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第五章「刻む時間(とき)、明日(あす)への扉」1
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「蓮か?」
『――はい』
悟の低い声に蓮は意識を張り詰めた。携帯端末を握りしめる。携帯端末が軋む音がした。携帯端末越しだが、久しぶりの親子対面になる。避難していたアンドロイド戦争中も、ずっと仕事をしていたという。
仕事をしている姿をみせることで、悟なりに家族を守っていたと考えられる。
数分間の沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは悟だった。
家庭を構築していこうと考えていたことが窺える。
「楓の様子はどうだ?」
『回復まで、もう少しかかりそうです』
「今、平気か?」
『平気です』
いつもと雰囲気が違う気がする。戸惑いと困惑を隠しきれていない。蓮に思いを――気持ちを、素直に伝えようとしていた。
気持ちを全部、吐き出そうとしている。
ならば、蓮はその気持ちに応えなければいけない。
もう、悟から逃げるつもりはなかった。
言いたいことは言うつもりである。
「私との契約を覚えているか?」
『ええ――覚えています』
*
「蓮。忘れるなよ。お前はこの会社の跡取りだ」
「心得ています。そのかわりに猶予をください」
「猶予だと?」
「一つ目は情勢が落ち着くまで時間をください」
蓮の瞳が挑戦的な光を宿した。
事実、蓮が悟に突きつけた挑戦状でもある。
「二つ目。楓は自由にさせてあげてください。三つ目。この女性との結婚を認めてください」
蓮は悟に葵の書類を差し出した。
中には葵の身辺調査が入っている。
葵自身、一般家庭の出身であり、悪い噂は聞かないし――聞いたことがなかった。
「結婚だと?」
「もちろん、戦争が終結してからの話になります」
「いいだろう。契約成立だ」
できるなら、やってみろと言っているのだろう。
あの時、自分から契約を忘れるわけがなかった。戦後処理が終わり次第、悟の会社に入社し――跡を継ぐことになる。
迷いはない。
継ぐことはすでに、決めていた。
*
「あの契約の話はなしだ」
『弱音を吐くなんて珍しい。契約を自ら破棄するおつもりですか?』
勝手にしろと、束縛をするつもりはないと話しているのだろう。
好きなように生きればいいと言いたいらしい。
「父親らしいことをしてこられなかった。せめてもの罪滅ぼしだ」
『楓とは今後、どのように接するおつもりですか?』
「今後、接するも何もないだろう。楓には悪かったと伝えておいてくれ」
『謝罪なら、楓本人にいってください』
「今更、合わせる顔がない」
『楓もきっと、それを望んでいます』
「どうしてそう言いきれる?」
『まだ、壊れるとことまではいっていない――私はそう思います』
「戦場を駆け抜けたお前が言うなら、そうなのだろうな」
悟も楓とどのように話していいか分からないみたいだった。入院している今でも、見舞いに来たことがない。楓も悟との接触をさけていた。現在も距離をとっている。
悟も楓も不器用なのだと蓮は思う。
少しずつ、会話をして話せるようになればいいだろう。
『父親なら楓を認めてあげてください』
「私が楓から逃げていると?」
『私にはそう見えます。今なら、家族として修復が可能です』
家族としての絆が完全に途切れたわけではない。
新しく築きあげていけばいい。
何度でも、結び直すことができるだろう。
今、ここから新しい関係が始まるのである。
「楓は私を受け入れてくれると?」
『ただ、素直になれないだけでしょう』
「そうか――そうだな。合わないうちにお前は強くなったな」
『守るべき人がいるから、強くならないといけなかったのです。もちろん――父さんも含めてです』
「私も含めてか?」
『父さんも含めて「家族」ですから』
「美波にそっくりになってきたな」
自分にはっきりと意見に言うようになったのも、病気で亡くなった美波の性格に似てきていた。濃紺の瞳と漆黒の髪も美波にそっくりである。
話し方もよく似ていた。
まるで、蓮とでなく美波と話をしているようである。
『きっと、楓もあなたと話がしたいと思っているはずです。だから、待っていてあげてください』
「分かった。それまでに、気持ちの整理をしておこう」
『父さん』
「――何だ?」
『私は父さんが家族でよかったです。楓と出会えなければ、家族という温かさを知らないままだったでしょう』
「楓が私たちをつなぎ止めてくれていたと?」
『私はそう思います』
「――蓮」
『――はい』
「葵さんはどうしている?」
『元気に仕事をしています』
「今度、連れてくればいい」
『それは、私と葵の結婚を認めてくれたということでしょうか?』
「お前の人生だ。好きにすればいい。私は仕事に戻る」
蓮の携帯端末と切れる。
悟が強引に切ったらしい。
