黙を破ったのは悟だった。
 
 家庭を構築していこうと考えていたことが窺える。

「楓の様子はどうだ?」
『回復まで、もう少しかかりそうです』
「今、平気か?」
『平気です』
 
 いつもと雰囲気が違う気がする。戸惑いと困惑を隠しきれていない。蓮に思いを――気持ちを、素直に伝えようとしていた。

 気持ちを全部、吐き出そうとしている。
 
 ならば、蓮はその気持ちに応えなければいけない。
 
 もう、悟から逃げるつもりはなかった。
 
 言いたいことは言うつもりである。

「私との契約を覚えているか?」
『ええ――覚えています』



「蓮。忘れるなよ。お前はこの会社の跡取りだ」
「心得ています。そのかわりに猶予をください」
「猶予だと?」
「一つ目は情勢が落ち着くまで時間をください」

 蓮の瞳が挑戦的な光を宿した。

 事実、蓮が悟に突きつけた挑戦状でもある。

「二つ目。楓は自由にさせてあげてください。三つ目。この女性との結婚を認めてください」
 
 蓮は悟に葵の書類を差し出した。
 
 中には葵の身辺調査が入っている。
 
 葵自身、一般家庭の出身であり、悪い噂は聞かないし――聞いたことがなかった。

「結婚だと?」
「もちろん、戦争が終結してからの話になります」
「いいだろう。契約成立だ」
 

 できるなら、やってみろと言っているのだろう。
 
 あの時、自分から契約を忘れるわけがなかった。戦後処理が終わり次第、悟の会社に入社し――跡を継ぐことになる。
 
 迷いはない。
 
 継ぐことはすでに、決めていた。



「あの契約の話はなしだ」
『弱音を吐くなんて珍しい。契約を自ら破棄するおつもりですか?』
 
 勝手にしろと、束縛をするつもりはないと話しているのだろう。

 好きなように生きればいいと言いたいらしい。

「父親らしいことをしてこられなかった。せめてもの罪滅ぼしだ」
『楓とは今後、どのように接するおつもりですか?』
「今後、接するも何もないだろう。楓には悪かったと伝えておいてくれ」
『謝罪なら、楓本人にいってください』
「今更、合わせる顔がない」
『楓もきっと、それを望んでいます』
「どうしてそう言いきれる?」
『まだ、壊れるとことまではいっていない――私はそう思います』
「戦場を駆け抜けたお前が言うなら、そうなのだろうな」
 
 悟も楓とどのように話していいか分からないみたいだった。入院している今でも、見舞いに来たことがない。楓も悟との接触をさけていた。現在も距離をとっている。
 
 悟も楓も不器用なのだと蓮は思う。
 
 少しずつ、会話をして話せるようになればいいだろう。

『父親なら楓を認めてあげてください』
「私が楓から逃げていると?」
『私にはそう見えます。今なら、家族として修復が可能です』
 
 家族としての絆が完全に途切れたわけではない。
 
 新しく築きあげていけばいい。
 
 何度でも、結び直すことができるだろう。
 
 今、ここから新しい関係が始まるのである。

「楓は私を受け入れてくれると?」
『ただ、素直になれないだけでしょう』
「そうか――そうだな。合わないうちにお前は強くなったな」
『守るべき人がいるから、強くならないといけなかったのです。もちろん――父さんも含めてです』
「私も含めてか?」
『父さんも含めて「家族」ですから』
「美波にそっくりになってきたな」
 
 自分にはっきりと意見に言うようになったのも、病気で亡くなった美波の性格に似てきていた。濃紺の瞳と漆黒の髪も美波にそっくりである。

 話し方もよく似ていた。
 
 まるで、蓮とでなく美波と話をしているようである。

『きっと、楓もあなたと話がしたいと思っているはずです。だから、待っていてあげてください』
「分かった。それまでに、気持ちの整理をしておこう」
『父さん』
「――何だ?」
『私は父さんが家族でよかったです。楓と出会えなければ、家族という温かさを知らないままだったでしょう』
「楓が私たちをつなぎ止めてくれていたと?」
『私はそう思います』
「――蓮」
『――はい』
「葵さんはどうしている?」
『元気に仕事をしています』
「今度、連れてくればいい」
『それは、私と葵の結婚を認めてくれたということでしょうか?』
「お前の人生だ。好きにすればいい。私は仕事に戻る」
 
 蓮の携帯端末と切れる。
 
 悟が強引に切ったらしい。

(困った親だ。でも、前に進めたかな)
 
 蓮は携帯端末を片付けると、ため息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

聖女戦士ピュアレディー

ピュア
大衆娯楽
近未来の日本! 汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。 そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた! その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎

SEVEN TRIGGER

匿名BB
SF
20xx年、科学のほかに魔術も発展した現代世界、伝説の特殊部隊「SEVEN TRIGGER」通称「S.T」は、かつて何度も世界を救ったとされる世界最強の特殊部隊だ。 隊員はそれぞれ1つの銃器「ハンドガン」「マシンガン」「ショットガン」「アサルトライフル」「スナイパーライフル」「ランチャー」「リボルバー」を極めたスペシャリストによって構成された部隊である。 その中で「ハンドガン」を極め、この部隊の隊長を務めていた「フォルテ・S・エルフィー」は、ある事件をきっかけに日本のとある港町に住んでいた。 長年の戦場での生活から離れ、珈琲カフェを営みながら静かに暮らしていたフォルテだったが、「セイナ・A・アシュライズ」との出会いをきっかけに、再び戦いの世界に身を投じていくことになる。 マイペースなフォルテ、生真面目すぎるセイナ、性格の合わない2人はケンカしながらも、互いに背中を預けて悪に立ち向かう。現代SFアクション&ラブコメディー

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

全ての悩みを解決した先に

夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」 成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、 新しい形の自分探しストーリー。

「メジャー・インフラトン」序章5/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節 JUMP! JUMP! JUMP! No2.

あおっち
SF
 海を埋め尽くすAXISの艦隊。 飽和攻撃が始まる台湾、金門県。  海岸の空を埋め尽くすAXISの巨大なロボ、HARMARの大群。 同時に始まる苫小牧市へ着上陸作戦。 苫小牧市を守るシーラス防衛軍。 そこで、先に上陸した砲撃部隊の砲弾が千歳市を襲った! SF大河小説の前章譚、第5部作。 是非ご覧ください。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

処理中です...