(困った親だ。でも、前に進めたかな)
蓮は携帯端末を片付けると、ため息をついた。
『――はい』
悟の低い声に蓮は意識を張り詰めた。携帯端末を握りしめる。携帯端末が軋む音がした。携帯端末越しだが、久しぶりの親子対面になる。避難していたアンドロイド戦争中も、ずっと仕事をしていたという。
仕事をしている姿をみせることで、悟なりに家族を守っていたと考えられる。
数分間の沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは悟だった。
家庭を構築していこうと考えていたことが窺える。
「楓の様子はどうだ?」
『回復まで、もう少しかかりそうです』
「今、平気か?」
『平気です』
いつもと雰囲気が違う気がする。戸惑いと困惑を隠しきれていない。蓮に思いを――気持ちを、素直に伝えようとしていた。
気持ちを全部、吐き出そうとしている。
ならば、蓮はその気持ちに応えなければいけない。
もう、悟から逃げるつもりはなかった。
言いたいことは言うつもりである。
「私との契約を覚えているか?」
『ええ――覚えています』
*
「蓮。忘れるなよ。お前はこの会社の跡取りだ」
「心得ています。そのかわりに猶予をください」
「猶予だと?」
「一つ目は情勢が落ち着くまで時間をください」
蓮の瞳が挑戦的な光を宿した。
事実、蓮が悟に突きつけた挑戦状でもある。
「二つ目。楓は自由にさせてあげてください。三つ目。この女性との結婚を認めてください」
蓮は悟に葵の書類を差し出した。
中には葵の身辺調査が入っている。
葵自身、一般家庭の出身であり、悪い噂は聞かないし――聞いたことがなかった。
「結婚だと?」
「もちろん、戦争が終結してからの話になります」
「いいだろう。契約成立だ」
できるなら、やってみろと言っているのだろう。
あの時、自分から契約を忘れるわけがなかった。戦後処理が終わり次第、悟の会社に入社し――跡を継ぐことになる。
迷いはない。
継ぐことはすでに、決めていた。
*
「あの契約の話はなしだ」
『弱音を吐くなんて珍しい。契約を自ら破棄するおつもりですか?』
勝手にしろと、束縛をするつもりはないと話しているのだろう。
好きなように生きればいいと言いたいらしい。
「父親らしいことをしてこられなかった。せめてもの罪滅ぼしだ」
『楓とは今後、どのように接するおつもりですか?』
「今後、接するも何もないだろう。楓には悪かったと伝えておいてくれ」
『謝罪なら、楓本人にいってください』
「今更、合わせる顔がない」
『楓もきっと、それを望んでいます』
「どうしてそう言いきれる?」
『まだ、壊れるとことまではいっていない――私はそう思います』
「戦場を駆け抜けたお前が言うなら、そうなのだろうな」
悟も楓とどのように話していいか分からないみたいだった。入院している今でも、見舞いに来たことがない。楓も悟との接触をさけていた。現在も距離をとっている。
悟も楓も不器用なのだと蓮は思う。
少しずつ、会話をして話せるようになればいいだろう。
『父親なら楓を認めてあげてください』
「私が楓から逃げていると?」
『私にはそう見えます。今なら、家族として修復が可能です』
家族としての絆が完全に途切れたわけではない。
新しく築きあげていけばいい。
何度でも、結び直すことができるだろう。
今、ここから新しい関係が始まるのである。
「楓は私を受け入れてくれると?」
『ただ、素直になれないだけでしょう』
「そうか――そうだな。合わないうちにお前は強くなったな」
『守るべき人がいるから、強くならないといけなかったのです。もちろん――父さんも含めてです』
「私も含めてか?」
『父さんも含めて「家族」ですから』
「美波にそっくりになってきたな」
自分にはっきりと意見に言うようになったのも、病気で亡くなった美波の性格に似てきていた。濃紺の瞳と漆黒の髪も美波にそっくりである。
話し方もよく似ていた。
まるで、蓮とでなく美波と話をしているようである。
『きっと、楓もあなたと話がしたいと思っているはずです。だから、待っていてあげてください』
「分かった。それまでに、気持ちの整理をしておこう」
『父さん』
「――何だ?」
『私は父さんが家族でよかったです。楓と出会えなければ、家族という温かさを知らないままだったでしょう』
「楓が私たちをつなぎ止めてくれていたと?」
『私はそう思います』
「――蓮」
『――はい』
「葵さんはどうしている?」
『元気に仕事をしています』
「今度、連れてくればいい」
『それは、私と葵の結婚を認めてくれたということでしょうか?』
「お前の人生だ。好きにすればいい。私は仕事に戻る」
蓮の携帯端末と切れる。
悟が強引に切ったらしい。
(困った親だ。でも、前に進めたかな)
蓮は携帯端末を片付けると、ため息をついた。
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